17 才能の芽①
それから二か月後の休日の朝、朝食の片づけを終えてリビングで一休みしていたオフェリアの前に、そわそわとした様子のユーグが立った。
「お師匠様、これ受け取っていただけますか?」
少し照れ臭そうな笑みを浮かべたユーグの手には、氷でできた美しい薔薇が一輪だけ載っていた。
花びら一枚一枚が薄い氷でできていて、光を浴びてキラキラと輝いている。その繊細な造形は、オフェリアでも息を呑んでしまうほど。
水属性と氷属性のふたつの魔法を並行して上手く制御しなければ完成できないレベルのものだ。
「氷の薔薇ね。凄いじゃない! いつできるようになったの!?」
「部屋で練習していたんです。ギリギリ間に合いました。その……四年前の今日、僕を拾ってくれて、魔法を教えてくれてありがとうございます。受け取ってくれますか?」
一年目は似顔絵、二年目はメッセージカード、三年目は全ての家事炊事をユーグが請け負い、そして今年は氷の薔薇ときた。
毎年バリエーションを変えてくるユーグの健気さがくすぐったい。
「もちろん。喜んで――っ!?」
満面の笑みを浮かべてオフェリアは氷の薔薇を受け取ったのだが……彼女は薔薇の異様さに言葉を詰まらせた。
氷でできているはずの薔薇が冷たくない。しかも触れた部分は水になって溶ける様子もなく、さらりとした手触りをしている。
こんな魔法、オフェリアは知らない。声が震えないよう努めて問いかける。
「どういうこと?」
「少しの時間しか継続できませんが、時間停止の魔法を重ねてみたんです。お師匠様がまとめてくれた呪いの資料からヒントを得て、応用してみました」
「……応用って、どこの部分? 継続時間は?」
「不老の原因が時間の巻き戻りによる、ってところです。いくつか記載されていた魔法定理を順番に試していたら、ひとつ成功したので使ってみたんです。水滴をコップに落とす魔法の練習のお陰でできるようになりました。でも今は一時間くらいが限界です」
その魔法定理は、友人の魔術師でも理解するまでに時間を要した部分だ。そして理解したとしても発動の難しさから、オフェリアでも成功率は低く、検証を進められずにいた魔法のひとつ。
それを十四歳の少年は一時間も継続できると言った。
「ユーグは天才だわ!」
オフェリアは感動のまま、ユーグを抱きしめた。練習頑張ったのね、嬉しいわ、と言いながら氷の薔薇を持っていない方の手で彼の頭も撫でながら全身全霊で褒めまくる。
すると珍しく、ユーグがそっと優しい力でオフェリアを抱きしめ返した。
「お師匠様が喜んでくれて嬉しいです。頑張って良かった」
「ご褒美に、今夜はユーグの好きなものを食べようね。何が良い? 何でも作るわよ」
「お師匠様が作ってくれた物はなんでも好きです」
「遠慮はなしよ。私たちの仲じゃないの」
体を離したオフェリアは、ユーグの目をじっと見つめて答えを引き出そうと圧をかけた。
するとユーグはほんのり赤くなった顔を逸らし、眉を下げると「ハンバーグ」と答えた。
言ってから子どもぽいメニューを答えたことが恥ずかしくなったようで、彼はそそっとオフェリアの腕から抜け出した。
愛弟子の照れている様子が可愛くて仕方ないオフェリアは、思わす肩を揺らしてしまう。
「大好きな弟子のために今日は頑張ろうかしら。特別にチーズ入りにしてあげる」
「た、楽しみにしています。では僕は部屋に戻ります」
からかいすぎたのか、ユーグはさらに顔を真っ赤にして二階に続く階段を駆け上がっていった。
「本当、可愛いわね」
オフェリアはリビングのソファに腰掛け、改めて氷の薔薇を眺めた。
素晴らしい以外の言葉が見つからない。
「腹を括るときが来たかしら」
ユーグとの生活はとても楽しい。弟子というよりは我が子、いや年の離れた弟のような存在で、魔法だけでなく伸びていく身長や低くなっていく声など、ユーグの成長を間近で見られることを嬉しく思っている。
だが今日、ユーグはオフェリアを超える才能を持っていると確信してしまった。
オフェリアは、溶けて消えるまで氷の薔薇を見つめていた。





