表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/391

第47話 結婚するって本当ですか?

「もう、驚かないぞ」


 そう言いながら、父上の手が震えているせいで、ガーネット家から手紙は小刻みな振動をしていた。


 荘重な文体で彩られた手紙はガーネット家の「翼を広げた大鷲」の紋章が透かしとなって入った特殊な紙が使われている。

 

 手漉きの紙で、こんな物を作り出すのは、ハッキリ言ってウチの領の技術では無理。


『手紙を入れるだけの「箱」も、ムチャクチャ高級な造りじゃん』


 これでもかってくらい気合いを入れた、公爵家の本気マジモードだ


『こういうのが資本主義の前世とは違うところなんだよなぁ、蓄積が違いすぎる』


 どれだけ金を出そうとしても、こういうものをパッと手に入れられないんだよ。自前で造るか、造れないならコネで手に入れるかしかない。残念ながら経済力では覆せない技術格差が存在するのがこの世界だ。いわゆる「門外不出の技術」を持った職人をどれだけ育ててきたのかって話で、町工場と大企業の研究開発費の違いみたいなものだ。人材も設備も違いすぎる。こんな格差は、後からだと一朝一夕では覆らない。


『実験農場のお陰でウチだけの作物ってのもできたけど、ジャガイモだけは採算度外視で普及させちゃわないと悲惨なことになるからね。使えるアドバンテージが』


 残念ながら、どこの領地にも行き渡るってほどにはならなかったけど、ウチと関連のあるところにおワケするのはギリ足りるくらいだ。これだって「奇跡」なレベルで農場長のアンや、三婆達が頑張ってくれたからだよ。


 3人娘も「お手付き」にしちゃったからってわけはでないけど、あそこの人達に何か褒美をあげないといけないなぁなんて考えて、現実逃避していたオレを引き戻したのが父上の言葉だった。


「ショウとしては、結婚をどうしたいんだね?」


 ほげぇ~状態の父上が力なく尋ねてきた。


『なんか、討伐軍を相手にしたときはカッコ良かったってウワサになってるけど、こっちは無理かぁ。そうだよなぁ』


 実は、討伐軍との会戦において、父上が振るった演説がムチャクチャカッコ良かったと大好評。実際に戦った兵士達は、家族に話して、その家族が街で話すから、父上の評判が爆上がり中だ。


 いわく「さすが英雄の父親だ。能ある鷹はヘソを隠すっていうのは本当だった」だそうだ。えっと、鳥類に「ヘソ」って無かったような……


 微妙に前世の諺に似ている言葉が流行っていて、この言葉はかなり古くから使われているらしいのが不思議だ。ともあれ、今までは「トンビがタカを産んだ」が使われていただけに、領民達にとっては御領主様がトンビから鷹に昇格したって意味があるらしい。

 

 何をどうツッコんで良いのかオレにも分からない。ただ、集まった情報によると、領内の主な街に「親子像」が立てられる計画が進んでいるらしいっていうのが現在の事実だ。あ、ついでに「絶対に実物よりもデカく造るな」って密かな通達を出したのもホントだ。巨大な銅像なんかを建てられたら、民衆に引きずり倒されるイメージしかわかないもん。


 とはいえ、その「英雄」の父上が困り切っていた。横にいる母が通常モードなのと対照的。


『そりゃ、なぁ。もともと社交を苦手とされていた人が、こんな状態に直面したら、こうもなるか』


 なにしろ長男には公爵家からの婚約者2名に、謎の「所有()」とまで自称してる人がいる。それだけでも良識ある貴族なら悲鳴モノなのに、今度は公爵家から婚約を飛び越えた「嫁入り」の申し入れだ。しかも、今回は分家の男爵家当主が使者となって手紙を持参するというやり方だ。これは公爵家からの正規の申し入れ手続きになる。貴族的に言えば「断ったらダメなヤツ」の典型ってこと。


 もちろん、結婚相手として出てきた名前は聞くまでもない。以前、会ったことのあるミネルバビスチェさんだ。


「それなんですけど、実はメリッサとは話してあるんです」

「え? メリッサちゃんに? お前、いくらなんでもそれは。さすがのショウも女心の機微は分からなかったか……」


 なんだかホッとしたような、それでいて情け無さそうな顔をされてしまうと、こっちが申し訳なくなるよ。


「女心は確かに分かりません。でも、妻とした女性達の…… メリッサ達の気持ちくらいは考えますよ? ニア以外は、まだ子どもを産めないのに、今、ミネルバビスチェさんを迎え入れれば年齢的にすぐ可能です。それが何を意味するのか、そしてそれを妻達がどう思うかくらいは、さすがに考えました」


 メリッサは「ガーネット家に行った時に、ミネルバビスチェさんという女性がいてね」と言っただけで、全てを理解してくれたんだ。


 そして、まるで、あらかじめ決めていたみたいなほどキッパリと「その方をお迎えいたしましょう」と即答したんだ。

 

 しかも、驚くほど爽やかな表情の演技までした後でメリッサは頭まで下げてきたんだ。


「私達は、ショウ様へ捧げる愛情は誰にも負けないと思っておりますが、だからこそ、今の王国の状態を考えると、私からお願いしなければいけませんでした。考えが至らなかったことを、心からお詫びいたします」


 気高かった。


 高貴なる美しさという言葉があるなら、メリッサにこそ使うべきだと思ったよ。本当に、一点の曇りもない姿だったんだもん。あの時に、泣かないまでもホンの少しでも陰りがあったら考えは変えていたかも。

 

 でも、メリッサは、オレの第一夫人として振る舞ってくれた。これで「受け入れない」って言ったら、逆にメリッサの決意をないがしろにすることになるから答は決まっているよ。


 不安そうに目を泳がせる父上に、今度はオレがキッパリという番だ。


「このご縁談はお受けいたします。それに、ティーチテリエーだったら、きっと条件を付けてくれたはずだと思いますが、何か書いてありませんか?」

「お、おまっ、呼び捨てって……」


 大公爵家の正妻を呼び捨てしているオレに、父上はビックリしたみたいだけど、それは追求しないことにしたらしい。首を振って一つだけため息をつくと「さすが。よく分かるな」と言ったんだ。

 

 手紙をオレに渡しながら続けた。


「年齢的な問題があるので、ガーネット家からの嫁として第三夫人にして欲しいって書いてある」

 年齢的なというのは、この世界のご令嬢としては「行き遅れ」と言われかねない20歳を超えているからだ、というのが建前らしい。逆に、このご年齢だからこそ、オレの妻として送り込まれたわけだけど。


「やはりそうでしたか。これで全ての公爵家から正妻を迎えることになりますね」

「だがなぁ。いくら政治の問題があるにしても、これじゃあ、アテナちゃんが可哀想だと思うんだけどね。実際、とても優しくて、良い子だろ」


 うん。オレのためだったら、顔色一つ変えずに、騎士団員クラスを10人くらい、数十秒で首チョンパしちゃうくらい、優しい子だよw


 だからこそ、オレは言わなきゃいけない。


「それについてはアテナと話してあります。彼女は少なくともオレがやるべきことを達成するまでは妻にはなれないって言ってるんです。代わりに、オレの行くところ、全てに付いてきてもらう約束をしてありますので」

「しかしだな。このままだと、ガーネット家からの「あなた!」あっ、い、いや」


 珍しく、父上の話を途中で割り込んできた母上の声。あれ? 父上の顔色が真っ青になっちゃったけど?


「夫婦の問題を、他からあれこれ言われて、若いときのあなたはどうなさったかしら? ふふふ。あの時のあなた、とっても素敵だったわ」


 母は笑顔だけど目が笑ってなかった。


『あ~ 母上は、自分のことと、完全に重ねてるんだ』


 長男として「両親のこと」はへクストンからこっそり聞かされていた。オレを産んだときに、母は次の子どもを授かれない身体になってしまった。大勢の親戚、そして何よりもオレの祖父に当たる人が「子どもを産めぬ正妻を捨てろとは言わぬが、次の妻を迎えよ」と何人もの女性を押しつけてきたんだ。


 温厚で知られる父上が、親戚一同、そして父の父の目の前でブチ切れて見せたことを聞かされたことがあった。


 おそらく、母はそれを言っているんだろう。


 どれほどの善意であっても、自分の子どもが「夫婦として決めた幸せのカタチ」があるなら、それに口を挟んではならないと。


 父の逡巡は、母の笑顔で圧殺されたらしい。


「わかった。あ、それともう一つ条件が入っているぞ。ガーネット家は結婚披露の式典、行事を全て放棄すると言ってる。ミネルバビスチェさんを疎かにするのでは無くて、現在の王国の現状を踏まえた決断だとさ。これじゃ、その人も可哀想ではあるけれど」


 おそらく、ティーチテリエーが配慮したのだろう。メリッサとメロディーも、結婚式どころか婚約披露パーティーもしてない時に、第三夫人が先に結婚式を執り行うわけには行かないってあたりだし、王国がこの状態で「公爵家の結婚披露パーティー」をするわけにはいかない。常識的に、主賓として国王を呼ぶことになってしまうのも、当然頭にあるはずだ。「国王の代理としての王太子」の姿を演じさせるのは、今は絶対に回避したいところなのを、ちゃんと分かってくれてる。

 

 さすがぁ。でも、それはそれでミネルバビスチェさんが可哀想な気もするんだよなぁ。う~ん。


『ちょっと考える必要があるなぁ』


 ともかく結婚の話を進めることは決めた。


 婚姻受諾の使者は、家格が二段階落ちる我が家からだと、その分家を使者にすることが失礼に当たるので、ここはカインザー家のバリトン様を頼ることにしたんだ。


 ワンクッション置いて、バリトン様から使者を出してもらうカタチだ。


 そしてオレは決めたんだ。


 王都学園の卒業式に合わせて、大パーティーを行うことを。


 名目なんてどうでも良い。ただし、アマンダ王国の件もあるから、ちょっとだけ、今までに無い趣向を凝らすことにしたよ。


 新生ゴールズの初めてのお仕事かもね。






 当然ですが、御三家の情報網を駆使して、今すぐロウヒー家が何かをする余裕がないことも、他国が手出しする準備もしてないことも把握しています。

 ショウ君が決めた「大パーティー」なので普通の社交的なだけのパーティーではもちろんありません。

 これはおそらく想像のつく方が多い気がします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ