からころからころ
性加害を匂わせる描写があります、ご注意ください。
彼女、とは金と惰性で繋がった関係だった。
生きる為に殺人をする必要がある私と、生きる為に情報を売る彼女は接する機会が多く、何の流れだったかは忘れたが抱いてみたら体の相性もそれなりに良かった。
仕事で顔を合わせ、気が向いて都合が合えば体を合わせる。言ってみれば、その程度の関係だった。
愛だの恋だのは元より情すら然程育たないような関係であった。今目の前の状況を見てもさして心動かされない己を覚え、その客観視は当たっているのだと思う。
「……やぁ、馬鹿をやってしまったよ……」
力なく笑う彼女は大輪の赤い華を咲かせていた。部屋に満ちる生臭い鉄の香りが嗅覚を麻痺させていく。
匂いに当てられたのか、薄く痺れたような感覚が私の全身に広がる。
「随分派手にやられたわね」
「きみのごどうぎょぅ……じゃあないな……たぶん、どうぎょうしゃ……やっかみ、かな……」
赤が見事に咲くほどに、彼女の命は削られていた。
何も面白いことはないだろうに、笑ったままの彼女に、何も恐ろしいことはないのだろうか。
「遺言くらいは聞いてあげるわ」
「おや……やさしい、ね……ゆぃごん、か……」
薄く微笑みながら微睡むような声音の彼女は、うっそりと瞳を閉じ、ぷんと血の香りを強くさせて「ないね」と簡素に答えた。
「なにも、かんがえずにいきてたわけじゃあない……これでいい……」
「謙虚ね」
「ほめて、ない、ね」
ああ、でも、と、もう口を開くのも億劫なのだろう、途切れ途切れに彼女は声を出す。
「きみ、に、いつもの、やつ、だして、あげられ、なかっ、た」
彼女はいつも訪れた私に真っ白な甘い香りのするミルクを出してくれていた。
特殊な舌を持つ私には苦く感じる白を、「珈琲のようでいいだろう」と笑って話す彼女は憎たらしいほど楽しそうだった。
「あのね、嫌がらせに死ぬ気になるなんて愚か者よ」
「は、はは、いい、だろ」
冷たくなり始めた彼女の頬を両手で包む。私程度の熱では到底抗えそうにない冷たさ。
「それに、別れには珈琲よりもアルコールが似合うでしょう?」
微睡み始めた彼女の顔についた血液を舌に乗せる。
唾液と混ざり合った赤は、甘く苦い、ジュニパーのような香りで私の喉を灼いていく。
「いいわ、ねえ、手向けに抱いてあげる。ええ、そうしましょう。あなたを汚した愚か者共の白も、赤く咲いたあなたも全部ぜんぶ、私が抱いてあげるわ」
「………………」
彼女はもう答えなかった。
だけど、きっと答えは是だ。この赤いジンの香りが、そう囁いている。
「だいじょうぶ、あなたを収める余裕くらいあるわ。ねえ、肉も髪もだめだけれど、ええ、骨は私も呑めるの」
ねえ、だから、ねえ。
愛も恋も情すらないあなたと私だけれど。
「あなたの終になってあげるわ」
血を舐めとって、ひとつひとつ取り出した骨を飲み込んでいく。
からころからころ、喉を転がり落ちて収まるところへ収まっていく彼女が私の胎の中で微睡み続ける。
腹のほとんどが彼女で埋まっても別に問題なかった。この体は液体しか飲めないのだし。
異常な食事と異形の力を持った私を「おかえり」と甘い香りの苦いミルクで迎えてくれた彼女を今度は私が「おかえりなさい」と迎えてあげるのだ。
「さあ、行きましょうか」
血を腹へ納め、骨を胎へ収め。
立ち上がる私は、からころと鳴る。
どこへ行くんだい? と、彼女がからころ尋ねる。
「そうね……腹ごなしにあなたを殺した連中を殺しに行きましょうか」
胎には入れないけれど、腹の中で喧嘩でもして頂戴。
そう答えて歩き出すと、趣味が悪いね、とからころ彼女が鳴った。
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