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第15話 びたみん

 我が領の騎士団長殿は、父親の容態が思わしくないらしい。


「エドワード。無理はしなくて良い。父君のそばにいてやれ」


 父上は優しくさとしたけど、そんなことで職務を放り出す人間は、逆に騎士団長になんてなれないんだよね。


「いえ。私がついていても、父上の病が癒える(治る)わけではありませんので」


 厳しいことを言ってくれちゃってるけど、目が落ちくぼんでるんだよね。父上のことを尊敬して騎士団に入ったエドワードのことだ。きっと、家では寝る気にもなれないほど付きっきりになってるんだろう。


 ちなみに、騎士団長エドワードの父君は、先代の騎士団長でもあって「鉢割ジョイナス」として知られている偉丈夫だった。


 彼の振るう槍のすさまじさは、カブトごと相手の頭をたたき割ると恐れられている伝説の人だ。


 それが見る影もないほどにやつれているという。


 体力が失われたのと同時に、気持ちが塞ぎ込んでいる様子。それとぶつけてもいないのに痣ができたり、歯の間から出血したりしているらしい。


 もうね、それを聞いたときに、直感したんだよ。これは、オレが見に行くべきイベントだってね。


「父上! 私が名代となってもよろしいでしょうか?」

「うむ?」


 いきなりの申し出に、最初は首を捻った父上だけど、さすが伯爵だよ。


 権謀術数とは最も遠い人と言われてはいても、人を思いやることならできる実直な当主だ。


 俺の意図を瞬時に理解したんだろう。


「そうだな。私が出かけると大げさになる。ショウに任せよう。領内とは言え、ちゃんと護衛を連れて行くのだぞ」

「ありがとうございます。よし、エドワード、今聞いたとおりだ。これから()騎士団長殿の見舞いに赴く。随行せよ(いっしょに来い)

「ハッ! ありがたく」


 あらら。膝をついて、承ってくれちゃったよ。そうだよ。オレが出かけるなら、必ず護衛が必要だもんね。


「随員を選抜せよ。あとは任せる。一時間後に出発する」

「かしこまりました」


 いや、騎士団長の家まで馬で5分もかからないし、さすがに伯爵邸回りは警備が万全だ。本来ならお供なんて一人で十分なんだよ。わざわざ「随員を選べ」って言ったのは帰り道のことを考えてだ。


 騎士団長には、そのまま、前騎士団長殿の()()を命じるつもりだからね。


 そして、キッチリ1時間後、騎士団長殿の家族全員と使用人がずらりと並んで、出迎えられていたんだ。


「これは伯爵よりの下賜である。納められよ」


 随行の騎士団員から受け取った見舞いの品を手渡した。見舞いの品はまかされているから、前世の12月25日に大量に見かけたクリスマスケーキを箱ごと手渡した。


「手ずから! 恐れ入ります」


 感激してくれるのは、普通、家臣の見舞いに「手渡しでのプレゼント」なんてしないからだ。お付きの者が手渡すのが基本なんだよ。


 第一線を退いた鉢割ジョイナスは、ずっとオレを可愛がってくれていた。幼い頃からオレも懐いていたからね。


「ここからは、忍びです(プライベート)。ジイちゃんに会わせてください」

「ありがとうございます。しかし、夫は壊れ病(こわれやまい)ですので、お気持ちだけ受け取らせてください」


 バアちゃんは感激しつつも、会わせることをキッパリと断ってきた。


 怪我なら別だろうけど「壊れ病」は、()()()()()()()()()()()()ので知られているんだ。領主様の跡継ぎに会わせて良いものではないと思うのは仕方ない。


「壊れ病ってことは、間違いないの?」

「はい。幸いなことに他に掛かった者はおりませんが、両方の太股に痣が出てしまいました」


 表情が暗い。この病はめったに出ないけど、一度発症したら治療法が無いので知られている。

 

 ダルさとか、気分の落ち込みで始まる「壊れ病」は、皮膚がカサカサになって、下血や歯茎からの血が止まらなくなる。太股に痣が出るのが特徴の一つで、もう、それが出ちゃったら終いっていうのが常識なんだよ。

 

 家族の表情の暗さとは逆に、オレは心の中でガッツポーズをしたね。


『こういうストーリーで、この症状は、すなわちイベントじゃん!』


 オレは、真面目な顔で尋ねた。

 

「ね? ジイちゃんは、何か嫌いな食べ物って無かったっけ?」

「いえ。あ、ただ……」

「ただ?」

「食後のお茶だけは飲みませんでした。不思議ですよね」


 それだ!

 

 こっちの人達は、柚子みたいな果物の絞り汁を「お茶」と呼んで日常的に飲んでいる。生野菜を食べる習慣がないから、唯一「()()()()()()」なんだよ。


 それが嫌いだということで、条件は揃った。


 はい。決定!


 これはビタミンC不足から来る壊血病だ。

 

 幸いにして「特効薬」をオレは知っている。これを予想して、さっき自室でやってきたんだよ。


「出でよ。ビタミンC!」


  びよょよ~ん。


 出てきたのは、ビタミンCの粉薬。


 オレが風邪を引きやすいと言ったら田舎のオフクロが送ってきた1050包入りの大箱だ。一袋当たりアスコルビン酸が200ミリグラム入ってる。


 あの時は、3袋飲んだところで飽きた。箱ごと、こっそり捨てたんだよ。


 すなわち、出てきたのは1047包入った箱だ。


 箱の中きら一袋を取り上げて、袋の切り方を説明した。


「はい。これをこうやると、上が切れる。この中のクスリをジイちゃんに飲ませるんだ。最初は、三袋を一日三回。とりあえず一週間。どんなに嫌がっても必ず飲ませてよ」

「はい。あっ!」


 封を切ったクスリをオレは飲んで見せた。まさか若様オレが飲んで見せて「飲ませろ」と勧めてきたものを、忠誠を尽くす家臣の家族として断れるわけが無い。


「わかりました。ありがたくちょうだいします」

「あ、ただし、これの入ってる袋は、全て返してもらいますので、箱の中に入れて置いてください」


 透明なビニールでできた薬包をそのままにしておくのは不味いからね。回収だよ。律儀なバアちゃんだから、そこは信頼できるはず。


「はい。決して疎かにいたしません」


 まあ、壊血病なら「うつる」ことはないってわかってるけど、ムリヤリ会わせろと駄々をこねると逆に負担になるのもわかってるから、これで引き上げだ。


 御領主様名代のススメを騎士団長殿の家族が守らぬワケはない。そして、壊血病にビタミンCは即効なんだよ。


 ジョイナスは、一週間で再び立ち上がり、10日で完全に元気を取り戻したんだ。


「奇跡」


 と口々に言っているらしい。


 騎士団長殿の忠誠心が爆上がりしたのは言うまでも無い。




壊血病と脚気は、知識チートの基本ですよね。両方とも「食事」から起きる病気なので「伝染病」と思われてる時期もありました。ちなみに、日露戦争の頃、日本陸軍は軍医である偉〜い、森林太郎氏の元で伝染病説を取り、銃弾で亡くなった人よりも脚気で亡くなった人の方が多いという悲惨なことになりました。この森氏は「森鴎外」として知られています。(海軍は食事説を取り、洋食に切り替えたため、ほとんど起きませんでした)


ちなみに「風邪を引いたら、大量のビタミンCを摂る」というのはメガビタミン主義と言われて、現在の医学では否定的な見解が出ています。

ビタミンCは、クスリで摂るよりも、美味しい野菜と果物で摂りましょう。

(ビタミンC自体は酸っぱくないそうです)


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