第33話 それ、マジで言っちゃいます?
すでに12月も真ん中だ。
例年の王都では「行事」のハイシーズンだった。
特に、24日に行われるデビュタントが頂点で、そこから年明け祝賀まで様々な恒例行事が目白押しになる。
『今年はどうなるんだろう?』
各貴族家も、お互いを横目で見ながら出方をうかがっている状態だ。
逆に宮廷勤めの官吏も下働きの者達も、着々と働いてデビュタントの用意は怠らない。というよりも、やめられないんだよ。だって「今年はやらないよ」と誰も言ってくれないのに、自分の仕事をさぼれるわけないだろ?
実は、みんながムチャクチャ困ってる。なにしろ主催すべき国王の意識が戻ってないんだよ。
そういう場合に代理を果たすべき王子が、揃いも揃って使えない。「大逆の罪人」に「所在不明」に「心身異常状態者」ときたもんだw
辛うじて王弟がアルト・ロワイヤル=ギリアムをはじめとして、ビリー、チャーリー、デイブ、そしてエドワードといるんだけど、そのどれもがシュモーラー家の飛び地で慎ましく暮らしているだけの人だ。誰かが担ぎ上げるんなら別だろうけど、自分から名乗り出る実力も気力も無いんだよ。
それに、独自の情報網を持ってない限り「名乗った途端に殺されるかも」という恐怖が現実にあるからね。
みなさん、申し合わせたみたいに、宮中のデビュタントの係宛に手紙を送ってきた。「病のため、残念ながら今年は欠席する」のだそうで、自領に飛んで帰っちゃった。
病気なのに千キロ以上も旅するのは、大変だと思うんだけどなぁ。
そして、本来は王族は連座しないはずの「大逆罪」が地味に足を引っ張ってる。
大逆罪は「王家を守るためのもの」だから、国王陛下への連座はないっていうのは知っていた。前世の歴史オタとしてイギリスの昔の100年戦争あたりの例を知っていたからね。予想通り、サスティナブル王国でも同じだった。
大会議の時に貴族達に言ってもらったのは一種の嫌がらせみたいなものだった。
ところが、予想以上に話が細かかったのは「王子が起こした大逆の罪はその母親と、母親の一族は連座することがある」という内容があったこと。
そして、どこまで連座させるかは「国王の専決事項」だったこと。
つまり「ロウヒー家」のどこまでを大逆に連座させるか決まらないし、第一側妃であるミントス妃も危ういかもしれないってことだ。
これでは、デビュタントのことなんて無理だ。
しかも、である。
王妃であるミヒャエル妃は、なぜか引きこもって一切の連絡が取れず、第二側妃のマリア妃は息子に付き添って誰も寄せ付けない状態だ。
さあ、どうしよう、主催者がいない。
でもさぁ、大人のジジョーで「成人式」ができないなんて、一生、恨むに決まってるだろ。しかも今年はクリスとアテナのデビュタントなんだもん。
このまま無しにしてたまるもんか!
って考えて、なんとか「御三家主催」でやってもらえないかなって思いついちゃったんだよね。
王宮の準備そのものは着々と進んでいるんだから、誰かが「やるぞ!」って声を上げれば、それですむハズなんだよ。だから、御三家の共同開催をお願いしてみるつもりだ。
もちろん妻達の「父親のお見舞い」もあるから、十分に備えをして王都に向かったんだ。
残念ながら父上はさすがに領地を守らなくちゃだけど、母上とクリス、メリッサにメロディーを連れて、いざ、王都へ行かん!
あ、アテナは言わなくても一緒だけど「護衛」の立場上、男装姿で騎乗しているよ。
守るはカーマイン家騎士団の12人を率いる鉢割ジョイナス。そしてエメラルド中隊の50人だ。立場上、ジョイナスに「護衛団長」を任せたら、もう、喜んじゃってさ。泣きながら抱きつかれてしまった。
う~ん 喜んでもらえるのは嬉しいけど……
ともかく、張り切りまくったジョイナスが気合いを入れている以上、間違いなんて起きないよ。
ただでさえ、伯爵家ぐらい潰せちゃうほどの過大戦力だもん。
遠目に相当物騒に見えたんだろう。道中、何度も「偵察」されたのが笑っちゃうほどだ。
相手は、かなり注意して偵察してたから、こっちには気付かれてないと思ったんだろう。でも、実戦部隊のカンを甘く見てもらっては困る。たちまちゴールズのみなさんが捕獲してきちゃう。
ま、敵対行動というわけではないので、脅すだけに留めたよw
むしろ、今までの長い旅の中では異例なほどに安全で、ゆとりのある旅だった。
というわけで、3泊、毎日、違う嫁とのイチャイチャの夜だ。久しぶりに張り切っちゃったよ!
あ、順番が最後になったクリスは、まだ、だけど、最初の2日で発散済みだもん。紳士として、そっと抱きしめるだけで眠ったよ。
夜中にオレの唇が奪われてたけどw 眠ったふりは大事だよね。
まあ、要するに3泊4日のイチャコラの旅を経て、メリッサとメロディーを、それぞれの実家に送り届けた。
久しぶりに会ったトヴェルクとムスフスに泣きながら抱きつかれて、死ぬほど謝られた。2メートルを超す筋肉ダルマに抱きついて泣かれる図は、ちょっとした地獄かも。
いや、オッサンのギャン泣きは誰得なんでw
って言うか、最近、泣いたオッサンに抱きつかれることが多くないか?
いったん、クリスと母上を王都のカーマイン邸に落ち着いてもらったところで、シュメルガー家から呼び出しがかかったんだ。
届いた時間から見て、メリッサを家に届けた直後に送ってよこした手紙だ。
『オレを待ち構えていたってことだよな? 一体、何の密談だ?』
だって、普通の内容なら必ずひと言書いてあるはずなのに「ご招待」だけだもんね。
不安しかないじゃん! こういう時は、一刻も早く会うに限るってわけで、すぐに動いたよ。
「参上いたしました!」
「「「ようこそおいでくださいました」」」
「あ、王都にお着きになっていたのですね」
シュメルガー家のノーブル老公に、スコット家のブラスコッティ様、そしてガーネット家のティーチテリエー様とバッカスさんだった。
そのまま一気に、公式会議室に連れ込まれたんだ。挨拶も抜きだよ。
みんなが怖いほど緊張した顔をしてる。
部屋に入った途端、重々しいドアが閉められて、一番奥にポツンと置かれた椅子に座らされたんだ。
え? ボッチ席? 椅子が豪華でも、ヤなんだけど……
「「「「お呼び立てして申し訳ありません」」」」
「わ、わっ、わっ、止めてください、それ、シャレになりませんよ!」
5人が5人とも「臣下の礼」をしてくれちゃったんだよ。
公爵家の全権代理とも言うべき人達に「臣下の礼」をさせられる人間は、この世にただ一人だけのハズだよ…… え? まさか、本気?
「あの、止めてください、立場が!」
これ、マジでやばいですから!
老公が顔を上げると「これは異な事をおっしゃる」と人の悪い笑み。横で頭を上げたティーチテリエー様も、クスリ。
はぁ~ この人達、わかってヤッていらっしゃる。
そのままみなさんが脇にどいたと思ったら、残ったブラスコッティ様が跪いている。
あ~ オレが到着する前に話が付いていたみたいだ。前回、スコット家だけはしてないもんね。
「私、ブラスコッティ・バリア=スナフキンは当主・リンデロンの承諾を得た上でここに申し述べます。スコット家は、ただいまより、サスティナブル王国の祖法に則り、現王族の非道を正す選択をすると宣言いたします。そして、そのためにも当主リンデロンを筆頭にショウ・ライアン=カーマイン閣下を主として仰ぐことをお約束いたします」
激しく既視感を覚えると同時に、背中がゾクッとしたんだ。
だって、これって、前の時と全く違う意味を持っているからだ。
その時、オレが顔を青くした理由を知っているかのように、老公が進み出てブラス君に並んだんだ。
「以前の誓約は、当主ノーマンが戻るまででございましたな」
「あっ、は、はい」
次に、何をされるのかわかってるけど、オレは体が凍ったようになって動かなかったんだ。
「では、あらためて口上を」
片膝をついた老公を見て、オレの心は悲鳴を上げてた。「やめてくれ!」って。しかし淡々と口上が始まってしまった。
「私、ノーブル・クラヴト=ステンレスは当主ノーマンの承認の上でここに申し述べます。シュメルガー家は、ただいまより、サスティナブル王国の祖法に則り、現王族の非道を正す選択をすると宣言いたします。そして、そのためにも当主ノーマンを筆頭に、ショウ・ライアン=カーマイン閣下を主として仰ぐことをお約束いたします」
制限が…… 消えた。消えてしまった。
以前は「当主が戻るまで」という言葉だった。言い換えれば「当主を助け出すために臣下となる」という期間限定モノというお約束だった。
だけど、今回は違う。
公爵家が、まるごと「臣下」となってしまった。
さすがに、ヤバすぎるよ、これ。
すっと、ティーチテリエー様が、そこに並んで跪いてきた。
「え! そんな!」
つい声が出ちゃったら、ティーチテリエー様が、イタズラな瞳をしながら「エル君から手紙が届いちゃいました」とテヘ、ペロ。
いや、エル君って…… 突っ込むところじゃないのはわかるけど。
「私、ティーチテリエー・ロード=ギリアスは当主エルメスの承認の下に、ここに申し述べます。ガーネット家は、ただいまより、サスティナブル王国の祖法に則り、現王族の非道を正す選択をすると宣言いたします。そして、そのためにも当主エルメスを筆頭に、ショウ・ライアン=カーマイン閣下を主として仰ぐことをお約束いたします」
やっぱ、こうなるか……
これをはね除けられるほど、オレは大人じゃなかった。
それぞれの左薬指に口づけをした上で受け入れるしかなかったんだ。それに、何となくだけど、いつかこんな日が来る気もしていたからね。それがちょっと早まっただけ、と思うことにしよう…… って思えるわけないだろ! 絶対、今日は寝付けないよ。
この瞬間、世界を全部肩に載せた重圧を感じてしまった。
『だけど、しょうがないか。オレと妻達の幸せのため…… やるだけやってやろうじゃん!』
覚悟を決めるしかなかった。
それぞれの左薬指に口づけした後で、オレは宣言した。
「祖法による御三家の後推挙をお受けいたします。サスティナブル王国の御ために、微力を尽くしましょう。御三家全ての命、お預かりいたしました」
「命尽きるとも!」
「ありがたく!」
「力の限り尽くしますわ!」
この瞬間から、今回の騒動の結論は、いかにして平和的かつ合法的に全ての貴族の頂点へと収まるかという点になったわけだ。
「では、みなさん。具体的な中身に入りましょう」
会議のテーブルについてもらってから、最初に持ち出したのは、ホントは相談というよりも「お願い」しようと思っていたことだ。
だけど、これは相談でも、お願いでもない。決 定 事 項 なんだよね。そのための手法を相談するよ。
「では、最初の議題です。御三家とゴールズ首領の主催でデビュタントを行いたいと思います」
全員が、あっけにとられた顔をしてくれたけど、でも、これが一番効果的なんだよ。
秀吉は、信長の葬式で人々に次の天下を示した。
オレは、ワルツで天下を示そうじゃないか。
「じゃ、シナリオ、作っちゃいましょうか」
誰も反対してくれないのが、ちょっと寂しい、花いちもんめ。
イチャラブだと思ったら、また一騒動あります。
いちおう、馬車の中でもイチャイチャしたんですけど、ノンビリできないなぁ。
御三家は、臣従した以上、アドバイスはしても「決定事項」を覆すつもりはないという、ある意味、臣下として当たり前の態度なのですが、ショウ君としては、ちょっと物足りなかったかもです。