第29話 邸内の戦い
折からの風が強く吹き始めて戦場の血の臭いをかき回していた。
騎馬隊の時とは、全く違う血なまぐさい「戦い」となっていたのだ。
何度もソラは怒号を響かせ、平民達を叱咤している。
「無理に手向かうな。登ってきた敵はこっちに任せろ! ハシゴだけははずせ! 矢に注意だぞ!」
ソラは、叫びながらまた剣を振るって、壁の上に立った敵を切り捨てる。
右の壁ではアールが槍を振り回し、左の壁ではネムリッサが薙刀を振り回して、相手からしたら手がつけられない。シースは黙々と矢を放ち、何度も平民達をすくっていた。
まさに、無双状態であった。
平民達も必死に戦っている。
壁にハシゴを掛け、ロープを投げて登ってくる敵には「鉄の塊」を二人がかりで落としている。高さがある分だけ、これだけでも十分な凶器となる。言わずとしれた「スチール缶ブロック」攻撃だ。邸の裏に建っていた倉庫に呆れるほどたくさんあったのを見つけた、というよりヘクストンが教えてくれた。
落とすための大きな石はないかと聞いたら「こういう物がある」と案内されたのだ。
形と言い、重さと言い、硬さと言い理想的な「落とす武器」だった。しかも大量に用意されていた。
20キロの鉄の塊を事実上の「落とし放題」である。地上で食らえば即死、登る途中でも食らえば、それだけでもヤバい。しかも落下は免れないから軽傷ではすまない。
攻撃する方も、これには閉口するしかない。通常の「城攻め」では、大石を落としてくるにしても限りがあるのに、際限なく落としてくるのだからやっていられない。
カクナールは感嘆のため息が出てしまった。
『さすがショウ君だな。いざというときのために、こんなに備蓄していたのか。それにしてもこれは鉄の塊だろう? 使わない可能性の方が遙かに高いのに、一体、これを準備するのにいくら使ったんだ?』
鉄の塊は確かに効果的だが、とてつもなく高価になるものだ。だから、こんなに潤沢に「落ち兵器」として使えるのは嬉しい誤算だ。
『金を掛けた分だけ、殺傷力も使いやすさも抜群だな。普通の守城兵器よりもはるかにスマート。まさに落とす芸術品だ。落ち芸とでも呼んでおこう』
この世界で初めて「落ちゲー」の生まれた瞬間であることを、考えた本人すらわかっていない。
とはいえ、防御司令官のカクナールからすると、民間人になまじな武器を持たせるよりも、こうして「落ちゲー」としてドンドン落としてもらうだけでも強力な防御兵器になったとホクホク顔。
そして、落としきれなかった敵がハシゴで登ってしまったら、ソラ達とネムリッサ、そして、案外と頑張っているノーヘルの友人達が上手く「刈り取って」いくのがセットになっている。
『なかなか、上手く機能しているじゃないか』
敵が攻める壁面を絞ってくれている分だけ「刈り取り要員」が集中できる。とはいえ、時に、オーバーフローしかかる時がある。
カクナールは、冷静に状況を読んで、すかさず指示を出す。
「右の壁! 行け!」
「「「はい!」」」
トビー達を予備隊として使っていた。デビュタントを終えたばかりの1年生をと思わないでもなかったが、背に腹は代えられない。
相手を倒さなくて良い。壁にいる民間人を守って時間を稼いでくれ、と役割をよく言い含めて行かせている。
危なくなった壁に駆けつけさせることで「刈り取り」役に、ほんの少しだけ余裕を作る。ソラもアールもネムリッサも、それだけで十分に局面を立て直すだけのゆとりが作り出せるのだ。
むしろ、5人がかりの2年生チームが一番手こずっているが無理もない。彼らは武芸よりも、本来は文官向きの人材だ。
『しかし、落ちゲーのおかげで、10倍もの敵を相手に安定して守れておるな』
カクナールはグルリと見渡して、壁の向こうの空があかね色を帯び始めているのを確認した。
『間もなく夜になるぞ。おそらく今日は無事守り切れそうだ、後は夜襲に備えて、どうするかを考えるべきかもだな』
午後から騎馬隊が引っ込んでから、攻撃が猛烈なものとなって驚いたが、なんとかなりそうだという安心感がカクナールの心をよぎった。
ここで油断があったと言ったら酷であろうか。攻撃がほとんど無い壁への注意が十分ではなかったのだ。
正門上での攻防が最高潮になるタイミングに合わせて、スルスルスルッと忍び込んだ敵は11人いたのであった。
その時、ちょうどノーヘルは本邸内で「みなさん、夕方になりました。そろそろ上の階へ」と促していた。
ついさっきまで、あっちこちに水を配り、補充品を運ぶために一生懸命働いていた「嫁軍団」を無理やり避難させたのである。
2階の端にある図書室がセイフティールームになっている。義母をメリッサがエスコートして、嫁軍団とメイド達が立てこもるのはあらかじめ決めてあったこと。
中から出入り口に家具を積み上げれば、そう簡単に入れない。万が一火をつけられても、2階からなら飛び降りてもなんとかなるのだ。
ノーヘルは知らなかったが、2階から降りるための「脱出用の器具」が配置もされていた。
そして、自分は図書室前の廊下に移動しかけたときだった。
外で、何か大歓声が聞こえたと思ったら、へクストンが広間へとあたふたやってきた。
「ノーヘル様、邸に侵入者が。おそらく大広間に続く廊下の外れからかと。間もなく、ここに来ます」
「え? 音はしませんでしたが」
今現在も気配すら感じない。いや、外の歓声にかき消されて、わからないというのが本当だ。
「家宰の私めが、侵入者を見逃すなんてあり得ません。かなり多いと思います。ご注意を」
「わかりました。それなら、カクナール先生にも連絡を。私は階段で防ぎます」
高低差は圧倒的なアドバンテージとなる。立てかけてあった手槍を取ると大広間の階段を上ったタイミング。
スルスルと、まるで水が浸入するかのように大広間に入ってきたのは、紛れもなく敵兵だった。
どうやら甲冑を着けてない分、音がしなかったのだろうと察するノーヘルである。
「伯爵家に侵入するとは、一族もろとも死罪であるぞ」
手槍を構えると「お前達の家族のためにも、ここで名なしとして死ね」と見得を切ってみせた。
自分でも「迫力がなさ過ぎて脅しにもなってないよなぁ」と内心ぼやいてしまう。
冷静なノーヘルには判断ができていた。
無理だ。
見るからに、相手の物腰は「ただの兵隊」ではない。なんらかの特殊訓練を受けているとしか思えない。
しかも相手は10人以上、いや、11人いた。
『高低差を活かしても3人か。申し訳ありません。お役目、果たせそうにありません』
心の中でメリッサに謝りつつ「せめて、この命をかけて5人、いや4人は道連れにしてみせる!」と己を奮い立たせた。
しかし、相手はノーヘルの想定以上だったのだ。
階段を上ってきた二人がコンビを組んで、片方が牽制しつつ、片方が襲ってくる。それを防ぐべく槍を向けると、牽制役が、そのままナイフで襲ってくる。
リーチの長い手槍を使っている分だけ、辛うじて防げたが、この「二人セット」が厄介だった。
できるのは「粘る」ことだけ。とにかく、外の味方が気付いてくれるまで粘るしかない。
その時だった。視界の端に見えたのは、賊が剥き出しになっている2階廊下へかぎ爪付きのロープを投げたこと。
ヤバい。そっちまで守れない。
躊躇した。
高低差があればまだしも、このまま互いに同じ平面となれば、この二人ですらかわせるかわからない。まして、向こうまでカバーする余裕がノーヘルにはなかった。
『一瞬でも気を逸らせばやられる』
普通の武人の動きと違い、狭い所での格闘になれている感じだ。
他の人間が、するするとロープを登っていくのがわかる。焦る。
『クソッ、このままだと!』
その時だった。
「わっ」
「このガキ!」
「こいつ、やる!」
そんな声が聞こえた瞬間、階段下の右の男が首を押さえて顔を歪めた。瞬時のスキだ。すかさず、その男の横っ面を槍尻で殴り倒して突き落とす。
後々考えれば、吹き矢がどこからか飛んできたのだろうと回想するのだが、その時はそんな余裕はない。
瞬く時間も与えぬほどの勢いで返した槍は、残った男のノドを突き破る。
「二つ!」
思わず叫びながらも、廊下の先へと顔を向ければ、なんと少年が戦っていた。
「すごい」
ちょっと小柄な少年は見事な太刀さばきだった。
コンビを組んでの牽制にもたじろがない。牽制に来た人間をそのまま切り捨てる俊敏さと剣速を持っている。
体捌きに太刀筋。
それは圧倒的な剣技だった。
『あれは、サムじゃないか!』
どこから出てきたのだろうか?
そんなことまで考えてしまったのは、サムの剣があまりにも圧倒的だったからだ
2人、3人、4人
ノーヘルがあれほど苦戦した敵が、見る見る切り伏せられていく。
サムに備えて剣を構えた敵に、我を取り戻したノーヘルが後ろから襲った!
一番手前の賊が振り向く瞬間に、首を突き刺す。
「うわっ!」
叫んだ瞬間、前方の賊の集中が途切れたせいだろう。
流れるような動きは止まらない。
あっと言う間に残った賊が切り捨てられていた。
「トドメを! 手応えにクサリがありました」
サムの声が凛として響いた。こんなにも澄んだ声だったのか。
「りょう!」
慌てて答えたノーヘルは、片端から突き刺してトドメを刺す。容赦などしない。こうしなければ、殺されていたのは自分だったのだから。
もちろん、サムも倒した人間を逆順に辿ってトドメを刺していく。
『なんとかなった』
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ
「良くやった、サム。というか、一体……」
「え? あ、ちょっとトイレに入ってたらコイツらが来たんで、ビックリしちゃいましたぁ」
テヘ、ペロをしてみせるが、あんなに素晴らしい太刀さばきを目の前で見せられて騙されるわけがない。
ノーヘル自身は武芸が得意なわけでもなんでもないが、さすがに、さっきの動きの意味くらいはわかる。まさに達人の域に達した動きだ。
「君は、何者なんだ?」
「へへへ。ちょっとだけ? 剣が得意な? 貧乏男爵家の跡取りでーす」
肩をすくめて、ちょっと怯えた笑顔を浮かべる姿だけを見れば「ただのいじめられっ子」にしか見えなかった。
ゴクリ。
韜晦と言う言葉が頭に浮かんでいる。
一見して気の弱そうな素振りなのに、よく見れば体の軸が全くぶれない立ち方だ。
『そうか! ショウ君はサムのこれを見抜いていたからこそ、影武者にしたのか!』
かつて野外演習において、最後の最後で「将軍の身代わり」をさせたことは聞いていた。なぜ、彼にさせたのかというのは常々疑問に思っていたのだ。
一説には「サムが情報を漏らしていたから、お仕置き」という話もあったが、この動きを見てノーヘルは初めて納得したのだ。
『これなら、わざと痛くない打たせ方だってできるだろう。そんじょそこらの腕ではないぞ』
同時に、それを見抜いていたショウ君のスゴさに、改めて圧倒される思いがしたのだ。
「賊めぇえ!」
そこにカクナールが走り降りてきた。
「私が相手になってやる!」
既に抜き身を持っていた。
「ノーヘル! ぼさっとするな。侵入されているぞ」
「先生、もう、倒しました。おそらく、これで全部かと」
「なんだと?」
一歩遅れて入ってきたへクストンが「邸内で侵入者の気配が消えました」と声をかけてきた。
「お前達が倒したのか?」
チラリとサムを見ると、目を合わせた顔は、小さく目を歪めて首を振っている。自分がやったことは隠して欲しい、と言っているのだろう。
『仕方ない。借りができちまったもんな』
サムがいなければ間違いなく、やられていたはずだ。おそらく「トイレに」というのもウソだろう。
『サムもまた、ショウ君側の人なのだろうな。そして、その姿を人には、あくまでも見せぬつもりか』
微苦笑を浮かべたノーヘルは「どうやら不思議な力が働いたようです。相手が弱かったので我々で何とかなりました」と答えたのだった。
信じられないという顔をして、階段下の賊を踏みつけて「生」を確かめてからゆっくりと階段を上がってくるカクナール先生。
「まったく。信じられないな、君は。いや、君たちはと言うべきか」
そこにあるのは笑顔だ。
倒したにせよ、賊が邸宅に侵入してきたばかりのタイミングで防衛司令官が見せるべき表情ではない。
「先生?」
カクナール先生が目顔で図書室の方向を示した。
ガチャ
家具をバリケードにしているはずの戸が、あっさりと開いた。
「どーもー ゴールズのショウでーす」
ノーヘルはもとより、剣の達人のはずのサムですら、唖然として、今にも手の中の剣を取り落としそうになった。
「いったい、どうやって?」
「ま、ちょっと、近道かな」
そしてサムに手を出して握手をしてから、ノーヘルにも手を出してきた。
「ありがとうございます。助かりました」
「来て、たんですね」
「つい先ほどですけどね」
肩を一つすくめて見せたショウは、さすがに疲労の影が見えている。
その時サムが「あのぉ」と小さな声。
「どうもありがとう。おかげで助かったよ」
「あ、えっと、それはそのぉ、またの話でいいんですけどぉ」
周りに聞こえないほど、声を潜めてサムは言った。
「トイレの後、ボク手を洗ってなかったんですけど」
さりげなく、右手をズボンの尻で拭ってしまうショウであった。
尻拭いは、するよりも、される方がマシかなぁと、小さくぼやいていた。
かねてより狙っていた「サム君、大活躍の巻」です。
この戦が終わった後のご褒美に、メリディアーニ様お手製の刺繍をいただいて大興奮のサム君でした。なお、副賞として「カーマイン家の子貴族」となれました。ただし、ショウ君の配慮で「当面はゴールズ預かりな」って肩を叩かれてショボンとなってしまいました。どうやら「せっかくいただいた刺繍を使うヒマが無いじゃん!」と言うことだったらしいです。
ちなみに、お忘れかも知れませんが、野外演習でのウエルカムパーティーの乱入事件の時もサムは「トイレにいた」と自己申告しています。
ノーヘル君の階段での戦いを援助したのは、どちらかの公爵家の影の者です。