第28話 闇で起きたこと
なぜ、ガバイヤ王国軍がオレンジ領内に三千もの兵を出せたのか。
その大元の事件は8月に遡る。
ゲヘル第2王子は、出生の秘密を母親から突きつけられた。王族の間への出入りも差し止められ、ドン底である。
なにしろ、殊の外「血筋」に重きを置いてきた自分が王家の血を引いてなかったのだ。まさにアイデンティティーの崩壊である。立ち直れないのも当然だ。
『でも、母上が最後に見せてくれた優しさは、秘密を誰にも喋らなかったことか』
周囲の目は全く変わってなかった。どうやら自分が「身の程」さえわきまえていれば待遇はそのままにしてくれるのだと気付いて、少しだけ落ち着いた。
もちろんミヒャエル妃が自分の不貞を公表できるはずが無いのだが、ゲヘルとしては「母の優しさ」だと思いたかったのだろう。
そして「この後どうしよう」と考えたのも自然なこと。
『とてもじゃないけど、あんなヤツらの顔は見たくない』
一生涯、顔を合わせたくなかった。
『だけど、父上だけは…… 父上にだけは挨拶をしておこうか』
なぜか最近、忙しそうな父王に、面会の時間を作ってもらえたのは2週間も後のことだった。
ゲヘル第2王子は、それまでの時間を利用して王都東の外れにある離宮へと「静養」に向かったのだ。夏休みの時期であるため、それは不思議なことでも無い。国内の治安も落ち着いているのだから護衛さえきちんと連れて行けば問題ない。
ミヒャエル妃も、たとえそれが「王家の離宮」であったとしても、一人で行くなら問題とはしなかったのだろう。
しかし、ゲヘルの離宮行きを認めたとはいえ、そこにミヒャエル妃の冷たい意向が働いたのは間違いない。異例なほどに護衛が薄かったのである。
そこにつけいる隙があったのか。
ゲヘルは三日も滞在するうちに、そこにいたオンナと仲良くなった。本来なら、そんな女は影に抹殺されるところだ。ところが一切の干渉が入らなかったのである。
仮に子どもが生まれたとしても問題が無い、禍根を断てば良いだけという判断だったのかもしれない。
しかし、ミヒャエル妃は対外的には「王子」という身分を持っていることを失念していたし、陰謀を企む者は、そのチャンスを逃すつもりも無かったのである。
ガバイヤ王国の手の者であった。
「いかがでしょうか? 王子は宰相様と法相様に疎まれていらっしゃいます。法相様の命令で、このように護衛も減らされました。このままでは、あなた様が暗殺される可能性も高いです」
ベッドの中で「実は」と女が明かした話に驚いた。
「自分はお母様の意向で参上したガバイヤ王国の手の者です。お助けに参りました」
ゲヘルは感動した。
『なんだかんだ言いながら、母上は私を助けようとしてくれるのか!』
やはり母子なのだと思った。
なにしろ母親はガバイヤ王国の姫である。そのツテを利用したのだろう。あの陰険な「王国の耳」が早くも自分のことを嗅ぎつけてきたのだろう。確かに、これほど護衛が減らされたのは、暗殺を狙っているに違いない。
ゲヘルには身を守れるだけの「力」が必要だった。だからこそ、母は実家の力を使って守ろうとしてくれたのだ。
『たとえ父王の血は流れてなくても、私は母と血がつながっているのだ』
泣きたいほどに温かさを感じてしまった。母の愛であると信じた。
「わかった。そちの言い分を聞こう」
男としてさんざんにたぶらかされた上に、確かに身辺警護がいつになく薄いことは察している。あの陰険な法相の冷たいやり口に対して、母はなんと優しいのか。
ガバイヤ王国の手の者だと打ち明けてくれた女の言葉に真実味を感じたのだ。
「他の王子ではなく、自分をこそ助けて欲しいと一筆をお願いします。それと、例の目障りな者を排除するようにと。元々は、あのような者がいるから、同世代の王子が疎まれることになったのです。本来は、メロディアス様かメリディアーニ様のどちらかがゲヘル様の伴侶に選ばれるのが当然でした」
その言葉にも頷かされた。ふらふらと、ゲヘル第2王子は言われるままの手紙を書いてしまったのである。
女が満面の笑みを浮かべたのは、当然のことであった。
そして、ゲヘル第2王子は、王都に戻り国王陛下に面会した後に行方がわからなくなるのは、もう少し先のことであった。
こんな重大な陰謀なのに、事態が急展開して、その身に降りかかってくるまでスコット家とシュメルガー家の影達が話を掴めなかったのは訳がある。
実は、御三家の「反乱」は本当であったのだ。(王立学園編「第48話・秘密」に既出)
とは言え「反乱」とは今の王家から見たこと。サスティナブル王国の建国から定められている法に従うとすれば、いたって正当な行為でもある。
《歴史上、愚かな道に絶対踏み込まぬと言える王家は存在しない。いつかデモクラシーが生まれるその日まで、三公爵家の真の役目は過ちに踏み込んだ王家を正すこと。正せぬ時は、三公爵家の合意の元で次の王を選ぶべし》
玉座の裏に彫り込まれている極秘の祖法である。
当初は、そこまでするつもりは無かった。
せいぜい「軍事も政治も外交もわかる将来の首相」としてショウを育てるつもりであった。そこから本人の希望次第で宰相にしても良し、あるいは成長次第で事実上の王の代理たる「関白」という前代未聞の地位を任せても良いと思ったのだ。
しかし、それぞれの家に伝わる秘伝や王家の状態を鑑みて、いっそ「ショウ君を次の王」とすべきではないかと、エルメスが提案したのが始まりである。
それは婚約者内戦の時以来となる祖法の発動である。
エルメスが提示したのは「夢」である。
「ショウ君が王となれば、王、自らが国を率いて大陸統一を果たすことができる。それこそがサスティナブル王国に求められる姿だ」
その主張に頷いたのがノーマンであり、それを嗅ぎつけて賛成に回ったのがリンデロンであった。
そのために「2年」の時間でショウを育てること。それが3人で共有された秘密ミッションとなったのは、この夏のことであった。
ところが、絶対的な機密であったはずが、気付かれてしまった。さすが王家の影である。ハッキリとではなかっただろうが「何かを企んでいる」ことはつかんだらしい。
王都の闇で壮絶な戦いが繰り広げられた。シュメルガーの情報網、リンデロンの実行部隊がタッグを組み、王家の影と暗闘を繰り返したのだ。
サスティナブル王国歴代の中でも、最大級の闇の戦いであった。おまけに、アマンダ王国への情報網構築にも力を使わざるを得なかった。
どれほど整備してきたとは言え、情報機関のリソースには限界があった。そのため第2王子へガバイヤ王国の手が伸びていたことに気付かなかったのだ。
ガバイヤ王国の組織は、第2王子からの「我を助けよ」の一筆を受け取ることに成功すると、3つの動きをした。
最初にしたのは「第2王子は王の血を引いていないとミヒャエル妃が認めたことを王に信じさせること」だ。これは難しくない。少しばかり情報をリークした後で、ゲヘルが王と面会したのだ。本人に確認できてしまう。
「妃から王の間に入るなと厳しく申し渡されたと聞いたぞ、本当なのか?」
ゲヘル第2王子は認めた。認めざるを得なかった。
王はさすがに悟った。長年気にしていた「髪の色」の件が証明されてしまったことになる。
つまりゲヘルはダンス教師のタネなのである。
その絶望の中にあるからこそ、影が手に入れてきた次の「情報」に飛びついてしまったのだ。
「第2王子が宰相と法相の援助を受けてクーデターを企んでいる」
もちろん、これはガバイヤ王国がわざとリークしてきたことである。
これこそが二つ目の陰謀であった。なにしろ、その証拠として影は「第2王子の書き付け」なるものを手に入れてきたのだから。
「これこそは、我を狙う陰謀か!」
抹殺を策謀する者は、自身が相手に狙われる可能性を囁かれると、それを信じたくなるものであった。この時、王の率直さはリンデロンの策謀を遙かに上回った。
捕まえるタイミングを考えるどころか「証拠」を見せられるやいなや、近衛騎士団に「クーデターの陰謀を阻止せよ」と命じたのだ。
つまりは出仕していた二人の王宮内での捕縛である。
これほど短兵急な動きを見せたのは、以前からの疑惑と息子達の婚約者の件が王の中で何かを形作っていたに違いなかった。
とは言え、この段階までは王が二人と話し合い、わかり合えるはずだった。捕らえたと言っても、王宮内の一室である。
最終的に王は二人を信じていたのだから。
しかし、不幸には不幸が重なるものらしい。
あるいはストレスだったのだろうか。王は突然、頭痛を訴えて人事不省に陥ってしまったのである。
頼むべき宰相達は「反乱の疑惑」で隔離中である。
そこでロウヒー家のジャン侯爵に後押しされた「王太子」が指揮を執ったのである。
人々は納得できないながらも「ゲールの命令をしっかり聞くように」という王直筆の勅命の書状を示されれば、従わざるを得ないのであった。
なお、第3王子は、玉座下にあった部屋の一室に閉じ込められていたが「真の暗闇」に長期間おかれた結果、心に異常を来してしまい、現在は意思疎通ができない状態であった。闇から出してほしい一心で、差し出された書状に言われるがままにサインをしたため「第1王子と第3王子の共闘」という形を演出できたわけである。
それこそが、今回のカオスの真相である。
同時に、サスティナブル王国に浸透していたガバイヤ王国の草達は、これが最大のチャンスだと判断したのだ。
本国に王子の手紙を送り届けると同時に、特殊部隊による拉致を進言したのだ。
来るべきサスティナブル王国との戦いにおいて、目の上のたんこぶとなりかねない人物の弱みを握るチャンスなのであるから。
幸いにして、サスティナブル王国自身がカーマイン家捕縛に動くタイミングに合わせることができた。
作戦は、簡単に終了するはずだったのである。
「なんで、城攻めになるのだ!」
ガバイヤ王国特殊部隊「うみかぜ」の隊長であるカメが嘆いたのは、話が全く違っていたからである。
三千人という、事実上「うみかぜ」の全員を投入したのはいわば保険のためだ。地方伯爵家の騎士団の目くらいは、簡単にかすめて拉致できるはずだった。
だが、伯爵邸は、既に城としての機能を発揮しているのだ。少なく見積もっても300人が守る「城」を攻めるのは、まさに想定外だったのである。
とはいえ「無理でした、テヘッ」というわけにはいかない。こうなったら、どれだけの犠牲を出しても、せめて親か正妻の一人くらいは拉致せねば、メンツが立たない。
いや、下手をしたら罪に問われる可能性もある。
だからこそ、妙ちくりんな騎馬隊が撤収した後、入れ替わるようにして城攻めを開始したのである。
エン君は、千人くらいと思い込みましたが、相手の観察してくる角度に合わせて、中で人が移動し、時に人形を使って守備兵が多いように見せかけました。カクナール先生の指示です。
そしてエン君達の犠牲によって「守備兵は民間人らしい。だが何人かの手練れが混ざっている」という貴重な情報を手に入れました。
カメさんの見積もりでは3時間ほど攻撃して、夜陰に乗じて数人を拉致できるだろう、となっています。
特殊部隊なので、お互いの名前を呼ばず海の生き物の名前を名乗っています。某国民的アニメは無関係なようですw なお、エビ、タコ、エイ、サメ、ナマコ、シャケなどいろいろいますが「ヒラメ」だけは仲間にしたくないね、という合意で、名乗っている人はいません。日本のお寿司屋さんで高いネタを名乗るのが指揮官というわけではないようです。
明日は、この特殊部隊との戦いを描く予定です。