第38話 王都の春
新年関連の行事は、順調に進んでいた。
それをバックで支えてくれるメリッサとメロディーは、ヘタをするとオレよりも多忙かも。もちろん、実家の力をフルに使ってのことだけど、オレに代わって貴族間のやりとりを取り仕切ってくれるのがすごく頼もしい。
とはいえ、実家の力を借りるために、名目上「父のお見舞い」として毎日通っている。義母が公爵家正妻の経験で娘を支えてくれているのは、本当にありがたい。
しかも、夜は夜で「夫の応援」をしてくれるんで、けっこう大変だ。主に体力で 笑
アテナは、いつものようにオレの護衛として常に後ろにいてくれる。文字通りの「常在戦場」ってやつだ。オレが動いている限り絶対に休もうとはしない。
「ずっと気を張っていたら疲れて、いざというときに力が発揮できなくなるよ。大丈夫、自分でも身を守れるから、なるべく休んで」
殺し文句のつもりで、そう言って休ませようとしたことがあるんだ。
アテナは即座に言った。
「ショウ様以外を守れと言われてたら、この半分でも疲れていると思います。でも、この世界で一番大切なショウ様をお守りするんだって思えば疲れることなんてありえません」
気負うでもなく言い切られてしまうと、それをひっくり返すのは無理だった。以後、物理的な安全を保った場所だとか、絶対的な味方が一定以上守ってくれていることを引き換えにして、意図的に休みを取ってもらってるよ。
そう言えば、アテナのことを、ふたりの妻が当たり前のように受け入れてくれたのはさすがだよ。「お待ちしてました」状態っていうか、初めっから「正妻仲間」扱いをしてくれてるのがスゴい。
ちなみに、あっちこちを飛び回っている間にオレに体力がついちゃったらしい。旅の間は危機感が強かったら、それどころじゃ無かったんだけど、王都でその反動が出てしまったのか「無尽蔵」状態になってしまった。ま、とことんまではしたことが無いから、ホントに無尽蔵じゃないと思うんだけどね。
王都に帰ってきたばかりの時に「お好きなだけどうぞ」のお言葉に甘えて思いっきり頑張っちゃったんだ。そしたら3人とも途中でギブアップになってしまった。アテナですら「明日に差し支えるので」とネを上げた。
ただし、クリスだけはキスだけしてから不参加にしてもらった。さすがに、オレの心が保たないよ。もうちょっと覚悟を決めさせてもらわないと。
でもさ、いやぁ~ 良いものだよ、ボクっ子の美少女がお目々を蕩けさせたまま「キチクですか……」とキスしてくれる朝って。
メリッサは朝のお茶を持ってきてくれる脚をプルプルさせつつ「これなら、みなさんが揃っても順番を待つ必要が無いのが嬉しいです。さすがショウ様」って、それでも褒めてくれるのがスゴい。なんか、何をしても美少女に褒めてもらえるのって、嬉しいよ。
メロディーは「魂まで解けてしまいそうでしたわ、なんて素敵な」と心から誉め称えてくれながら、オレの服を整えてくれている。うわぁ。心を込めて服を着せてもらえる朝の暖かさって、たまらないよね。
そんな朝の時間を使って4人で喋るのもなんだか嬉しい。
「本当は、みなさまを早くお呼びできれば良いのですが」
メロディーが申し訳なさそうな顔をしてる。
遠回しだけど、身重のバネッサを気遣ってのことだ。本来ならカインザー家に里帰りして産むはずだったのが、今回のキナ臭さのせいで実家に戻るタイミングを逃してしまったんだ。
ミィルが、オレのお世話をしに、早く王都に来たかったと思うんだけど、オレの意を汲んで、あえてあちらでバネッサ専属になってくれてる。ミィルがいるとは言え、このままウチで産むなら「みんな」がそばにいた方が良いに決まってるもんね。
それに、オレとしても安全を考えるとオレンジ領にいてくれた方が安心なんだ。クリスもデビュタントが終わったら、早々にオレンジ領へと送り出した。ジョイナス達には苦労を掛けるけど、護衛は万全にしておいたよ。もちろん、ギリギリのところまでは、迎えの護衛団も手配しておいた。ソラさんが歩兵を率いてきてくれるから、もう安心だ。
メリッサとメロディーは、良いのかって? まあ、アテナは別格だとして……
メリッサとメロディーは、毎日実家に行って「父親の見舞い」をしているんだけど、移動中の警戒は公爵家からのお言葉に甘えて「公爵家騎士団」に周辺警護をしてもらってるんだよ。
え? 何で「周辺」なのかって?
直接的に言えば、結婚後の妻を守るのは嫁ぎ先、ウチの仕事だ。ところが「王都内での外出時に身辺警護は12名まで」の不文律があって、過保護だと言われるかもしれないけど今の王都だと、その人数だと不安なんだよね。
だから公爵家が「王都内の治安維持」の名目で、通行ルート周辺に一個小隊分を3箇所に出張ってきてくれてるんだ。
二つの公爵家が常に3個小隊を貼り付けてくれるから、万が一の場合は即座に180名態勢の応援が期待できる。
さすがに王都内であれば、これを上回る「不安」が生じる可能性は少ないわけで。いやぁ実家が公爵家だからできる力業だね。
それに、警備にはもう一つオマケがついているんだ。
二人がお出かけする時間は、なぜか「休暇中のゴールズ」が王都内を走り回ってるんだよね。これで何かある方がおかしいくらいだ。
っていうか、みんなには「休暇中はちゃんと休まないとダメだよ。ブラック企業になっちゃうからね」って何度も言ったんだよ?
「休暇中に王都を走り回って、仕上げはいつも親分のお宅にお邪魔するんですけどね、奥方手ずからのお茶を出していただけるんですよ。コイツの権利を取り上げるのは、あまりにも殺生ってもんですぜ」
そんな風に言って、聞いてくれないんだ。ちなみに、最近編入したサムも、この仕事は大好きらしくって、ちょくちょくウチに来ているらしい。ゴールズに入るにあたって、お馬さんを3頭プレゼントしたよ。今までの馬と合わせて4頭持ちってわけで、大喜びで乗り回してくれてるんだ。
まあ、彼の乗馬技術が「ゴールズ基準」になるまで、相当扱かれるのは目に見えているから、少しでも乗っておくのは良いことだよ。
たださ、ゴールズ用のお揃いのマントを渡すときに、ちょっとしたイタズラでメリッサに名前を刺繍してもらって渡したんだよ。メリッサも、防衛戦の時にサムに助けてもらったという恩があるから喜んでしてくれた。そしたら「メリッサ様が名前を入れてくださるなんて」って泣いて喜んでくれたんだよね。
刺繍したのが誰なのか一言も言わなかったのに、なんでわかったんだろ? ヤツは超能力者なのだろうか?
そのうち、その謎を教えてもらおうっと。
ちなみに、彼の正式な名前は、サム・ピーピング=ガーター だ。
(ちなみに、一族に「トム」はいないらしい。祖先からの言い伝えで「トムという名前だけは付けるな」というのがあるんだって)
ガーター男爵家は正式にカーマイン家を親貴族にする手続きに入った。まあ、手続きって言っても手紙のやりとりが主なんだ。貧乏男爵家だけに、トライドン家も引き留めないはず。
お父さんのジムは国軍の偵察部隊員として優秀らしいので、創設したカーマイン家の偵察部隊のリーダーに引っこ抜く予定だ。お給料をはずむんで、今の貧乏男爵家もマシになるはずだ。ついでに、彼の領地には優先してジャガイモの種芋を贈ったから、今年の収穫を期待できるはず。
っていうか、今回の事件をきっかけに、戦略研の仲間達の実家が次々とウチの「子貴族」に申し出てきているらしい。領民の出稼ぎを奨励してもらうのと引き換えにするんで、カーマイン家としてもかなりお得だよ。もちろん、みんなが卒業したら、ウチの領で働いてくれることになってる。
メリッサによれば、ミチル組の三人は「カーマイン家にある世帯向けの職員住宅」にムチャクチャ関心が高いらしい。
うん、うん。春や近し、だね。
新年の行事は「主(国王)不在」のままだったけど、御三家とゴールズ首領の共催の形で淡々と進められて、新年のお仕事が進められるようになったんだ。
当面のネタは3つだよ。ゲールにカタをつけるのと、立太子の儀式、そして「大逆罪の疑いのあるロウヒー家の処遇」の問題だ。
ゲールは近衛騎士団によって逮捕されて、今は、離宮に監禁中。さすがに王宮の牢(例の地下にあったヤツじゃ無くて、正式な貴族用の牢がある)に入れるわけにもいかなかったからね
立太子の選定式を、今回は「侯爵家」も立ち合って行うことになったよ。理由は王家に伝承すべき秘事が途切れたので、これを侯爵家も絡める形で再構成するためだっていうのが、一応、公式な説明になってる。
もちろん、目的は違う。玉座の後ろに彫り込まれた「建国の賢人達」の言葉を確認してもらうっていう場にするためだ。そうしないと「その後」につながらないからね。
まだ会ったことはないけれども、王弟のアルト・ロワイヤル=ギリアムさんは、野心の少ないタイプの人らしい。でも「自分が王様になれるかも」って思った途端に人が変わるのはよくあること。
さて、どんな人なのか、お披露目前に会いに行く予定だけど、立太子の式典などは宰相が復帰できてからになるはずだ。
そして、ロウヒー家の処遇の話。あれからヨク城でも備えていたけど、こちらに攻め込んでくる気配がないようだ。そりゃ、一侯爵家が、自領の守りを全て捨てたとしても、国軍+御三家に、ヘンな部隊が待ち構えているんじゃ、勝負にならないもんね。
王都の治安が落ち着く春を待って、国軍を中心とした攻略部隊を編成中だ。エルメス様からは「1年は帰れぬ。全ての権限をゴールズ首領のショウ殿に任せる」という委任状をもらったから(マジで、そう書いてあった)、後はカーマイン家からハルバードを取り寄せているよ。届き次第、訓練開始と。
ってことなんで、今、王宮の行政系は「ロウヒー家討伐」のプランを着々と立てているところだ。
まあ、これが予定通り進めば、秋にはカタがつくよね……
ん? これって、微妙にフラグ?
ゲール君は「監禁」状態のため、離宮の一室に閉じ込められています。王族であるため、王の代理が決まらないと裁判ができないのがちょっと厄介です。リンデロンが元気だったら、きっと今ごろは、なぜか、病気にかかっていたはずなのですが。