12 師弟の日常①
ユーグを拾って、まもなく四年目を迎えようとしている頃。
「オフェリアさん、今日はりんごをサービスしとくよ」
馴染みの青果店で支払いをしているとき、店主の息子がオフェリアのバスケットにりんごを四個追加した。店主の息子は二十代半ばの背の高い青年で、よくサービスしてくれるが……なぜか今回は多い。
オフェリアは軽く瞠目しながら、青年を見上げた。
「こんなにいただくなんてできません」
「お礼だから、気にしないでよ。先日りんご農家に出没していた熊を倒したんだって? そこの親父さんが“このりんごは偉大なる魔術師のオフェリアさんのお陰で収穫できたんだ”って言っていたよ。農家が収穫できなければ、この店も商売できないから俺からも感謝の印」
そう言って青年は、さらにりんご一個を上乗せした。
後ろでは父親である店主も頷いていることから、問題はないようだ。
「私は依頼をこなしただけなのですが。でも、遠慮なくいただきます。ありがとうございます」
この街に移住して四年経つが、街の人との関係は良好と言えるだろう。
容姿がほとんど変わらないことを指摘されるときもあるが、美容の魔法の研究で若作りをしているということにしている。
一応、実年齢から百を引いた二十四歳という設定。
今のところ怪しまれることも、気味悪がられることなく過ごせていた。
バスケットの中のりんごを見ながら、オフェリアは顔を緩ませる。
「そのままでも美味しいけれど、たくさんあるからアップルパイでも久々に作ろうかしら」
「オフェリアさん、お菓子も作れるの?」
「一応、ですけど」
百年も生きていたら、菓子も作れるようになっていた。という程度なので、職人ほどの腕がないオフェリアは遠慮がちに頷く。
しかし、青年にその謙遜は通じていないらしい。
「すごいですね。料理上手と噂のオフェリアさんのアップルパイ、きっと美味しいんだろうなぁ」
「いえいえ、普通ですよ。噂は噂です」
「そうかな? オフェリアさんが作ったというだけで、なんでも美味しくなりそうですけれど……あのさ」
青年は人差し指で頬をかきながら、言葉を区切った。そして「えっと」「その」と小さく呟き、意を決したようにオフェリアの青い目を見た。
「オフェリアさん! 俺に――」
「お師匠様、買い物はここが最後ですか?」
横からにゅっと手が伸びてきて、オフェリアの手からバスケットが浮いた。
そのバスケットは、声をかけた黒髪の少年の手に渡る。成長して背はオフェリアより少し高く、街の学校のシンプルな制服を着ていた。顔立ちは柔らかな印象が強く、瞳は美しい黄金色。彼は、オフェリアの愛弟子だ。
「ユーグ!」
「お師匠様、お疲れ様です」
ユーグは目を細め、顔を綻ばせた。魔法なんて使ってないのに、キラキラと眩しい。今日も弟子が可愛い。
オフェリアの顔も緩んでしまう。
ただ、今日もユーグの息が若干上がっていた。キラキラして見えるのも、額にわずかに浮かぶ汗が反射しているせいかもしれない。
「また学校から走ってきたの?」
「今日は買い出しの日ですから、お手伝いしたくて。本当、間に合って良かったです」
ユーグは笑みを保ったまま、店主の息子に意味ありげな視線を向けた。





