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第61話 奇跡


 痩せこけた国王は…… いや、国王であった身体は香油で拭き清められ、香が焚かれていた。


 王の寝室には異臭がこもっている。ついに、一度たりとも意識を回復せぬままの長い闘病であった。どれだけ手厚く看病されても、少しずつ少しずつ肉体が衰えていくのは避けられなかった。


 払暁、その肺は息を吸うのを永遠に停止したのである。

 

 まだ、40歳であった。

 

 家臣の家族まで誕生日をことごとく覚え、こまめに贈り物をしてきた人柄と、記憶力の良さには定評があり、下々の働きぶりを褒めることはあっても、至らぬ部分を見て見ぬフリができる優しさを持っている主君であった。王宮で働く人間は誰もが親しみと尊敬をごく自然に持てるような王であった。


 だが、車椅子に乗っているノーマンと、移動寝台で身体を起こして見下ろすリンデロンの目は、絶対零度の冷え冷えとしたものであったのも、サスティナブル王国にとっては現実であったのだ。


 あるいは、意識を取り戻すことなく逝ったのは、穏やかな人柄が天に見こまれた恩寵だったのかもしれない。


 国会に属している貴族達が王の死を確認する場に呼ばれ、ここに、百年・四世代にわたって続いたウィスラー朝の終焉を見届けることになると知らずにすんだのであったのだから。


 この場にふさわしいのは、合理的な言葉ではなく、アーサーの貴族的な技巧を凝らし修辞を尽くした手向けの挨拶であった。


 それを《《わずか10分》》ですませると、手に持った書類を示しながら、キッパリと一同に言い渡した。


「この後は、アルト殿下にご同道いただいて、水の離宮にお移りいただく。現在のサスティナブル王国の置かれている現状を鑑みて、殿下には、そこで1年間の服喪をお願いすることになる。不幸中の幸いと言うべきか。アルト殿下からは、既にこのように「国王代理」についての合意をいただいているため、当面の戴冠は行われなくとも、政治的には問題がないと言うことでご理解いただきたい」


 そこに立ち合ったのは、貴族家の当主、あるいは優秀な代理の者である。アーサーの説明に「ショウ首領」の名前が全く出て来なかったことの意味くらいは嗅ぎ取れる。そもそも、この場にいないこと自体が、今までの流れからすればオカシナことなのであるのだから。


 アーサーが「ご意見がおありの方は名乗られよ」と念を押した時に、誰もがゆっくりと首を振って、間接的な同意を表明したのも当然だった。


 1年後、国王陛下の喪が明けたとき、至尊の冠を誰が受け継ぐことになるのか。全員がハッキリと理解していたのである。


 アルト殿下では、もちろんありえない。国王代理の意味を持たない王太子など、誰も相手をしないのだから。


 ここで、王弟が王太子となったことが活きていた。


 王太子が純粋そうな少年であれば、その不憫を感じ入り「将来を待とう」という感情を人は持ちうるのだ。けれども、実際には長い間の「控えであった、人柄だけの中年男」であれば、その感情は湧きにくい。


 ところが、王を受け継ぐべき人物が才気溢れ、開祖の王もかくやと思わせる英雄ぶりを発揮した少年であったとしたら、人はその感情の部分で理屈をねじ伏せてでも応援したくなるモノだ。


 まして、理詰めの法的な説明もなされ、感情としても、人としても、あるいはサスティナブル王国貴族としても「正しい」選択であると保証されているならば、安心して応援側に回れるであろう。


「前国王の御前であえて問いましょう。ご一同、異議とご質問なきとしてよろしかろうや?」


 全員が、前国王に向けて一斉に貴族式の礼を取った。同意という意思表示である。


 満足げに見渡したのは瞬時。


 アーサーは優美なターンをして恭しく跪いてみせたのである。


 ザッザッ


 部屋にいる全ての人間が同様に跪いた。


「偉大なるご治世に感謝申し上げ、お別れとさせていただきますぞ。陛下。天上で我が国の発展をゆったりとご覧あれ」


 アーサーが号令するまでもなく、様々な思いを込めて全員が黙祷を捧げたのである。


 サスティナブル王国 国王 ジョージ・ロワイヤルは、ここに王墓の住人となる権利を得たのであった。


 しかし、その葬列となるべき馬車は、確かに上質ではあったが、考えられないほどにシンプルであったのが、治世末期に起こしてしまった失敗の結果であったのであろう。


 翌日、王都のあちこちに置かれたビラビラには、3つの見出しが書かれていた。


 国王陛下、ご危篤から奇跡の復活。

 転地療養のために離宮へとご出発。

 全ての国事は国王代理に委任済み。


 一時は、心の臓が止まってしまったが、蘇った陛下の様子が事細かに記され、転地療養の要ありとの医師の勧めに従い、王太子を引き連れてご出発なさった、という内容が書かれていたのであった。


 どんな噂よりも正確な情報を王都の民に伝えてきたビラビラだ。今回も、人々は疑う気持ちも、疑う必要も、そして疑いたくなる動機も持っていなかった。


 ここに「奇跡の政権変更」が成功したのであった。

 

 王都に住まう「草」達は、その姿をあらゆる手段で本国に伝えようとしたのは当然のことだった。


 【動乱編 終わり】




動乱編を、ここで区切らせていただきます。

思った以上にショウ君が活躍してくれちゃって、と言うか、王様が倒れなければ、もっと話が早かったのにと、恨めしく思ってしまいます。

しかしながら大陸統一の道は緒に就いたばかりです。この後の活躍がどうなるのか。じっくり描いてみたいと思います。

次回から新章に突入しますが、新章の再開は少々、お時間をいただきたいです。お見逃しのないように、フォローをお願いいたします。


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