第35話 プリンケプス
王太子として王弟を選定すべきだという、オレの発言を受けてアーサーが、飄々と会議を進めようとしている。
「プリンケプスのただいまのご発言は大変重要な問題であり、諸卿のご発言を求めるとなっております。お求めの通り、ご発言の途中ですが、先に、ご意見を出していただきましょうか」
一同、沈黙である。当然だ。
この場で「第一人者」が、わざわざ発言を途中で切っているのだ。この後のどのような展開になるかわからないのに「敵対的な発言」と絶対に取られないようにしたい、という配慮を侯爵達はしなくてはならないのだ。
ムチャクチャ、悩ましいよね?
特に、御三家がことごとく「全面的に従う」という姿勢を見せつけている以上、侯爵家としては誠にやりにくいのだろう。
セーナンは、その場の空気を読んだように控えめな挙手をすると、声だけはトーンを上げて発言した。
「我々の間にはプリンケプスの発言に反対する人間などいないかと。それに、王太子に王弟を充てることは、現在、最も現実的な選択肢であることは確かです。ただ、我々にとって、今さら王太子を立てるべきなのか? と言う疑問があります」
さっすがぁ。ナイス援護射撃。しかも、さりげなく「充てる」なんて感じで敬語を省略してくれているのもナイス。
相対的な権威を少しずつ下げておかないとね。でも、今は、これ以上、ここは突っ込まない。
万が一にも「簒奪者」ってウワサが流れるとやりにくいもん。
オレの心配を読んだのか、すかさず議長役のアーサーが「反対者はいないようですので、プリンケプスの望まれるとおりでよろしいかと。みなさまの中に、もしもご反対の方は発言を、どうぞ」
配慮した発言に見せかけて、これは意見を求めてないのが丸わかり。「反対はしないよね?」という脅しだ。
そのわりに、淡々した声に、なんの感情も見えてこないのがすごい。この辺りが貴族家当主の社交の上手さってヤツだろう。
しかも、会議の運営が実に巧みだった。
これでは発言できるわけがない。さりげなく、しかもサクッと中身を確定させてしまう議長ぶりは、すごいよね。スマートだけど大胆。いわゆる「辣腕」ってやつだ。
それにしても「ピグナス クワトロ ルナルーマ(三日月の四者誓約)」は、今回も完璧に機能している。特にセーナンとドーンの優秀さは、思っていた以上だよ。
『しかも、今回はドルドではなくてアーサーが出てきてくれて、地味~に助かってるんだよなぁ』
ロウヒー家を除いた全侯爵家が揃う中、フォルテッシモ家の代表として出席したのは当主であるアーサー本人だった。
貴族としての趣味の世界だけで生きているはずのアーサーが、ここにいる誰よりも政治的に振る舞っているのがすごい。
ひょっとしたら、謎の「勤労意欲刺激ウィルス」にでも取り憑かれたのだろうかってなネタを振りたいところだけど、マジで助かってる。だって、この場に「当主本人」が出てきてるのは、なんとアーサーと、カインザー家のバリトン、トライドン家のライザーだけなんだよ。
バリトンは、オレの義父だから下手な発言はできない。オレとしても何か頼みたくても頼めない。あからさまな擁護発言をすると、今後に影響するからね。
ライザーは、納豆の縁で好意的だとは言え、一族からマリア妃(第3王子の母)を出しているから、全面的に信じるわけにはいかないんだ。
こうなってくると法的な立場はさておき、人間関係の問題として「侯爵当主」の立場はけっこう強い。
潜在的な「敵対者」となる可能性はライザーだけなので、後はどうとでもなるとは思うけど、議長が味方かどうかはかなり違うんだよね。
今回は王太子の件も大事だけど「侯爵家以上の貴族が全面的賛意を示す下に案件を通した」という形が大事なんだよ。
その形さえできてしまえばライザーだって空気を読まざるを得ないし、セーナンもドーンも父親が帰ってきた時に「この雰囲気を伝えられる」ということだからね。
三日月の四者誓約は「当主が同意してない」と言う点において一抹の不安がある以上、これを「家の方針」として外側で確定させる必要があるんだ。
だから、今日の会議では「正統派の案件」を「反対者が無い状態」で通して、以後の前例となる会議の形を作ると言う点が大事なんだ。
その意味で、今日は、コイツと、あと一つを通しておけば良いよ。
そこで、老公が発言したんだ。
「通常、王太子の決定には公爵三家の合意が必要であるということは、みなも知っての通り王国法に定められておる。そこは異議ないな?」
初めから「異議なし」を前提としたタイミングで、枯れた口調で話を続ける老公。
「我々は、今後、ショウ閣下の決定に従うという形で合意をしている。したがって、事実上の決定となりました。以後、くれぐれもご協力を願いたい」
議長役のアーサーは「なるほど。手続き的にはプリンケプスが認めれば、それでよろしいわけですな?」と老公に確認を取った。
「その通りだ。以後も、この形で良いだろう」
「わかりました。みなさま、ご異議は? 異議無しとして、この案件はプリンケプスの提案通りといたします。よろしいですね?」
最後のセリフは、オレに向かってのものだ。
「わかりました。みなさんの期待に応えられるよう、爾後も努力いたします」
この瞬間「プリンケプスの提案は、会議においては決定事項として扱われる」という前例が作られてしまったわけだ。
言葉を換えれば「王太子の任命権をゴールズのショウが持った」という事実だ。これを延長すると「王の任命権を持つ男」ということになる。
オレが狙ったのは「王権の相対化」だった。
王様が一人だから、絶対的にエライとなるんだけど、もしも王様が何人もいたら、どうなるってのがifなんだよね。
とは言っても現実問題として「サスティナブル王国を分割して王様を複数にする」
のは、ローマ帝国にしても、中国の元にしても「分割は滅亡への道」になっちゃうんだろうから禁じ手だ。
だけど実は内側じゃ無くて大陸全体に分けて考えると、王様は何人もいるんだよ。そして「ゴールズのショウはアマンダ王国の王位継承の認定権」があるんだよね。
この時点で、オレは「二つ以上の王国の王様を決定できる人」って立場となったのが確定したってことだ。
「他に、ご発言すべきことは?」
アーサーが、オレの言葉と間を開けないようにして「さらに」を促してくる。こういう仕切り方ができるってことは、実は、この人、かなり頭が良いんだろうな。次回は、18禁雑誌の切り抜きをプレゼントした方がイーかも。
と思いつつ、オレは、さらに言葉を続けた。そこには、ゴールズの費用を公爵家、侯爵家に負担させることなく「王国直属の独立した部隊とするために」と言う名目で経費を王室の直轄地から上がる収入を使って捻出するという意味のことを伝えたよ。
これもまた、当主からしたら自家の費用からの支出がない訳なので反対のしようが無い。
『でもさ、費用を捻出するためだって口実を使えば王の直轄地に口を出せるようになるってことだもんね』
事実上、王の巨大な直轄地を削り取って「一貴族並み」に落とせるってことだ。それに、直轄地からの収入を削って上げれば、王の私的な軍事力である近衛騎士団だって維持が難しくなる。最終的に「伯爵家」以下にするのが狙いだ。
まあ、それを急いでやるとバレちゃうんで、少しずつだよ。
こうして「サスティナブル王国」の王朝を変更する、最初の手が通ったってことになる。エクスカリバーの話に到達するまでに、まだまだ、かかりそうだよ。少なくとも5年はかかるかなぁ、
まあ、慎重に、慎重に。
「さて、年初の行事も目白押しです。残念ながら王太子を立てるにしても時間がありません。以後、行事は、ゴールズと御三家で担うことでよろしいですね? もちろん、いろいろな準備はゴールズ持ちで用意いたしますので」
その一言で、財政的に苦しいライザーは、あからさまにホッとした。そりゃ、ね、「ゴールズの経費は王家から」って、さっき通しちゃったもん。
サスティナブル王国が、今まで通りに金を出しているけど「主催者」が我々《ゴールズ》になるっていう、詐欺のような手口だ。
他にいくつかの議題を話した後で、初めての会議を終わろうとした時だった。
ドーンがいきなり挙手をしたんだ。
え? そんな予定無かったよな?
何を突然って驚愕があるけど、無視するわけにもいかない。アーサーが「どうぞ」というと、ドーンは「提案があります」と話し始めたんだ。
「この会議は、恐れ多くも陛下のご容態が回復されるまでは、国の基本を話すべき大事な会議となるかと思います」
今のところは、想定内の発言だけど、いったい、君は何を言い出すつもり?
「こういう大事な会議には、名前が必要です。もしも、よろしければ、この会は、国の礎を築く重要な会議として国の会…… すなわち『国会』としてはいかがでしょうか!」
えええええ! マジ! ドーン君、転生者じゃないよね?
その日、会議の名前は「国会」と決まったんだ。
ドーン君は転生者ではありません。ただ、基本的には優秀です。
なお、この会の後で、シュメルガー、スコットの両公爵家から、ゴールズ用のメンバーを決める旨が送られてきました。メンバーについては次回か、その次の会辺りに出てくると思います。




