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第36話 ムスフスの決断

「くそぉお! どうしてオレは団長なんかになっちまったんだ!」


 団長室で、髪を掻きむしった。


 この悔しさを誰にも言えないのがなお辛い。


 ショウ君の…… いや、ショウ閣下隷下の騎士団「ゴールズ」が団員を補充するという話を聞いたのは今朝のことだ。年明けの一連の儀式、式典が終われば候補者を具体的に選び出す作業に入らなければならない。


 領地にいる本隊からも含めて、熟慮の上で選ぶ必要があったが、すべては、団長である私に任されたのだ。


 そして、ショウ閣下からは「選抜基準」が伝えられてきたのがすごい。


「武力はホドホドでもいいので、なるべくいろいろな場所の土地勘を持っていること。そして頭が良くて我慢強い人をお願いします。地方出身や異民族の人は大歓迎」


 そんな内容だった。


 正直言って、これが騎士団を選ぶ基準だとは思えない。しかし、わざわざ手紙をいただいた以上、その意向に沿ったメンバーを選ぶのは当然のことだ。


 ただでさえ選考は悩ましいことが多いのに、早くもウワサを聞きつけた人間が人目を避けるようにして次々とやって来た。


 自分をこそ選んでほしいと、誰もが願い出てくる。


 そりゃあなぁ、いくらスコット家騎士団の仲間達を誇りにしても、あまりにも魅力的過ぎる。騎士としての本能というよりも、戦う男としての本能にとって「尊敬する男の率いる実戦部隊」で働くというのは強烈な魅力を持っているのはよくわかる。


 なんせ、自分自身が、真っ先に名乗り上げたいくらいなんだから。


 だが、団長とは、みなに平等さを示す立場だ。どれだけ理由を付けたって、自分を選ぶなんてマネができるわけがない。ショウ閣下がわざわざ「異民族を歓迎」と付けてくれたのは、私をこそ必要だと言ってくれてるのに違いないのだ。だから、ホントは真っ先に自分を選びたい。しかし、どれほど「自分こそがふさわしい」と思っても、自分を選ぶことはできない。


 ゴールズの団員とは、あまりにも魅力的過ぎる立場だからだ。


 しかし、ゴールズのことばかりを考えて「スコット家騎士団」が骨抜きになるのも困ると思えば、なおさら自分を選ぶことなどできなかった。


 せめて、お館様がお元気ならわがままも言ったかもしれないが、今のスコット家に、その余裕はない。


 ゲールの悪辣なやり口のせいで、さすがのお館様も心身共に衰弱がひどい。ベッドから出られないほどに衰弱なさっていらっしゃる。


 有無を言わさずにたまっていく公務は、西部から戻っていらっしゃったばかりのブラスコッティ様が立派に代行なさっていらっしゃる。


 何の滞りもなく、そつなく運営されているのは「お見事」の一言だ。さすがに、お館様が期待して、将来を見据えた英才教育を受けてきたお方だけはある。


 けれども、この国の御三家の一つを任されるというプレッシャーは常人に想像もつかないほどに重いのは当然だった。


 家臣の者には笑顔すらお見せくださって、いかにも余裕があるようなお姿しか見せないが、騎士団長という立場から見ればわかる。


「公爵家の長はかくあらねばならぬ」


 そんな意識からの強烈な責任感が演じさせている無理にすぎないのだ。


 事実、日に日に顔はやつれていらっしゃる。食欲はまだしも、よく眠れてないに違いない。事実、夜中の執務室に突然灯りが灯ることも珍しくないのだ。


 おそらく伏し所(ベッド)に入ってなお、あれもこれもと仕事が頭を離れてくれないに違いない。そんなお方に、どうして私ごときがワガママを言えようか。


 騎士団長としてできることは、せめて騎士団のことだけでもお心を騒がせぬようにすることだけだ。異民族でありながら団長にまでとりたててくださったお館様への、それがせめてもの恩返しということ。


 かといって、スコット家の名誉のため、そしてショウ君への恩返しのためにも最高の団員を譲らなくてはならない。


 手元の紙に記しては消し、消しては記す名前。


 なかなか決まらなかった。


 その時、思いも掛けず、お館様から呼び出しが届いた。


 おそらく、ゴールズに譲り渡す人員のことだろう。お館様に、なにか思うところがおありなのだろうか?


 跳ぶようにして公邸へと向かうと奥方様が笑顔で迎えてくださった。


「あら、ムスフス、ちょっとお痩せになったかしら? ずいぶんと、()()()()()()()()()()。いらっしゃい。お館様が起きていられる時間はあまりないわ」


 笑顔を向けてくださる。あぁ、本当に、なんて良い方々なのだろうと思いつつ、オレは案内の侍従に従って伏し所へと向かった。


「入れ」

「失礼いたします。ムスフスです」

「近くへ」


 弱々しい声に、胸がチリチリと痛む。


「あまり喋れぬ。ゆえに我が意を悟れ」

「お館様!」

「ショウ君は宝だ…… 頼むぞ……」


 ガクンと頭を枕に落とした。一瞬、私の心臓がドキンとしたが、ゆっくりとした息をしていらっしゃった。


 横についた医師も「大丈夫だ」と言わんばかりに頷いてくださった。


 オレは深い深い礼をして退出したら、奥方様が廊下で待っていてくださった。


「わかるわね?」

「なんてありがたい……」


 お館様は、敢えて「頼んで」くださったのだ。


 お館様の言葉は、ショウ閣下の元に駆けつけて良いという許可だ。それは「お前はスコット家に必要ない」と言う意味では全くない。むしろ、スコット家にとって必要だから行けとおっしゃってくださったのだ。


 胸から溢れかえるものを、どうしてせき止められようか!


「あらあら、ムスフス。泣くなんてダメよ? お館様は、あなたに胸を張ってスコット家の代表を務めて欲しがっているのはわかるでしょ? だって、いつだって、スコット家のことよりも国のことを優先してくださるのがお館様ですもの」


 お優しい手が、私ごときの背中をトントンと叩いてくださる。あぁ、私は、なんと主人に恵まれた騎士であろうか。


「お館様のご意志はわかったのかしら?」

「はい。スコット家にとって必要なことよりも、国にとって必要とされる人員をめいっぱい選び出します」

「さすが、ムスフスね。頼んだわよ?」

「お任せください、奥方様」


 そして、年明けまで、さらに悩みに悩んで、ゴールズ・スコット部隊のメンバーが選び出したのだ。


 結局、中隊長として私、第二騎士団長のタックルダックル、第三騎士団長のライスバーガ、第四騎士団長のウンチョーの4人。そして若手を中心にして200名を選抜した。


 逆に、抜けた200名の補充は、ブラスコッティ様からも忠告されている通りに1年を掛けて行うことになる。だから、しばらくの間はスコット家の騎士団が大幅に縮小する形となる。


 その難しい舵取りを任せるのは中央騎士団長のヤグレーザーだ。彼に編成を全面的に任せたのだ。


 1年の時間があるとは言え、再編成は大変なこと。それに、逆を言えば「なぜ、1年間で騎士団員を200名も補充しなくてはならないのか」ということが、何かを示唆している気がするのだ。裏にある意図がよくわからない。ひょっとしたら、近々、サウザンド連合国が動いてくるとでも言うのだろうか?


 ともかく、こうして、スコット家()()騎士団は「ゴールズの時代」にふさわしい門出をしたはずだった。


 もちろん、200名は、あらたに4中隊編成となって、集合期日まで猛訓練に励んだのは言うまでも無かった。


 そこにショウ閣下からの「挑戦状」が届いたのだ。


 我々スコット家の選抜部隊に対して「調練」を行うのだという。


 自領からのメンバーが揃ってから、2週間の訓練を経て、それぞれの中隊を「戦う部隊」にした後のこと。


 兜と鎧には「割れ板」を取り付けて死亡判定をするというルールだった。


 なんと、我々200名の半数が、今や有名となった「ヨク城」に無事にたどり着ければ勝ち。それをショウ閣下が50名の「ゴールズ」で襲ってくるのだという。


 勝ちの賞品は「ゴールズ副団長」の座。団員達には、ショウ閣下からの個人的なご褒美として一人1個「ガトーショコラ」なるモノを賜るそうだ。


 いくらなんでも、と思った。


 ひょっとしたら、私に副団長の座を渡すために打った、なんらかの芝居なのかとも思ったのだが、どうにも、そんな感じでもない。


 私は、訝しみながらも「お願いします」という返事を書くしか無かったのである。


 この不思議な「調練」が、一体何の目的で行われるのか皆目見当がつかぬまま、我々はスコット家騎士団として、最後の年明けを迎えたのであった。



・・・・・・・・・・・


「それぞれが自分の騎士団にプライドを持った人達だから、無理に馴染み合う必要は無いんだよ」


 ショウが、ツェーンを相手にうそぶいている。


「え~ でも、一緒に戦うのに、仲違いしてもいいんですか?」

「いや、仲良くはしてもらうけど、お互いが尊重し合えるようにしようと思うんだ」

「そんちょー ですか?」

「ええ。今考えているのは国軍から歩兵部隊300名を編成するんだけど、これは象を象徴としてE大隊と(エレファント)名付けるよ。ま、力強く、じっくりとした戦いだよね」

「例の武器で?」

「そ、ハルバードね。相手の騎馬隊も退けられる強力な歩兵隊にするよ」

「なんか、ヤバそうな歩兵隊になるような」

「で、元近衛騎士団からの200名はね、じっくりと、決して引くことのない戦いを期待してL大隊(ライオン)。シュメルガー家からは歩兵との連携作戦を中心とした戦いを専門としてもらうから、人と一緒という意味でH大隊(ホース)ね」

「歩兵隊との連携?」

「ま、それはそのうちわかるよ。それでぇ、スコット家からの部隊は、偵察と連絡に特化してもらうんだ。こちらは孔雀を象徴としてP大隊(ピーコック)って名付けるから」

「スコット家騎士団と言えば、ムスフスとかウンチョーとかいう手のつけられない戦士のいるところですよね? そんな連中が偵察っすか?」

「偵察部隊は最精鋭を充てろ、って原則があるのさ。ある意味、個人としては最強の人達がいないと、ヤバいからね」

「う~ん。そんなもんですかねぇ。まあ、確かに、それぞれの専門があれば、それを中心にすれば良いと言うことかぁ、それなら、やっていけるかなぁ。あれ? じゃあ、オレ達はどうなるんで?」

「我々は、外国の神話に出てくる架空の鳥さ。迦楼羅かるらって言ってね。その鳥は、口から金の火を吹き、赤い翼を広げると336万里にも達するとされるのさ。この鳥は、人々を救うと言われているんだ」

「人々を救うんですか……」

「そうだよ。オレ達が人々を救うんだ。そのためにせいぜい、頑張らないとだよ」

「でも、騎士団ですよ? いくら、得意分野を分けるって行っても、お前達は偵察部隊だとか言って、簡単に納得しますかね?」

「ふふふ。だから、それをわかってもらうために、年明けに各部隊と調練をするんだよ。楽しみだね」

「大将、なんか、悪い笑顔になってますぜ」


 たのしみ~





  


 


   

著作権の関係上「五大虚空菩薩像」の写真が載せられませんので

申し訳ありませんが、東寺のHPをごらんください。

https://toji.or.jp/guide/kanchiin/

これが、各部隊のイメージ像です。


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