39 不安定な距離感③
(ユーグって、あのユーグ!?)
ドキドキしながらオフェリアは、二つあるカウンターのうち、令嬢たちに占拠されていないもう片方の列に並んで聞き耳を立てる。
受付嬢はやや困惑しつつ、毅然とした態度を崩さず応対し始めた。
「お約束はなさっていますか?」
「その約束を本日は取り付けに来ましたの」
「申し訳ございませんが、事前の申請なしに正研究員の面会は受け付けておりません。本日急に来られてもお取次ぎできかねますので、まずは申請書の記入をしていただき、承認されてからお越しくださいませ。招待状に関しては検閲したのちお渡しすることも可能ですので、お預かりも可能となっております。ただ面会の受け入れや招待状への返事は研究員の判断に委ねておりますので、お客様のご希望が叶うかどうか保証は致しかねます。また断った際に研究員を責めるようなことがあれば、魔塔で対抗措置をとる場合があることも念頭に置いていただけると幸いです。どうなさいますか?」
原稿を読み上げるように、受付嬢はよどみなく言い切った。言い慣れている口振りだ。
しかし、令嬢たちは「そこなんとか。せっかく足を運びましたのに」「招待状をお渡しするだけですから、お時間は取りません」「今からでも、ユーグ様に直接お目にかかれないか確認してくださらない?」となかなか引かない。
すると、オフェリアの後ろから「またか」という落胆のため息が聞こえた。彼女は振り返り、同じく順番待ちをしていた壮年の男性魔術師に小声で問う。
「また、とは?」
「グランジュールには随分と見栄えのいい青年の魔術師が入ったんだが、その魔術師に会いに若い女の子が度々突撃してくるんだ。その魔術師は基本的に魔塔に引きこもっているが、他の研究員のサポートで公の場に出た際に、魅了された女の子が出てくるらしい。たいていは依頼主の娘って噂だ」
オフェリアはたまにしか魔塔を訪れないため知らなかったが、男性魔術師の口振りからは、こういったことは初めてでないらしい。
「その青年魔術師は、大変人気があるのですね」
「魔塔の中で会ったことあるが、物腰が柔らかくて落ち着きがある、いかにも紳士的な好青年だった。女遊びをするようには見えない堅実的な印象。そんでグランジュールの正研究員という美貌のエリート魔術師となれば、たいていの女性は彼の特別になりたいと夢見るもんさ」
ほほう、と他人事のように感心する素振りをしながらオフェリアは、胸がチクりと痛むのを隠した。
老婆にだって甘く優しいユーグのことだから、異性にモテることは前から予想していた。それこそ、数年前から。
だが、いざ目の当たりにすると、何故か以前のように「モテるでしょう?」と揶揄う気分にならない。モヤッと、形容しがたい灰色の何かが胸の中に広がっていく。
初めて芽生えた謎の感情に困惑しつつ、話を聞かせてくれた男性魔術師に軽く会釈をして、受付嬢に迫る女の子たちを眺める。
譲る気配のない受付嬢に根負けしたのか、令嬢たちはそれぞれの招待状を残念そうに預けているところだった。
特に蜂蜜色の髪をツインテールにしている女の子は、悔しそうにしていて、招待状を渡す指に力が入っているのが見えた。本気度の高さが窺える。
もしユーグが招待状に応じたら、あの手この手で好意をアピールするだろう。
女の子の気持ちを受け入れるかどうかはユーグが決めることなのに、やっぱり面白くない。
(あぁ……これは、あれね。さっきから変な気持ちになるのは、子離れできない親ならぬ、弟子離れできない師匠ってところかしら。みっともない)
これ以上醜い感情が強くならないよう女の子たちから視線を外そうとする。
そのとき、カウンターの奥にある研究員の専用出入り口の扉が開いた。
意気消沈していた女の子たちが一瞬で色めき立つ。
なぜなら、扉から出てきたのは話題の美貌の魔術師ユーグだったのだから。





