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第10話 どうしてこうなった!

 トヴェルクが、手刀にした右手を高々と差し上げると、お互いが左手で腰に木剣を持っての礼。


 これはあくまでも「模擬戦」であって、殺し合いではないという証拠だ。


「では、一本勝負とします。有効打を入れるか、参ったを入れるかのどちらかです」


 チラッとオレを見たのは「先に参ったって言っちゃえよ、ゆー」みたいなつもりだったのかも。おそらく、その道の達人達には、というよりも、囲んでいる騎士団の全員が、力量差を認めているはずだ。


 オレは左の頬だけで笑って見せると、やれやれと目だけで返してきたトヴェルクである。


 一瞬のタメを作って、手が振り下ろされる。


「始め!」


 ザッと、相手は右八艘。剣を真っ直ぐタテにして、顔の右横に左拳が来る感じだ。


 微塵の揺るぎもない構え。


 う~ん。これって、ぜったいにあっちの方が強いね。


『仕方ない、チート(インチキ)するか』


 昨夜、考えに考え抜いたとおり()()で対応することにした。


 正眼の構え。


 その瞬間、あっちこちから「へぇ?」っという声と、疑問符を伴ったざわつきが起きたんだ。


 アテナ様も明らかに戸惑っている。


 そりゃそうだよね。薩摩藩の示現流なんかが典型なんだけど、刀の重さを生かして振り抜くスピードだけなら「半分振りかぶっている構え」が絶対に有利に決まってる。


 逆に、今オレがしている正眼みたいに、相手の喉元に剣先を向ける形は「振り上げる動き」の分だけ圧倒的に損なんだよ。


 昨夜さんざん考えたことだ。


 貴族の嗜み(マナー)として、剣も槍も指南役がいて練習はしてきたよ? でも、どう考えても「ガーネット流武術」を小さい頃から徹底的に叩き込まれた人間に勝てるとは思えなかった。


 だから、こっちの世界の「剣術」では戦わない。代わりに木剣での戦いを意識した戦術を取る。


 すなわち「剣道」だ。


 前世では剣道部だった記憶を取り戻している。剣道五段は、ダテじゃない。


 これなら、なんとかなる。事実、構えた途端、相手の「刃筋」が見えてきたから怖さがなくなった。


 ちょっとだけ歴史ヲタのネタを使うけど、幕末期、実戦的な古武道を売りものにした流派は、江戸の革新的な流派である北辰一刀流に、竹刀を使った試合では、軒並みかなわなかった。


 それぞれの流派で「第一人者」とされた人同士が戦うと、北辰一刀流がたいてい勝つ。理由は「竹刀を前提とした剣」だったからだ。


 事実として、新撰組の母体となった近藤、土方と言った面々は、竹刀での試合は、さほど強くなかった。北辰一刀流の剣士と試合でもした日には、敗れることもあったという。

 

 しかし、刀同士の実戦において、後れを取ったことなど無い。


 それほどに「剣道」と実戦は違うのだ。ちなみに、現代においての剣道は、この「北辰一刀流」の技術を中心に構成されている。


 そこが()()()だった。


 ガーネット流武術は極めて実戦的なことで知られてる。戦場での戦い方をそのまま体系化した技術体系だからね。


 重い鎧を着ているなら、上から大質量でぶったたけば良い。

 何人もの敵と戦うなら、折れないほど重くて硬い剣を使えばいい。

 相手を倒しても、次の相手に備えて、剣は常に振り抜いておく。


 あくまでも実戦で戦うためのもの。


 対して、竹刀に特化した剣道なら、オレにも十分勝ち目が出てくるんだよ。


 周りはどう思うか知らないが、正眼の構えは()()一体となった究極のスタンダードなんだ。


 アテナは、木剣をギュッと握りしめたまま「防御なんて」と呟いた。


 そうだろうなぁ。鎧の上から叩っ切るワザを身につけているんだから、そう思うに決まっている。


「木剣ごと、たたき切ってやる!!!」


 叫んだ瞬間、ガッガッガッと走る勢いの力まで乗せて、必殺の袈裟懸け(ナナメ切り)


 木剣で「受け」れば、間違いなくへし折られ、その勢いのまま肩口の防具ごと鎖骨かあばら骨、ひょっとしたらその両方をおられるはず。


 でも、しかし、究極の高速円運動の根本近くに、ほんのわずかでも横からの力が加わればどうなるのか。


 勢いを付けようとすればするほど、剣の動きは肩を中心とした円運動となる。木剣の根本をたった1センチ「押さえた」だけで、刃先では30センチもブレてしまうんだ。


 しかも、こちらは手首の動きだけで良い。


 正眼に構えた剣先をミニマムの動きで、相手の根本に滑り込ませた。


 ぶぅーん


 空気を切り裂く音。


 振り切る動きで、剣はオレの身体の3センチ横を振り下ろされた次の瞬間、カツーンと木剣が床にぶつかって、同時にオレの剣先は、アテナの首もとに突きつけられる。


「あっ!」


 パッと後ろに飛び退いた。


「うそ、そんな、ボクの打ちおろしが」


 どうやら、仕組みが理解できないらしい。そりゃそうだよ。この仕組みにはテコの原理も、円運動と直線運動のどっちが速いかなどなど、究極の物理現象が入っているからね。


 初めて対決して、その原理を理解できるわけが無い。


「まだ、やりますか?」

「有効打は無かっただろ! 勝負は付いてないぞ!」


 怒りにまかせて、さっきよりもさらに大きな動きで、真上から打ち下ろそうとしたその瞬間、剣道の構えにしていた左脚で地面をけって、飛び込み左小手。


 上段の構えと戦うときの定石だ。


 パシッと手首を叩いて、そのまま右へとすり足で抜けていく。


 振り向く。


「まだまだぁあ!」


 当然ながら、この世界では「手甲ごと切り落とす勢いで当たれば有効打」とされているから、オレの勝ちとはならない。


 しかし、有段者の小手を、しかも竹刀ではなく木刀で受ければ、たとえ革の手甲越しでも、握力は奪えたはずだ。


 手の内を締めた打突だけに、骨を折らないけれど神経まで痺れさせているはずだ。


 後は、もう戦いにならなかった。


 大振りをしてくる剣のスピードは明らかに遅く、描く円弧はブレまくる。それを剣の根本でチョンと押さえて受け流せば、簡単にアテナの木剣は地面を叩くことになる。


 その度に、剣先を相手の喉元に。


 三度繰り返したときだった。


 突然「ヤメ!」とトヴェルクが叫んだ。


「ボクは負けてない!」


 いや、それを叫んだ段階で、君は負けたって思ってるんだよね?


「双方、剣を納め開始線に戻りなさい」


 何が起きるのかわからないけど、トヴェルクが空気を読んでくれることだけを祈った。


 一瞬、目が合った.確かに、ヤツは目だけで笑った。


「有効打突、共に無し。よって、引き分けとする」


 さすが! 空気を読めるヤツで助かった。これで、どっちも勝ってないわけだ。


 良かった~


 片手で、兜の紐を外して、パッと取る。


 その瞬間、パチパチパチパチと、一斉に拍手が起きた。


 全ての騎士団員が、温かさの籠もった拍手をしていたんだ。


「なかなか、やりおるな」

「わぁっ」


 いつのまにか、すぐ横にエルメス様が立っていた。この人、ヤバいよ。気配を全く感じなかった。しかも、本当に、ついさっきまであそこに座ってたよね?


 瞬間移動をしたとしか思えないエルメス様が、ドン! と背中を叩いてきた。


「うっ」


 思わずよろけるほどの勢いは、怒っているのかと思いきや「わはははは」と、満足げに笑ってたんだよ。


 マジで、ワケが訳わからないんですけど。


「やるな。まさかと思ったが、()()が使ったのは決闘術じゃな? 戦場ではなく、貴族が決闘するときの対人剣術だ。ガーネット流でも免許皆伝者以外には教えない技術を、いったいどこで学んだのだ?」

「あ、えぇっと、まあ、なんとなく…… です」

「なるほど。出所は秘密としたいわけか。まあ、他人の剣術の来歴をほじくるのは非礼じゃな。許せ」

「めっそうもない」

「さて、トヴェルクは、だいぶ忖度をしたようだが」


 ジロリと睨まれた審判役は、騎士の礼をして、サッサと主人の下へと逃げてしまった。


 さすが。


 私設とは言え公爵家の騎士団長ともなると、逃げ所は誤らないらしい。


「これは、そちの勝ちじゃな。最初の打突で握力を奪い、明らかに二度目から、自分は打ち込まないようにしていた。そちが、ただ勝負に勝とうとするだけなら、何度でも打ち込めたはずだ」

「いえ。私から攻められるほどのスキはございませんでした。ただ」

「ただ?」

「打ち込んでくる瞬間だけはスキが生まれるため、そこを利用させていただきました」

「ん?」


 その時のエルメス様の顔は、本当に、心から「え?」となっていたんだよ。


 そして次の瞬間「ははは、なるほど、娘の打ち込みは、まだまだ甘かったというわけか。いや、これは参ったぞ」と上機嫌で笑ったんだ。


 えっと、上機嫌の笑い、だよね?


 ひとしきり笑った後で、真剣な目がオレを貫いてきた。


「となれば、技量において、()()()は娘のスキを見抜くだけの力があったことになる。言い換えれば娘は手加減をしてもらったことになるな。礼を言っておこう」

「いえ、貴族たるもの、対戦相手に余計な感情を入れることはあってはならぬこと。ひとえに、打ち込む技量と気迫が足りなかっただけでございます」

「ふむ。気迫のぉ」


 あごに手をやって、考えていたエルメス様は「アテナよ」と娘に呼びかけた。


「はい」

「私はいくさは生き残ることが一番大事だと教えたが、もう一つ、大事なコトも教えたはずだな? どう思うのかね?」

「はい……」


 厳しさと、そしてどこかしらの優しさが混じった眼差しで、ジッと娘を見つめている。


 その場で、片手をあげると、侍従が駆けよってきて、カブトをふたりがかりで脱がしてきた。


 肩まで伸びた、燃えるように赤い髪を右手で、サッと流してから、強烈な視線でオレを睨みつけたまま、こっちに来たんだ。


「手は大丈夫でしたか?」

「え? あ、そ、そんなの、勝負だったから」


 先にオレが声を掛けたせいだろうか、言いたいことを言うに言えないって感じで口をパクパクさせてから「ごめんなさい」と頭を下げてきたんだ。


「え? 何か?」


 勝負することを決めたのは、アテナ様じゃないし、謝られる意味が本気でわからなかった。


「勝負の前です。あんなことを言ってしまって」

「あぁ、いや、大事な勝負の前ですから。怒っても当然ですよ」

「ごめんなさい。そして、さっきの勝負、私の負けです。勝者の権利は、ショウ様のものです」

「え~っと、それは、あの、引き分けって」


 どんだけ苦労して、この作戦を考えたと思ってるんだよ! 愛娘を伯爵家の息子が嫁にもらうとか、そんなのエルメス様の怒りを買うだけに決まってるだろ! 


「娘も、ああ言っているんだ。ここは一つ、勝ち名乗りを上げてもよいのではないかね?」

「あのっ、しかし「おや? 君は、私の裁定に不満があるとでも?」」


 えー ここで、権力を持ち出すの? どうしたら良いんだよ。


 助けを求めて父上をチラッと見ると『無理』と顔を振ってる。


 あちゃ〜


「いえ。不満など、ございません」

「よし」


 満足げに一つ頷くと「みなの者!」と耳を塞ぎたくなるほどの大声を上げたんだ。


「先ほどの勝負、娘は負けを認めた! オレンジ・ストラトス伯爵、嫡男、ショウ・ライアン=カーマインは、我が娘、アテーナイエー・ロード=ギリアスを手に入れた。これは両家も、本人も同意してのことである! 以後、そう心せよ!」


 うぉおおおお


 と言うどよめきが起きたのはガーネット家の騎士団だ。


 対して他の家の騎士団は、微妙な顔をしている。


「聞け、我が家臣よ!」


 え? いきなり、ノーマン様が登場した。


 しかも、いつのまにかメリッサが「さすが、ショウ様です」と腕をそっと抱えてきた。


「我が娘、メリディアーニ・クラヴト=ステンレスは、オレンジ・ストラトス伯爵、嫡男、ショウ・ライアン=カーマイン殿と恋仲である。父親として娘の気持ちを大事にしたいと考えておる。我が家臣たるもの、今後はくれぐれもわきまえよ!」


 今度は、シュメルガー家の騎士団が「おぉ~お!」と声を上げた。


 え? やっばー


 チラッと見ると、父上はガクッとうなだれて、両手で顔を覆っていた。


 この流れって……


「宣言する」

 

 あぁ、やっぱりか。


 左腕を掴んで「お怪我がなくてなによりでした」と囁いてきたのは、見る前からわかってる。メロディだ。


 「我が娘メロディアス・バリア=スナフキンは、ショウ・ライアン=カーマイン殿と恋仲となった。我が娘は真心を込めて添い遂げる覚悟であり、父として、それを確信するものである! もしも、邪魔だてするものがあれば、わがスコット家の敵となることを、ここに宣言する」


 おぉお〜というどよめき。


 まてぇえ! 添い遂げるってなに! 添い遂げるって! それ、結婚するときの言葉だよ!


 心の中で絶叫していたオレは、次の瞬間、途方もない冷気によって凍り付いたんだ。


 御三家当主の目だ。


 その視線は、どれもが、とっても温かい。けれども「反論はないよな?」というブリザードを伴っていたのを知ってしまったんだ。


 どうしてこうなった!


 


こうして、ヒロインが出そろいました。

そして、主人公は、あっと言う間に逃げ場をなくした強制ハーレムとなり

貧乏伯爵家を普通の伯爵家へと。いえ、いっそ金持ち伯爵とすべく、いよいよチートが始まります。


なお、作中、古武術と剣道を対比した描写がありますが、諸流派の剣術を否定するものでも、貶めるものでもありません。要は「実戦」かどうか、という話になると思います。あくまでも「刀を使う為の技術である剣術」と「剣道」の方向性の違いに過ぎません。実際、現代の剣道の有段者が戦国時代の戦場で戦えるのかと言えば、そりゃ全くの素人に比べればマシでしょうけど「無双」は不可能でしょう。そもそも、戦場の主流は刀じゃなくて槍などの「長物」でしたしね。一応、筆者は剣道五段を持っています 笑

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