第34話 未来の王国を見よう
王都に激震が走った…… とまでは言えないかな? むしろ、歓喜の叫びだったのかも。
今年のデビュタントの招待状が、ギリギリだったけど、各貴族家に行き渡ったのは12月の20日の夜だった。
サスティナブル王国の貴族達が、子ども時代の終了を告げ、一人の貴族として認められる場がデビュタントの一連の儀式だ。それだけに王国貴族の関心はものすごい。
本来は「王の前で国を支える一員として誓う場」という意味があるんだけど、今さらそれを言うのはヤボというものだ。
特に下位貴族家の女の子は、思い入れが一段と強いはずだ。だって、一家が何年も掛けて用意したドレスを、生まれて初めて王宮のパーティーで着る日だもん。
王子様との出会い(そこ! ぷっ、とか吹かないこと)や、運命の糸がつないだ相手と出会えるかもという憧れがあって当然なんだよ。
「というわけで、ほとんどの子女が参加してくれるのは、よかったよね」
ブラス様が…… あ、えっと、ブラスが一覧にまとめた参加者名簿を点検している。
「ロウヒー家の直系以外は、ほとんどの家が例年通りですね。かの家につながる家も、つながりが無いことを訴えるためか、いち早く参加を表明する家ばかりです」
完全に泥船扱いかぁ。
ちらっと、ミガッテ君の顔を思い出したけど、あんまり同情心が起きなかったのは幸いだった。
多くの家では淡々と受け止めたのか、すぐさま参加表明の書状がかえってきたよ。すぐさま参加者名簿作りから、各種の手配が進んだ。
この辺りの事務作業は、ギリギリになっちゃったとは言え、王宮に長年勤めてきた官吏も下仕えの者も心得ているからね。
全てが例年通り、と言いたいけど、多くの親達が首を捻ったはず。
主催者、すなわち招待側の名前が「ゴールズ首領・ショウ」と、御三家当主の連名なんだ。
who is show(コイツ誰だ)?
だよね~
伯爵クラス以上なら、自家の情報組織から「ゴールズ」の話は聞いているかもしれないし、王国名誉勲章の「ショウ・ライアン=カーマイン」を思い浮かべるかもしれない。
でも、御三家の上に名前が出てきた時点で「伯爵家の息子? そんなのナイナイ」だもんね。
さて、いろいろと頑張った。仕込みは万全。
ついでにサービスもしておいた。大量のクリスマスケーキを会場に運び入れたんだからね。
一口大に切って提供するけど、大人気間違いなし、とメリッサ&メロディーの太鼓判だよ。
ちなみに、二人のドレスもちゃんと新調してあった。二人はドレスコードを気にしなくて良い分、流用可能なんで助かったよ。
いや、仮にも公爵家令嬢だ。何がどうあったって、王都の第一級のデザイナーの下には、お仕立て中のドレスが大量にあるのが普通なんだよ。
彼らは「作るな」と言わない限り勝手に作ってきて「気に入ったら金を払ってもらう」ってやり方なんだよ。信じられないよね、一着が数百万円なのにさ。
ともあれ、最先端のデザインのドレスもそうだし、宝石類も万全だ。
ちなみにドレスの色はメリッサが、いつものように淡いブルーを、メロディーは赤を基調としている。
これにサファイアを埋め込んだ大人っぽいチョーカーをお揃いで着けていて、今日は、クリスとアテナも一緒につけるよ。
そして、デコルテを飾る見事なネックレスも一際輝きながら四人とも身につけていた。
「私達はショウ様の妻です」
と言いたげに胸を張っているに違いない。
え? 見てないのかって? だって、今日は「招待側」だから、最後に壇上に登場だよ。今はクリス達と控え室さ。
あらかた入場が終わった時だった。
儀典官が一段と声を張り上げたんだ。
「ガーネット公爵家ぇ ご令嬢ぉアテナイエー様~ カーマイン伯爵家ぇ ご令嬢ぉクリスティーヌ様ぁ~ ゴールズ首領、ショウ様とのご入場でいらっしゃいます!」
ちなみに、普通は男性を先に呼ぶんだけど、デビュタントの時だけは、当事者を先に呼ぶわけ。もちろん二人とも当事者の場合は男性の名前からだよ。
そして、オレは、あえて「ゴールズのショウ」しか呼ばせなかった。
筆頭儀典官が「前例が!」とか抵抗していたけれど、少しだけ話し合ったら、わかってくれた。スゴく物わかりが良くて良い人だなって思ったよ。
だって「オレ、エルメス様の舎弟でさ、おんなじよーに、していぃって、お墨付きをもらってんだけどぉ」って、オラオラしてみたら、なぜか顔色がAOっぽくなっちゃったんだよね。もう、この時点で「わかりました」って答えしかありえないじゃん?
とは言え、もっと異例だったのは「二人をエスコート」する形だ。
そのせいなのか、それとも胸元を飾る「巨大で、見たこともないほど複雑なカットをしたダイヤのネックレス」のせいなのか。
会場はシーンとしてしまった。
その真ん中を左にクリス、右にアテナ。通常は「剣を持つ手を空ける」のだけど、オレの場合は、どっちみち「剣」と腕を組んでいるわけだしね。
左右の美しさは圧倒的だった。
燃えるような赤いショートヘア、透き通る湖の青さを持ったロング・ストレート。あまりにも対照的な美少女が、うっとりしながら腕を組んでるんだもん。
楽団の音楽以外には、ため息と感嘆の息が漏れる音だけの会場だよ。
壇に向き合っての正面、最前列にオレ達三人がピタリと立ち止まった途端、音楽がピタリと止む。
控えていた上席儀典官が朗々と読み上げたのは、公爵家のノーブルに、ブラスコッティ、ティーチテリエーの三人だ。
あ、えっと、激しく違和感があるんだけど、現在、思考の中でも「様」を付けない練習をしているんだよ。
エラソーだけど、許されたし。
さすがだ。
三人は、ただ立っているだけで圧がハンパない。特に、サスティナブル王国の宰相として、往年の辣腕で知られているノーブルは、立ち合っている少数の大人達からも感嘆のため息が漏れるほどっていうか、上席儀典官が相変わらずビビってる。新人の頃に、さんざん「仕事を仕込まれた」のが心に刻み込まれてるらしい。
まあ「何」が刻みこまれちゃっているのかは、別だけど。
そして、演出計画通りに一拍開けると「王国の名誉を守り、アマンダ王国を降伏させた、まさに現代の英雄! 独立部隊ゴールズ首領、ショウ閣下にご臨席を賜った!」と一際大きな声。
そこでオレは二人と腕を組んだまま、ステージ正面の階段を上る。
予定通り、そこで二人は後ろの列へ。交代するように「正妻」の二人がオレの横に並んだんだ。
「本日の~ しゅ、ひーん! 偉大ぃなるぅ~サスティナブル王国にご来臨賜った、天かける御方、ショウ閣下ぁ~」
不思議な抑揚を付けて語尾を伸ばした上席儀典官は「である!」とこぶしを利かせて言葉を結んだ。
これは計画通り。
この不思議な抑揚は、ノーブル元宰相だけが知っている先々代の国王に使われたイメージを少しだけ残しつつ、オリジナルで工夫させた口上だ。
そう…… 紹介に上席儀典官が独特の抑揚を付けるのは国王に対する習慣だ。けれども、他の貴族に抑揚を付けてはいけないという決まりはない上に、王と同じではないと言う点が大事なんだ。
「みなのぉ~ ものぉ、 偉大なるサスティナブル王国の永遠不滅の守護者たるゴールズのショウ閣下に、礼、なりませぇえ!」
その瞬間、公爵家代表の三人が臣下の礼の形で膝付いたのだ。慌てて、会場中の小さな紳士淑女達が一斉に、同じ形の礼を取る。
二人の正妻とクリス、アテナは、一歩横に動いて恭しくの立ち礼姿。妻の特権だよ。
「直られませぇい!」
上席儀典官の号令がかかったと同時に、オレは、再び横に立ってくれたメリッサとメロディーの体温を感じながら「永遠不滅の御光来にあられるサスティナブル王国の国王陛下が、今、お命が危ない状態である」 と声を張ったんだ。
静かなざわめきが広がる。国王の状態を下位貴族にまで正式に発表したことがなかったからだ。初耳だよね?
「我は、望まれてアマンダ王国に行った。そこでサスティナブル王国の宿願となっていた、かの国の征服を成し遂げたのだ」
おぉおおおお!
特に男の子達が、顔を紅潮させて歓声を上げた。仕込みの拍手に釣られて王宮を揺らすほどの拍手喝采が鳴り止まない。
それを手で制すと、ピタリと止まった。みんながオレの話を聞きたがってる。よし、つかみはOK。
「しかるに、第一王子であったゲールは、何事をしていたか? サスティナブル王国のために何をなしたか! 何もなさなかった! いな! 我が王国のために働いている間に、我が身のことだけを考え、恐れ多くも玉体に手を掛け、いまだに意識がお戻りにならないのである。合わせて、見よ! 長年王国のために心血を注いできた二人の公爵に、卑劣極まることを行ったのだ。これを許すわけには参らん!」
本日、初めて大人社会に参加した立場に、ベリーヘビーな話だけど、逆に言えば、事実をありのまま伝えているだけのこと。しかも、大人達がウワサにしかしていなかったことを、初めて「大人に対するように話してくれた」というのは、心を震わせているハズなんだ。
少年は、大人として認められると、どこまでも背伸びをしようとするからね。
オレはそれを期待したんだ。
「我は、サスティナブル王国のために国を一つ、取り戻してきた。その実績をひけらかすつもりはないが、寡少に言うことは逆に、諸君を見くびったことになるであろうと思う。諸君は今夜、一人前になったのだ。サスティナブル王国の未来を誰よりも長く見つめる立場である。だからこそ、王子の醜い行いも全て話した。我はサスティナブル王国をより良いものとしたいのだ。諸君!」
そこで口を閉じて、見回すと「あぁ」と小さな声がまず聞こえた。
「私も」
「わたくしも」
「より良く……」
「これからを!」
「私達も、もっと偉大な国を作ります!」
気が付けば、口々に少年少女が「未来を!」と叫んでいたんだ。ま、ちょっと仕込みはあったんだけどさ。
サッと手を前に出すと、再び会場は静まりかえった。
「未来を背負う諸君の気持ちは受け止めた。約束しよう。サスティナブル王国のより良き未来のため。王国をどうすべきなのか、ここにいる御三家、そして!」
サッと手を伸ばす。
予定通りにロウヒー家以外の、全ての侯爵の代表が壇の裾に立って、会場を見渡していた。
いやあ、この全侯爵家の手配が、ギリギリだったんだよね。特にカインザー家のバリトン様が「もっとオレを頼ってくれても良いのに」ってヘソを曲げちゃったんだけど、アネッサ義母さんの超コワーイ笑顔のお陰で、無事協力を取り付けられたのは良かったよ。
「全ての侯爵家が協力してくれることを、ここで宣言しておこう。約束する。諸君が協力してくれれば、サスティナブル王国を、さらに偉大な国にしてみせる。今、この場にご来臨いただけない国王陛下の御ためにも、諸君の一致団結した協力が必要である!」
再び、会場が割れんばかりの拍手だ。
「では、偉大なるサスティナブル王国の未来を見つめるべき、紳士淑女よ、今宵はめでたい場である。新生サスティナブル王国の一員として、心ゆくまで楽しんでくれ」
そう言って降壇したオレは、一人一人と握手しつつ、言葉を掛けていったんだ。
「ともに、未来を作ろう」
もちろん、相手がどこの誰なのかは、横にピタリとついてくれるメリッサとメロディーが「こちらは、西部のバンクレー男爵家の三男、マイクです」と囁いてくれるから、オレはそれにしたがうだけ。
「マイクだね? 西側は、まだ混乱しているけど、来年にはもうちょっと落ち着くよ」
「ありがとうございます!」
そうやって一人ずつに声をかけた後、舞踏会へと式典は進んでいったんだ。
いやぁ~ この「握手の儀」は、二人の妻がいなかったら、絶対に無理だったよ。ちなみに、この3日間で二人は寝る間も惜しんで記憶してくれたんだ。
マジで最高の嫁だよね。惚れちゃうよ。もう惚れてるけどw
あ、ちなみに、ファーストワルツはクリス。セカンドワルツは正妻と踊るからメリッサと、そしてラストワルツはアテナと踊ったよ!
え? メロディーは、だって?
そりゃ、今夜、オレを独占できるってことで許してもらったんだよ。っていうか、遠い記憶になるけど、前回は「新歓キャンプ」でメロディーと踊ったからね。今回はメリッサの番ってことらしい。ま、こういうのも、全部お任せだよ。
そして一夜明けた王都には、恒例のビラビラがばら撒かれていたんだ。
アマンダ王国 ゴールズのショウ閣下によって降伏
ショウ閣下、デビュタントで未来を語る。
国王陛下の意識、依然戻らず。
そこかしこで、ウワサが飛び交う。ビラには「未来を語る」とだけ書いておいたのがポイントだ。人々は「どんな未来を語ったんだ」と関心を刺激しているからね。
デビュタントを経た、新たな大人達は、世の大人達に話すことを求められて、自尊心がさらにUP。
これなら、悪く言えるわけないよね。
12月26日。
王宮の会議室に集まった、御三家そして全ての侯爵家の代表を前にして、オレは与えられた「第一人者」の特権として、最初に発言したんだ。
「国王陛下の容態が思わしくないため、王太子を現在の王位継承権第3位であるアルト・ロワイヤル=ギリアム殿としたい。諸卿の意見を問う」
「え!!!」
全員が目を剥いたのは当然だっただろう。でも、王位継承権を持ってないオレが「王太子」になると、ちょっと、後で問題が出ちゃうからね。
ここは、秀吉のマネをするしかないんだよね。
さて、ここからは、タイトだよ~
織田家の家臣であった秀吉が、多数の「織田家の子ども」を差し置いてトップに立つため、少しずつすり替えを実施していったのをショウ君は知っていました。
そして、王政でもなかった共和制ローマのカエサルの権力をアウグストゥスが、どう受け継いだのか。