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第39話 ノートル宮の鐘

 王族が各地に所有している離宮の一つであるノートル宮。王都から近すぎるため、逆に使われにくい離宮だが、ここには他にはない設備がある。


 庭の一角に尖塔があるのだ。グルグルと螺旋階段を5階分も上った先に8畳ほどの部屋がある。質素で古びてはいるが、家具類も上等である。


 貧しい平民の暮らしに比べるべくもないしつらえであるが、王族にとってはキャンプ場のボロテントと同じレベルだと感じている。


 ゲールがここに閉じ込められて3週間。万が一を恐れて、警備は御三家の騎士団からと近衛騎士団が四分の一ずつ


「さっさと、予を解放せよ。僭越であるぞ!」

「よ? えっと、よょいの、よい? およょよ~ってやつ?」

「貴様! 無礼であろう!」

「無礼って、礼儀が必要な相手に使う言葉ですよね」

「おのれ! 成敗してくれる!」

 

 立ち上がろうとした瞬間、目の前に抜き身の剣が突きつけられている。


「予に刃を向け「許可無く動いたら殺すよ」……」


 刃を突きつけた少年が少女であることに気付いていた。赤毛の少女の目は猛獣のような獰猛さを隠してない。自分が王子だろうとなんだろうと、動いたら間違いなく首が飛ぶと思わせてくる目だった。


「あ、す、座るぞ」


 猛獣に射すくめられたように、言わずもがな言葉は「座ることの許可」を求めていたのだと、ゲールは後で気付いた。王太子である自分が下賤な護衛の脅しに負けたと敗北感が湧き上がる。


『いや、待てよ? この娘は見たことがある…… ガーネット家の者であったか?』 


「あ、えっと、ウチの嫁を汚い目で見ないでいただいて良いですか?」

「なんだと!」

「ちなみに、次に動くと、私が止める前に、どーにかなっちゃうと思いますよ。ま、あそこの窓から投げ落とせば、間違いなく、逃げる途中で落下したって形でケリがつきますけど」

「まさか、予を暗殺するつもりか」

「ははは。やだなぁ、面倒なことはしたくないだけですけど、暗殺なんてことをするのもムダ。ただ、切り捨てちゃうともっと面倒だから、平打ちで気絶していただいた上で、あそこからポイッと」

「なんと非道なことを」

「おまゆー」

「なんだ、その呪文は!」

「ははは。えっとですね、あなたは大逆罪の疑いでっていうか、勅令を偽造した罪で既に死罪は決定しています。あとは宰相様の回復待ちなんですよ」

「それは何かの間違いだ! 偽勅なぞ私は知らんぞ! ジャンだ! 全てはジャンが仕組んだことだ!」

「え~っと、そういうのは良いんで。ま、宰相様の回復が何ヶ月かかるかわからないんですけど、その後で執行命令が出ると思います。明日になるのか、来週なのか、それとも数年先になるのか」

「裁判だ! 裁判を要求する!」

「え~っと、裁判を統括される法務大臣が、誰かさんのせいで療養が必要でしてね。少なくとも()王族の裁判をするなんて、しばらくは無理だと思いますよ」

「おい! ソチは、今なんと申した?」

「裁判を統括?」

「違う、もっと後だ!」

「しばらくは無理?」

「違う! ソチはわざとやっているのか!」

「テヘ、ペロ」

「ん? なんだ、それは」

「あはは。ま、イマ風とでも言っておきましょうか。あぁ『元』に反応しちゃいましたよね~ 実はそれが今日の主題です」

「ちゃんとわかっていて! わざとか! いや、それが主題だと?」

「あなたの…… もう、面倒だから、お前で良いか? お前の罪名は確定した。王国法では王族が大逆罪を犯した場合は廃嫡手続きが先に行われることになっている。宰相権限による決済が行われ、本日手続きが完了したので知らせに来たってわけだ」

「貴様ぁあ! 予を侮辱するために「よ、よい、のよい?」だから、なんだ、それは!」

「えっと、オチョクリ? みたいな?」

「ぐぬぬぬぬ」

「ま、ともかくここで大人しくしていれば、暗殺なんてしないよ。安心して暮らせ。死なない程度に食べ物も出す。窓から朝日だって見られる。お前がやらかしたことに比べりゃ天国だよな? なんだったら、これ、やろうか?」


 カバンからやや膨らんだ缶詰を、そっとベッドの上に載せた。その場所を選んだのも嫌がらせの一環である。こういうことには惜しみなく小働きするのがショウの性格なのである。


「ん? なんだこれは?」

「あ、えっと、お前のせいでひどい目に遭った兵士達が悩まされた『地雷』だよ。あ、乱暴に扱うと一発で破裂するんで気を付けなよっていうか、ヘタすると触っただけでも破裂するかも。こいつのニオイは知ってるんだろ? せいぜい、ベッドの下にでも隠しておくと良いと思うぞ」


 とっさに腰が逃げかかったゲールは、目の前にいる()()の気配で辛うじて、立ち上がるのを堪えた。次に動けば確実に殺されるのだ。


「じゃ、そういうことで。もう、ここに来ることもないけど、身体にだけは注意して、食事も食べろよ。ちゃんと美味いパンは出しているはずだからな」

「パンだけでは無いか!」

「え~ お菓子までとか、ゼータクぅう」

「違う! 他のモノもよこせ! せめて食事くらいはマシなモノを!」

「ちなみにさ、マシなとか言ってくれちゃってるけど、それを食べながら必死になって、お前のやらかしたことを片付けにアマンダ王国からはるばる戻ってきた人間がここにいるんだけどね」

「なんだと? これを……」

「オレが食べたものと同じモノを出して、ツベコベ言われる筋合いは無いな」


 ショウはクルンと背を向けて扉から出る。後ろはいつものようにアテナが守っているので、何の心配も無い。


 背後で重々しい扉を閉めるのは、耳が不自由となった年寄りである。カジモドと言う名前で呼ばれているが、果たして、それが本当の名前なのか誰も知らなかった。貧しさゆえに文字の読み書きもできないが、1日に3回、食事用の小窓からパンと水を差し入れることで、尖塔の管理室で暮らすことを許されている。ちなみに、容姿は普通のジジイである。


 カジモドにとっては、雨風の心配も無く、食事も提供され、まして暖房まではいるこの場所は天国であった。この職を失いたくないあまり、仕事には忠実に励むだけである。だからこそ囚人が「誰」であるかもまったく関係なかった。ただ、閉じ込められた者に食事を一日三回、決まった時間に渡すだけだし、余計な興味を持つつもりもない。


 そして囚人に何かあれば、鐘を打ち鳴らすのが「お役目」なのだ。


 あとは囚人が生きていることを確認すれば良い。だたそれだけだ。


 これは「閉じ込めた側」からすると非常に上手い人材なのである。カジモドは囚人から一切のやりとりが不可能な点が高く評価されていたのだ。


 そして、100年ぶりに元王族の囚人を迎えるに当たって、食事を決めたのはショウであった。用意した箱には「災害用備蓄食料(長期保存パン)」という表示がなされているが、カジモドが文字を読めるわけも無いし、文字を読めるモノも「謎の古代文字」扱いである。


 ただし、誰も読めない表示にはパンの栄養素が記載されている。ショウは慎重に栄養素の表を見極めて、このパンを選定していた。


 最も基本的な非常食。この世界の基準としては信じられないほどに柔らかくて、風味も良くて、しかも甘いパン。カロリーは十分だ。そして「栄養素は非配合」のタイプであることが大事だった。最近だと、栄養素を強化しているタイプが存在してしまうのである。


 つまり、このパンは各種ミネラル、ビタミンが一切添加されてないものだった。

(アマンダ王国でバラ撒いたのは、高級なビルで用意されていた栄養素強化タイプ)


 この仕組みに気付いたモノは、誰もなかった。



いや~ 応援メッセージにて、見事に予想されてしまいました。さすが、読者レベルの高い小説は作者も苦労が絶えない 笑笑

 実は、一瞬だけ、ジャガイモの芽も使おうかなとは思いましたが「新種作物を食べた元王子が毒の症状で死んだ」は、この先の風説が怖いなと思い、使いませんでした。ちなみに、この世界では「パンと水」は最も基本的な食事なので、これが悪いことだと誰も思っていません。むしろ「あんな美味いパンが出されるのかよ」という憧れもあるかも知れませんね。

 もしも、このオチがわからない方は「第2章第5話 びたみん」の中で出てきた壊れ病の部分をお読みください。


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