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第31話 大会議

 国王が、国家の重鎮とともに救出された後の王都。


 ピグナス クワトロ ルナルーマ 


 後世の王立学園の生徒が綴りで失敗するので有名な「三日月の四者誓約(Pignus quattuor lunarum)」は、完璧に機能した。


 三侯爵家連名により、王都にいる伯爵以上の当主、及び、その代理人に対して直ちに参集命令が届けられたのだ。


 ただし、王国法による正式な権限ではないため、あくまでも「ご招待」であったが、主要な三侯爵家からの連名で「王宮広間にて開催」とあれば無視できない。


 しかも内容が内容であった。


 別に届けられた「通達」を読めば、ご招待を断れば後々家が保てなくなることは明白である。競うようにして参集した。


 各貴族家に対して届けられた手紙は、一種の通達であった。


1 国王陛下のご病気からの人事不省であること

2 ゲール元王子による立太子宣下が違法であること

3 よって、王国法による大逆罪の適用をすること

4 国権の正常化に貢献した3侯爵家により非常事態を宣言すること

5 一連の説明は会議の場でなされること。


 この5つについての、貴族的な修辞を一切抜きにした「箇条書き」による通達となって、貴族家に衝撃を与えたのである。


 時間よりもずいぶんと早くに集まった貴族達は、大っぴらにウワサすることもできず、そこかしこでヒソヒソと話をしつつも壇上に注目したのだ。 


 4人が登壇した。


 フォルテッシモ家当主である「変人アーサー」がいることに多少鼻白みはしたが、侯爵家当主が取り仕切ることに一定の理解が生まれるのが貴族というもの。


 横にいるのがシュモーラー家の当主代理セーナンであり、カルビン家の当主不在につき総領をまかされているドーンであるからだ。アーサーだけでは心配なのか、フォルテッシモ家からは当主代行として有名なドルドも、一緒に姿を見せている。


 若さにもかかわらず、ドーンとセーナンが堂々と壇上に立ったのは「招待主」として名を連ねているからである。ドーンはまだ少年ではあるが、いかにも高位貴族といった表情で一切の気後れを見せないところに人々は驚かされていた。


 その様子一つ取ってもヘゲモニー(主導権)は、壇上に立つ者が握っているのは誰の目にも明らかであった。


 人々は「ウチの子から聞かされたウワサは真実であったか」という思いが混ざっているから文句を言えない。特に王都にいた貴族達にとって、ドーンとその婚約者は「子ども同士の手紙」という形式の強みをフルに使うことで「ショウ子爵の妻妃からの手紙」を仲介し、あらかじめ予告までしてくれていた。


 ドーンへの恩義は感じても、何かを言える立場では無い。まして、この場で何か文句を言えば「恩知らず」と言われて恥をかくのは自分であることを知っていた。


 なにしろ、予告されていた通りになったのだ。


 国王陛下が地下に閉じ込められていたことと、それを助け出したのが、大逆罪を疑われたショウ子爵である、と言う事実を把握した貴族にとって「大逆罪の疑惑のあるカーマイン家についてのウワサ」が全くのデタラメであったことは明白なのだ。


 そして、人々は考えた。


 王国名誉勲章を頂点とするショウ子爵の活躍、親のカーマイン伯爵の実直な性格から考えれば「ゲールのいかがわしさ」こそが実感に沿う結果である、と。


 アマンダ王国降伏という、途方もないウワサはさておくとして「西側の騒乱に大活躍」の話を知らない貴族はさすがにいなかった。


 しかも、ここ数ヶ月、いつのまにか「公爵」を名乗った上に、王太子の祖父として大威張りしていたロウヒー家のジャンが、ここにいないことも、おおよその事情を察するのに役立っていた。


 アーサーが進み出て最初の挨拶となった。


 一通りの貴族的な修辞を込めた挨拶をわずか15分で終えた後に背筋を伸ばして宣言したのである。


「偉大なるサスティナブル王国は、諸卿がご存じの通りの状況である。恐れ多くも国王陛下が無事、救出され、合わせてノーマン宰相、リンデロン法務大臣が同時に救出され、ゲヘル第3王子も救出されたのは事実である」


 人々が息を呑んだ。


「それを救出したのは、国軍最高司令官であるエルメス公爵からの全権代理を任された、合わせてアマンダ王国を降伏させた独立部隊ゴールズ首領のショウ閣下である」


 ざわざわざわ


 サスティナブル王国で「宿敵アマンダ王国の降伏」が初めて公式発表された瞬間である。


「本来なら王国をあげて最大級の祝賀を開くところであるが、現在の内憂を鑑みるに、こちらを先に説明せざるを得ない。まことにもって憂うべきことである。では、委細は諸卿を招待した側である三者から説明をさせよう」


 一瞬「え? こいつ、招待した三家の一つの当主だよな?」という疑問符は飛び交ったが、そこで文句を言える状況ではない。


 三人が前に出た。


 最初はドルドだ。


「そもそも、ゲールが王太子を名乗ったことが王国法に照らして違法なことであった。つまり、法によらず、恐れ多くも国王陛下の大権を偽って用い、僭称したことこそ、不届き極まる大逆の罪となるのである!」


 大広間はシーンと静まりかえった。


 王子を大逆罪で告発したのである。しかも、これだけの貴族が集まっている場だ。王国史に残る重大な場に、自分が立ち合ってしまったことを誰もが意識せざるを得なかった。


 そこにセーナンが、やや冷静な声で補足し始めた。


「法的な問題を考えると、今回の事態は案外と単純でした。王国法による立太子に定める要件が問題なのです」


 セーナンは、メモも見ずに、スラスラと続ける。


「王国法によれば、立太子には王位継承権を持つ方の中から国王が指名し、御三家の承諾が必要だとされました。歴代の王は、生誕順、または王位継承権の順にしたがって指名してきたのが実情です。今回で言えば、通常ならゲールになるのは確かですが、御三家による承諾書は存在しません。なぜなら、ノーマン様とリンデロン様を先に拘束し、反逆者の汚名を着せた以上、承諾の同意が取れるわけがなかったからです」

 

 確かに、叛逆を起こした人間が「王太子になるのを承諾します」などと言うわけがない。もしも、そんなことを言ったとしたら、それはギャグの世界である。生憎と、御三家の当主の誰一人として、王位継承を「オモチャ」のように考えている者などいないと、貴族は全員が納得している。


 セーナンはゆっくりと続けた。


「ゲールは何とかして承諾書を書かせようと『真の闇に閉じ込める』という拷問をしたわけですが、お二方は強靱な意志と強烈な責任感によって最後まで署名をしませんでした。さすが王国の英傑です」


 と誉め称えると、一同も、確かにと頷く者が大半であると同時に、王国の重鎮に対しても「拷問をする」という無法に目を剥かざるを得なかった。


 とはいえ、ここに居並ぶもの、そして壇上にいる者すら、これがサスティナブル王国建国の賢人達の知恵のおかげでもあったとは知らなかった。


 ゲールとジャン侯爵の失敗がそもそもの話だ。他にもやりようはあったはずなのに、ゲール達は己を王太子として「格上げ」に執心したことで話をわかりやすくさせていた。


「諸卿にも届いたと思います。宰相と法務大臣が反乱を起こした、との密書が多数ありました。第一王子という立場から見て「緊急時の王太子宣下」そのものは、危機管理上、適法である可能性はありました。だから、そこだけを見れば、直ちに非難すべきことではなかったのです」


 これは四者会談で打ち合わせておいた論点だ。さもないと「様子見」を決め込んでいた貴族達が恥をかくことになるからだ。


 実は、彼らが「ノーマンとリンデロンの当主交代」を、その時点で命じておき、そこを操るという手段をとれば、ギリギリ、適法に持ち込めた可能性はあったのだ。


 御三家が立太子の承認権を持っているが、逆に、王も貴族家の当主交代を命じる権限を持っているからだ。


「当主が大逆の大罪を犯してしまったが、お取り潰しにする代わりに次期当主は王権の安定にご協力を」と持ちかけられれば、少なくともシュメルガー家とスコット家は、身動きできなかった可能性がある。


 しかしながら、そこは多くの貴族に言う必要は無い。公にできないifであろう。セーナンは噛み含めるように続けた。


「彼らは「宰相」と「法務大臣」の失職は宣言しました。これは「()()()()()()非常措置」としては適法ですが、両家の当主としての立場をそのままにしていたのも事実なのです。王の人事不省にあたり、王太子には完全な代行権が生まれるので。しかしながら立太子の手続きが済んでいなかったとしたら……」


 ゴクリ


「先ほどにもあったとおり、そもそもの話として御三家のどなたからも同意がなかった以上『王太子が存在してなかった』ことになるのです」


 ざわざわざわ


 実は、この辺りの法令は、建国の賢人達のおかげなのである。


 後々リンデロンが語っている。


『王国の危機管理においては、いくつかの条文が用意されていた。しかしながら「御三家全ての反乱」は、全く想定されてなかったのは、おそらく祖法に絡めたシカケということだったのであろう』


 サスティナブル王国建国の賢人達は「王がダメな場合」が必ず起きることを前提としていたとしか思えないやり方をしていた。


 これを、別の方向から考えてみると、はっきりする。


 異例続きの政変絡みで宰相も法務大臣もいなくなった。大臣はいつだって、貴族の家から誰かを指名できる。だが「御三家」という存在を消すのは難しいということが生きてくるということ。


 つまり、これは「もしも御三家が同時に反乱を起こすなら、王は大人しく交代せよ」と建国者が言っているようなものなのである。


 これが玉座の後ろに彫り込まれている秘儀の現実的な意味であった。


 御三家の当主、あるいは、その権限を受け継ぐ者は、玉座の裏に彫り込まれた言葉を暗記させられるのは、ダテでは無いのである。


《歴史上、愚かな道に絶対踏み込まぬと言える王家は存在しない。いつかデモクラシーが生まれるその日まで、三公爵家の真の役目は過ちに踏み込んだ王家を正すこと。正せぬ時は、三公爵家の合意の元で次の王を選ぶべし》


 よりによって、ゲールは「御三家の反乱」ということにしてしまったため、結果的に、自らの手で「王家を交代せよ」のボタンを押してしまったことになるのだ。


 秘儀を知らぬとは言っても、ゲールも王国法に定められた「公爵家の同意」の必要性は気にしていた。だからロウヒー家を昇爵させることで、その代わりにしようとした形跡はあった。


 だが、そもそも「公爵家」ではない家を昇爵させるのは誰なのかと遡れば、それは「王」である以上、その眉唾な権限が問題になるわけである。


 この辺りの王国法の原理は「祖法に定められた秘儀」を知らないゲールにとってはすぐに理解できなかったのだろう。立太子式を受けてない哀しさであった。


 サスティナブル王国を建国した賢人達は、建国王を含めて「御三家全てに背かれるなら、それこそが王家の寿命である」という覚悟の元に国の礎を設計しており、以来、連々と法体系を維持していたのである。


 歴代の王も、その秘儀を理解し、それに反する法の改定には一切触れてこなかったのが事実であった。

 

 それらを伏せてあったとしても、王国法だけでも十分な結論が出ていた。だからこそ、王国の祖法を知らぬセーナンが、声を張って言えるのだ。


「つまり、王太子でもない人間が、王の代理の権限を執行することはできないし、そもそも「御三家に背かれた状態の王太子」というものは存在できないのがサスティナブル王国の最も基本的なのりなのである!」


 人々を見渡すと、誰もが青ざめることになる。


 なぜなら、その論理的な帰結が誰にも理解できたからである。


 誰もが知りうるサスティナブル王国法において、今回の「ゲール第一王子の立太子」は完全に違法であることがあきらかであった。


「法の定めによらず「王の権限」を偽ったものがどうなるのか、諸君ならわかるはずだ!」


 あまりにも重い結論を突きつけられて、一同は確かにひるんでいた。


 そこにドーンが横から声を上げた。


「王太子になっていない者が『王太子』を詐称し、王としての権能を振るった! これが先ほど言われた、大逆の罪である!」


 若々しい声が響くと、全ての理屈よりも、ドーンのあまりにも貴族的な迫力に「大逆罪」と言う言葉ばかりがのしかかってくるのだ。


 そこでふと、誰かが呟いたのだ。


「大逆罪って、確か一族もろともに処刑だよね。今回の()()()()って、連座するの?」


 その声は呟いた本人が、思っていた以上に、広がって聞こえていた。


 壇上のドーンですら、それを聞き取っていたのである。


 そこで、アーサーが諧謔の笑みを浮かべながら再び前に出てきた。


「さて、諸卿に聞こう。我々は難題を突きつけられた。王ご自身が、王への反乱の罪を問われることは正しいのだろうかという大問題だ。さて、どうするかね?」


 一同は、声一つ上げられぬ場になってしまったのである。


 そこからは三日月の四者誓約の独擅場どくせんじょうである。


 気が付けば、人々はゲールの出したあらゆる宣言を白紙に戻すとともに、反逆者として汚名を着せられた者の名誉と地位を回復することは確定した。


 合わせて、ゲールに与したものへの処罰の権限を三候、および特に功績のあった「独立部隊ゴールズ首領のショウ」に一任するとの承認をして解散となったのだ。


 なお、これ以後、ショウ子爵の呼称を、独立部隊ゴールズの首領として「閣下」を付けることも、さりげなく付け足されたのであった。


 ずっとずっと後世になってから、口の悪い歴史家は「この日、この会議が前王朝の滅亡が決まった瞬間だったのだよ」と記述することになるのである。


 様々な憶測やウワサが飛び交う王都には「カーマイン家、無実の中で東部方面騎士団に完勝」とか「ガバイヤ王国の不法な侵攻と、それを退けたオレンジ領」というビラビラが王都を賑わせていたころ、ショウは束の間の休息をしていたのであった。

 




 この時、王都内の全てのロウヒー家関係者は自領への脱出を図った結果、家族を人質にされていた各公爵家の騎士団が解放され、王都内の治安が正常化しました。

 もちろん「ゲール元王子の大逆」と書かれたビラビラは、直ちに王都にバラ撒かれたのは言うまでもありません。

 ちょうど、この会議が進行していた時に、東部方面騎士団による侵攻がオレンジ領に届き、会戦が行われていました。

 電話か、せめて電報でもあれば、カーマイン家の攻防戦はなかったことになります。なお、ノーマンもリンデロンも、回復まで複雑な思考に耐えられる状態ではありませんでした。

 さて、法理学上の大問題です。「王は、大逆罪に連座するのか?」ですw 本来は連座するわけが無いので「連座しない」が正解です。しかし「連座しない」という条文が無いため(その法律が守ろうとする「法の精神」からしたら連座するわけが無いのです)、貴族達に「王はいなくなるかも」を意識させるための一種の嫌がらせです。

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