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第30話 帰還

 時を少しだけ遡る。


 オレンジ領内に入ってから、道が格段に良くなってくれたのは助かる。


 連れているのはツェーンの率いるエメラルド中隊だ。王都に行くに当たって、4中隊中、実力派で固めてある「エース中隊」の役割だけに、倍の敵でも心配ない。


 途中で接触してきたのはシュメルガー家の影だった。


「東部方面騎士団は51番地の平原で退けたものの、戦力が民間人程度しかいない本邸をガバイヤ王国を名乗る集団3千人に攻められています」


 ヤバいじゃん!


 冬だけあって、もう陽が落ちかけている。取り囲む軍勢が側にいるから中に入ろうにも「門を開けて」とは言えないよね。よじ登るわけにも行かなそうだ。


 それなら空から行くしかないか。


 一抹の不安はあった。理屈ではできるはず。でも、練習したことがない一発本番だ。


 えぇい、この際、やるっきゃ無いか。これだけのレベルがあれば、多少のトラブルでも、死ぬことはないだろう。


「ツェーン」

「はい」

「とりあえず、今、本日の最後の攻防戦ぽく盛り上がってるみたいだから、あれを後ろからやっちゃって」

「わかりました」

「今のところ、まだまだ持ちそうだから、邸への圧力が下がれば良いからね」

「わかりました。お任せを」


 そこで、ツェーンが「何をするおつもりで?」と目で聞いてきた。


 こういうところが無口キャラの凄いところ。目線だったら、何でも聞けちゃうもんね。


「ちょっと、空を飛んでくる」

「わかりました」


 え? 聞き返さないの? マジ? なんで、空を飛んで来るって言って「わかりました」なの!


 オレの理不尽な混乱を置き去りにして、ツェーンは「野郎ども、いくぞ!」で出発した。まあ、急いでいるのは事実だから、助かるのは、助かるんだけどさ。


 わ〜


 マジで聞き返さなかったよ、あのヒト。


『信頼してくれているんだな』


 同時に、オレもツェーンの心配はしない。


 だって、作戦的には攻め手の後ろをかき回してあげるだけで十分だし、ツェーン達なら、お任せできるだけの力があるからだ。


 あら〜 いきなり相手の本陣に突っ込んでった!


 相手からしたら「まさか後ろから」だったんだろう。大混乱に陥ったのがモロに見えてる。


 よし、このスキに、いつものビルを出すよ!


 いつもながら、ごっそりMPが抜けていく感覚はキツい。前に比べればマシになったけど、今は動き続けて体力の限界を突破してるから、余計にキツいんだ。


 だけど、、オレは出した瞬間から階段を思いっきり駆け上がってたんだ。


 屋上はけっこう高い。


 そして、もう一回。


「出でよ、スクールで廃棄になったパラグライダー!」


 びよょよ~ん。


 個人だと、たとえ使わなくなっても新しいうちに廃棄する人はほとんどいない。だけど、パラグライダー・スクールだと、一定の使用回数で廃棄するからね。


 これならば「ゴミ」とは言っても、あと1回の使用がダメってことはない。まあ、あくまでも可能性が少ないって言う読みだけど。


 あ、よい子はマネしちゃダメだからね。


 今は背に腹はかえられないってだけ。今すぐ、オレが行かないとダメな気がするんだ。


 みんなのために賭ける命なら、オレはちっとも惜しくなかったんだ。


 思った以上にハーネスを着けるのは簡単だった。


 パラグライダーの良いところは取り回しが楽なのと、滑走路がほとんどいらないこと。風さえあれば、上が膨らんでくれるんで、自然とフワッと浮かぶくらいだものね。


 高校時代に沖縄でパラセーリングをヤッたから、似たようなものだって、自分に言い聞かせた。さもなきゃやってらんないからね!


 無茶は承知だ。


『思ったよりも風があるのがラッキーだったな』


 冬に吹く風がある。


 ビルの屋上から真っ正面に向かってゆっくりと降りるぐらいなら、リスクは最小限だ。案の定、ハーネスを着けて立ち上がると簡単に膨らんだ。同時に、体が浮かび上がる感覚。


『行くぞ!』


 HPがゼロにならないことを祈って、テイクオフ!


 うわぁああああ!

 

 人がゴミみたいに見え…… むりぃ! 見てる余裕はないよ! ヤバい、オレ、高所恐怖症気味だったのをすっかり忘れてたよ!


 と、と、と、とにかく家だ! 家に向かって、あ、確かこの紐を引くんだよね? お、いいぞ、降下してるけど、内壁を越える高さで入ったら、ヤバい! 中庭に降りるのなんて無理ぃい! 家を飛び越しちゃいそうだよ。

 

 こな、くそっ、体重移動でなんとか、ええぇい、ハーネスはここまでだ。屋根に飛び降りちゃえ!


 ダンっと、飛び降りたのは屋上だった。


 えっと、みんなは広間? いや、ノンビリとお茶しているわけがない。気配は?


 恐る恐る下を見た。


「メリッサ!」


 すごい! 気付いてくれてたんだ!


 窓から身を乗り出して、手を振ってくれてる。


 よし、ここから降りるよ。たぶん、あそこは図書室だもん。


「出でよ、工場跡地に張られたタイガーロープ!」


 びよょよ~ん。


 そばにあった支柱(旗掲揚用だよ)に結びつけて、一気に窓から飛び込んだ。


 全員の目がオレを見ていた。


 でも、瞬間的に、そのすぐ外まで敵が来ているって悟ったんだ。


 ん? あれ? 外の剣呑な気配が一気に消えたよ!


 オレは本棚を積んだバリケードごとドアを開けたら、そこにいるのはノーヘルとサムじゃないか!


 なんか、スゲぇ、間が悪い感じだよ。


「どーもー ゴールズのショウでーす」 

 

 半ばお笑い芸人になったつもりで、階段へと進んだんだ。


 そこにいたのはカクナール先生にヘクストン。


 今の状況を聞いたら「たった今の状況」以外は、順調だったらしい。


「良かったぁ~」


 その瞬間、いきなり力が抜けたオレは、床にへたり込んでしまったんだ。だらしないとは思ったけど、王都から40時間ほどで着いた疲れはともかく、最後の「お空のお散歩」が効いちゃってる感じだって、よく考えたら王都の側に来てから5日間、まともに寝てない気が……


 いや、それよりも何よりも、みんなが無事でいてくれてホッとしちゃったのが、一番の理由だったと思う。


 サムにトビー達を呼んできてもらって、まずは死体の片付けをお願いしたよ。その間に、図書室のみんなに簡単に状況説明。


 みんなが離れてくれなかった。だけど、まだやるコトがあるからね。


 簡単に説明を終えてからカクナール先生に「王都は何とかなりました。国王陛下は救出しました。まもなく宰相様達が実権を取り戻します」と言ったら、抱きつかれてしまった。


 えぇえ! メリッサにも抱きついてないのに、何でオッサンと。


「さすがだ!ありがとう、ありがとう、国を救ってくれた!」


 涙でグショグショのオッサンに頬をこすりつけられても、誰トクだけど、ムゲにもできない。だって、カクナール先生が守ってくれたのは明白だからだ。


「家族を守ってくださったこと、恩に着ます。みんなにひと言かけて安心させたら、オレも防衛に当たりますので。あ、外はガーネット家の騎馬50騎が引っかき回しているはずですので、もう安心ですが、よろしくお願いします」


 おそらく、ツェーン達がかき回しているから、これで簡単に落ちなくなったとは思うけど、防衛指揮官がこんなところにいて良いはずないからね。


「よし、上で待ってるぞ。それに外からの支援が来たとなったら、これで落城はなくなったな。ゆっくり来てくれたまえ。サム、ノーヘル、行くぞ!」


 実際、その時の「外」は、敵にとってはひどいことになっていたらしい。


 何しろ「城攻め」の最中に騎馬による奇襲だ。


 後から聞いた話だけど、ツェーンは一気に本陣を落としたらしい。


 さすがに歴戦の部隊だけはあるよね。一撃で本陣の指揮官クラスをゴソッと削っておいて、片っ端から城攻めの最中だったハシゴを外しちゃった。


 文字通りの「ハシゴ外し」だ。コイツの効果はヤバい。


 しかも味方の士気はリミットをとっくに超えていた。


 実は、さっき、守備側の人間が「空を飛ぶ人間」というわけのわからないものを見て、大歓声を上げたんだ。ほとんどの人が「そんな奇妙なことをするとしたらショウ様だ」と確信していたかららしい。

 

 あ~


 その人達に、セッキョーしていい?


 ともあれ、その人達は、同時に騎馬隊が相手を襲撃している姿が見えていたせいで大歓声を上げていたんだよね。


 その大歓声を応援に感じながら、ツェーン達は全力で荒らし回ったんだ。


 常々、うちの隊には言ってある。相手の陣を奇襲するときは指揮命令系統を最初に壊せって。今回も忠実に守られていた。


 人がいくらいても「軍」として機能するには、まとめ役の指揮官が必要なんだ。それが一撃でゴソッといなくなってしまえば、後はただの「群れ」に過ぎないんだよ。


 たまに、周りの兵まとめようとする気の利いたヤツを見つけたら、徹底的に、そこを蹂躙する。


 かくして、陽が落ちるまでに相手は「軍」の形をなさなくなっていったのを、オレはカクナール先生と確認したんだ。


「これで、夜襲は心配なさそうですね」


 オレの言葉が耳に入らなかったらしい。


「なんて、凄まじい騎馬隊なんだ」


 唖然としている先生に「そろそろ合図を出して門を開けてやっていただけますか?  どうやら壁のそばから敵は一掃されているようなので」

「あ? あ…… あぁ、そうだな」


 頷くと、外に向かって合図を出してる。


 ん? 誰が受けてるの?


「え? あれって、確かソラさんですよね? すごい。あの人、剣なんて持てたんだ」

「いや、持てたどころか、いろいろと伝説を持っている武闘派だぞ、彼は」

「え!!!!」


 オレって、そんな人にガラス工房をやらせてたんだ。すげぇ人材の無駄遣い?

 いや、あの頃は、まさかウチで籠城戦をやるなんて考えたこともなかったもんなぁ。


 とにかく、みんなを抱きしめるよりも何よりも、現状把握と、そして、オレがここにいることを教える方が優先だ。


 窓から身を乗り出して「オレンジ領よ、私は帰ってきた!」と叫んだらウケたっていうか、なんかみんな涙を流してるよ。


 えっと、あの……


 と、とにかく戻ってきたんだ。


「みんな、よく頑張った! 後ひと頑張りだ。頼んだぞ!」

「「「「「「「「はい」」」」」」」」」


 一瞬、返事が「おう!」じゃなくって、拍子抜けしちゃうのは悪いクセだよね。お貴族様に、そんな返事をしちゃうガーネット家の芸風がおかしいんだからさ。


 でも、オレは帰ってきた。


 そして、ほどなくして、父上とエドワードに率いられた騎士団の大半が戻ってきた。これで負けはなくなったと言えるようになったんだ。


 まあ、敵の最初は3千だったらしいから、明日、この倍が襲って来ても大丈夫な感じがする。こっちには遊撃用の戦力も揃ったんだしね。


 かくして、オレ達は夜通しの警戒をしながら、朝を待った。


 ただ、オレは体力と気力の限界でカクナール先生の横で少しだけイスに座ったまま眠らせてもらうつもりだったんだよ。


 でも、気付けば床にへたり込んで寝ていたオレは柔らかな膝枕をされていたんだ。


 誰の膝だったかって?


 それは秘密だよw






 





 


 

 これにて、カーマイン家攻防戦は、ほぼ終了しました。一方で王都でノーマン様達が指揮を執れれば良いのですが、さすがに「真の闇」に閉じ込められて2週間以上もあっただけに、動ける状態ではありません。

 この事態を乗り切るのが、ショウ君の用意しておいた手です。


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