第37話 シュメルガー家のある日
王都にあるシュメルガー邸は、すっかり明るい雰囲気を取り戻した。一時、邸から退避せざるを得なかった使用人達も全員が復帰してくれている。
あっと言う間に以前の邸の空気に戻って良かった。
それというのも、みんなが無実を信じてくれたことが大きかった。苦難の間、王都のあちこちで隠れて過ごしていたらしい。めぼしい御用商人達が、それに手を貸してくれていたのも聞いている。これには報いてあげる方向だ。一方で、掌を返したいくつかの商人達は出入り禁止となった。
大逆の罪を問われてしまった以上、ある程度は仕方ないけど、逆境でも「恩返し」をしようとした商人達とは差を付けるのが当然だ。
罪に問うのはさすがに可哀想なので、商家の主が代替わりした後で10年くらいの出入り禁止程度に落ち着くだろうというのがお爺さまの見解だった。
その間に潰れないと良いけどって、さすがに無理よね。
素早く発せられた「出入り禁止」のお知らせの衝撃は大きかった。
だって「シュメルガー家に出入り禁止」となれば、当然、そんな商家と好んで取り引きしようとする貴族も、商売仲間もいるはずがない。しかも、今回はスコット家からも同じように対応されてしまった。
状況は悲惨のひと言。
商売を続けるどころか、おそらく、あっちこちからむしり取られているはずだ。
特に「人材」の離散がひどいみたい。優秀な手代、番頭クラスから引き抜かれていくし、働いていた人達も自ら売り込むのに必死らしい。
これはビッグチャンス到来と、我が家の影を使って「オレンジ領には仕事がたくさんあるらしい」というウワサを流したら、別のルートから「真心を持って働く人はオレンジ領が温かく迎えるよ」というウワサも流れていた。結果、大挙して人の流れができてしまった。人材不足のオレンジ領にとって、公爵家出入り商人の家で鍛えられた人達はきっと役に立ってくれるはず。よかった。
ふふふ。
必要を感じなかったから、わざわざ打ち合わせはしてなかったけど、メロディーもやっぱり同じことを考えていたんだなって嬉しくなった。妻たるもの、いつだって夫のためになることを第一優先にするものですものね。
同じって言えば、リンデロン様とお父さまの回復の進み具合は同じくらいらしい。
お父さまが少しずつ回復なさっていらっしゃる。まだ「闇」には強い反応をしてしまうので寝る時も、一晩中、ランプを付けっ放しだ。逆を言えば、灯りがあるだけで眠れるようになったのは大きな進歩だった。
頬はやつれたままだけど、少しずつ食欲だって出てきた。
ショウ様が持たせてくださったカーマイン領特産の新作物「ポテト」を茹でて、お塩を振っただけの料理がお腹に優しい上に、美味しく感じてくださるのだそう。昨日辺りからは、ホンの少しだけバターを載せて香りを引き出すと食欲が刺激されるまでに回復なさっている。
食事と睡眠が何とかなれば、後は時間だけできっと良くなるって信じられる。
本当に良かった。これも全て、思ってもみないほどのスピードで王都に戻って、解決してくれたショウ様のお陰だ。我が家だけではない。サスティナブル王国全部を救ってくれたようなもの。
なんて素晴らしい人なんだろう。
久し振りに、クリフ兄様も、ガストン兄様も王都までやってきて、一家が勢揃いした。
お父さまも嬉しそうだけど、あれ? 何か大事なお話かしら?
「お館様がこの状態だ。メリー 私から話をさせてもらうよ」
「はい」
気が付いたら、お父さまのベッドを囲むようにして母上はもちろん、筆頭側妃であるデュバリー婦人まで。
次期当主候補である兄のクリフは、ガストン兄様と一緒に、下座に控えていらっしゃった。
雰囲気的に、話の中心は私? でも、次期当主候補のクリフ兄様を下座にして一体何を話すんだろう?
お祖父様は「どうやら、雰囲気はわかったようだね」と優しい笑顔を見せている。
「これは、シュメルガー家の総意として受け止めること。良いね」
「はい。嫁いだとは言え、私もシュメルガーの娘です。なんなりと、あ、でも」
私は先に念を押しておかなくちゃと思い直して言った。というのは、どうにも、みんなの顔が私を慮るものだからだ。以前の「ショウ様の子種」の話よりも、どう考えても重大な雰囲気。
つまりは一家の行く末を左右するような話になると思えたからだ。
「夫であるショウ様に弓引くようなことであれば、私は、本家と縁を切らざるを得ませんので」
「さすがメリーだ。よくぞ、何の情報も無いところから、そこまで読んだね」
「まさか、ホントに、そのおつもりだったんですか!」
「あ、いやいやいや。違うんだよ。そうじゃない。よく、ショウ君と我が家の関係についての話だって読んだってことだ。実に素晴らしい。これから話すことはむしろ、逆だよ」
「逆?」
「メリーは、この部分には何も言えないのは知っているから、まず、聞き流すんだよ? ショウ君の不思議な能力には気付いているね。いや才能の方ではなくて、不思議なモノを出す力の方だ」
私は表情を変えずにいるしかない。そこは絶対に触れてはならない所だから。私達、妻妃連合でも決めたこと。親兄弟にも絶対に言わないことという約束だ。
お祖父様は私のだんまりを当然のこととして受け入れてニコリとした後、言葉をお続けになった。
「実は公爵家の当主には、いろいろと語り継がれていることがある。特にサスティナブル王国の建国において三賢の話だ。一般には伝えないようにした話だが、我が家の家祖でもある三賢は、どなたもが不思議な別世界の知識や技術を持っていた方々だった。そのお三方のウチ、どなたかが、ショウ様と同じ…… とまでは言えないが、似たような能力をお持ちだったらしいのだ」
「え!」
あぶない。あまりのことに、なにかしゃべってしまいそうになった。でも、ショウ様と家祖が同じ能力を持っている?
「そして、エクスカリバーの話は聞いたことがあるね?」
「はい。デビュタントの夜に、侯爵家以上の秘密として教えられた、あの伝説の剣の話ですよね?」
「ショウ様は、エクスカリバーの存在をご存じだったのだ」
「さすが、ショウ様です」
そこで、お祖父様は「やれやれ、ショウ様が素晴らしいという話は驚いてもらえないらしいな」とニコニコ。
「ショウ様ですから。何かのことでご存じだったとしても不思議はないと思います」
「ふむ。それだけ信じているのなら驚かないかもしれないが」
そこで、私以外の全員をひとわたり見渡したお祖父様はイタズラな笑みをお浮かべになった。
一体何を?
「我々シュメルガー家は、ショウ様を主として仰ぐことを決定した。スコット家、ガーネット家も同様の決定をしておる。もちろん、これを表にするのは時期を見ねばならないが、事実上、サスティナブル王国の王はショウ様となる」
「えええええ!」
思わず絶叫してしまった。だって、だって、そんなの。ショウ様が王様? それは、その、お力、お人柄から言えばふさわしいかもしれない。でも、そうなると……
そこではじめて、母上が「ほほほ、やっとメリーを驚かせられたわ」と嬉しそうに笑うと、お兄様達まで声を上げて笑った。
お母様は、嬉しそうにおっしゃった。
「もう、おわかりになったのですね」
ビックリというか、戸惑いが大きい。だって、私が第一夫人だ。もしもショウ様が王になるのなら……
「そうだよ、メリー。お前に王妃教育をしてきた甲斐があったというものだ。思わぬ形ではあったがね」
すっと、お祖父様が立ち上がると、みんなが一斉に前に並んで跪いてきた。
「未来の王妃様。シュメルガー家一同、心からお仕え申し上げます。末永く心やすくいらっしゃいますよう。衷心より申し上げます」
「で、でも、あの、王妃様になるのは、理屈ではわかるのですけど。それにショウ様が国王となられることは喜ばしいと思うのですが、さすがに、すぐに納得がと言うか、心が追いつきませんわ!」
クスクスクスクス
家族全員が、イタズラな笑顔を見せてくれた。
「王妃様、これからのプライベートは、本当に限られますぞ。シュメルガー家の邸の中の、それもごく限られた中だけだとお思いください」
お祖父様の言葉に続けて、お母様が「あなたはお辛いと思いますが、これからシュメルガー家は、あなた様の家臣です。そのお覚悟をなさってくださいね」と優しい声で突きつけてきた。
公爵家に女として生まれた以上、王妃教育は必須だった。私も懸命に学んできたから「臣下」に対してどんな態度を取るべきかも、徹底的に教え込まれている。
私は、家族に対して、背筋を伸ばした。
「国王陛下の御ため、シュメルガー家の力をよしなに頼みます」
背負わなければならない責任に、脚が震えていた。
閑話的な回になってしまいましたが、公爵家が「ショウ様を主とする」と決めた以上、今まで我が子だったメリッサ(メロディー)は、王妃様となるわけです。
そして、王妃としての教育を受けてきた者は、その人が優秀であればあるほど「王妃様! ラッキー」なんて喜ぶよりも「国母」という重大な責任にプレッシャーを感じることになってしまうわけです。