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Evergreen  作者: 奈良 早香子
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第二部 第一章 再逮捕(後編)

『そして、ここからはユナの手紙だけにある内容だ。

 わざわざ今までケルスの手紙と同じ内容を書いてきたのには、わけがある。もしもケルスが王となり、どういう理由かは想像できないが国が安定しているとき、ケルスがユナに意見を求めて来たときに矛盾が生じないためだ。

 ケルスが矛盾に気づいたとき、ユナは真実を語らなければならない。しかし、ケルスに真実を知られたくはない。ケルスが王であったなら、何の迷いもなく王らしくあってもらいたいと思う。

 今まで書いてきた俺の心は、言わば建前のものだ。だが、これからは真実のみを書く。国が安定しているのなら、それはそれで構わない。俺の力が足りなかっただけだ。ただ、真実はユナだけが知っていてほしかった。

 これから書く真実には、お前の母、ナトが関係している。


 俺とナトが出会ったのはほんの偶然だった。俺が商業都市カーナを視察に行ったとき、宿舎を抜け出して一人で街を歩いていたことがあった。そのとき、ナトとぶつかって彼女の荷物をばら撒いてしまったのがきっかけだった。

 ナトを見た瞬間、彼女しかいないと思った。彼女以外の誰とも結婚できないと、そう感じた。生まれて初めて運命というものがこの世に存在すると思えた。

 ナトのどこに魅かれたのかといえば、それは彼女の神秘性だったかもしれない。彼女は不思議な女性だった。まるで、今ある現実世界とは別の世界を持っているような、そんな感じがした。

 それからは何度も王宮を抜け出してナトに会いに行っていた。ただ、抜け出したとは言っても、気付かれてはいたと思う。父もケルスも、相手がナトだとはわからなくても、恋人に会いに行っていると思って黙認してくれていた。

 ナトと出会って1年後、俺はナトにプロポーズした。俺はナトを愛していたし、ナトも愛してくれていると思っていた。王太子妃や王妃という立場になったとしても、ナトを幸せにできると思っていた。

 しかし、ナトはプロポーズを断った。

 その理由をナトは、その場所である人物を待っているからだと説明した。

 それは唯一の肉親である双子の姉のミトで、その当時すでに2年以上の行方不明になっていた。最後にミトがナトに言った言葉は、

『大事な用事があるから、しばらく留守にする。少し時間がかかると思うけど、必ず帰ってくるから待っていて。』

 だったそうだ。その言葉から2年以上経過してもミトは帰って来なかったが、それでもナトはミトの言葉を信じてずっとその場所で待ち続けていた。

 それに付け加えて、ナトはこうも言った。

『私はあなたのことも愛している。ミト姉さん以外に愛する人なんてできないと思っていたけど、あなたのことは愛せた。でも、優先順位をつけたら私にとって一番はミト姉さんなの。ミト姉さんがここで待っているように言ったから、私はここでミト姉さんを待つ。私にとっては、それが全てなの。』

 その言葉だけでも、ナトの意思が曲がるものではないと実感した。それまでも何度かナトの口からミトの話が出たことがあったが、そのときのナトは何を話すよりも幸せそうな笑顔を見せていたから。

 それでも俺は諦めきれなかった。そして、初めてナトの前で権力をひけらかすようなことを言った。

『2年間もミトが行方不明なのは、ミトに何かあったに違いない。王宮で扱う特別警察の力なら、ミトの行方を捜せるかもしれない。それに、ナトが王太子妃になればミトにナトがどこにいるのかも伝わるから、連絡が取れるかもしれない。』

 と。

 ナトはほとんど迷うことなく、俺のプロポーズを受け入れた。

 全てはミトのために、そういう生活してきたのだという確かな証拠を俺は見たような気がした。きっとミトもナトのためだけに暮らしてきたのだろう。お互いがお互いのことだけを思いながら……

 ナトが王宮に嫁いですぐ、約束通り俺はミトの捜索を始めた。しかし、2年という歳月のために、行方はおろか手がかりすらほとんど見つからなかった。

 ミトが行方不明になった日に、首都エレンでミトらしき人物が王宮専用車に乗っていたらしい、という情報があるだけだった。王宮周辺に的を絞っても、王宮内は特別警察すら治外法権のせいで捜査は難しい。それ以上はどう捜査しても、ミトの行方はつかめなかった。

 そのまま時は流れ、ナトはユナを産み、事態は何も進展しなかった。

 しかし、それから何年かして、最悪の結果をもって事態は収束した。父からアクト排除法の話を聞いたとき、ミトの行方がつかめた。ミトの死という結果が、そこにあった。

 ユナならば、もう気付いたと思う。

 精霊の媒介なしに植物と話せる人物、精霊の力を引き継ぐ者、精霊界との交信に利用された者こそ、ミトだった。

 ミトをどうやって王宮に連れてきたのか、精霊界との交信にどのようにして同意させたか、本当に父は口を割ることはなかった。しかし、想像はできる。おそらく、ナトの安否を匂わせるようなことを言ったのだろう。

 父が俺とナトの結婚に反対したのも、ミトとは双子だったナトがあまりにミトと似ていたせいだというのは、疑う余地もない。父は目的のために手段を選ばないところはあるが、誰かを何の報いもないまま利用することは嫌っていた。そこからいけば、ミトは父が唯一利用するだけ利用して殺してしまった人物ということになる。父は精霊界との交信がが終われば必ずナトのもとへ帰すという約束を守れなかった。それだけ後悔していたミトとそっくりなナトが現れれば、亡霊が現れて復讐にやって来たと考えてしまっても無理はない。

 身元調査の結果、ナトがミトの双子の妹だとわかっても、父の不安は消えなかったらしい。精霊界との交信に立ち合った者は父を残して死亡していたし、どこからも情報が漏れないように策は施してあったが、それでもどこからか、という心が人間には残る。

 俺が特別警察を利用してミトの行方を追っていたことも、父の不安をかきたてる要因だった。

 しかし、俺はナト以外の誰とも結婚しないと宣言していたし、ケルスも国民も俺たちの結婚は賛成してくれていたから、押しきる形で結婚しても、後々父は結婚を認める以外になくなっていた。

 アクト排除法の真実を父が俺に話したとき、ミトのこともナトのこともずっとこのまま心にしまっておこうとしていたと、父は言った。俺がケルスに宛てた手紙のように、真相を隠したままでいようと。結局父の秘密が漏れることはなかったが、話してしまわないと罪悪感が濃くなっていくばかりだったのだろう。

 俺は父のしたことを許せないが、話してくれたことには感謝している。こうして、真実を知ることが出来た。そして、ナトの力のことも。

 ナトはひた隠しにしていたが、ナトにもミトと同じ力があると俺は気付いていた。力の正体をつかみかねていても、常人にはない力があるとわかっていた。そして、ユナにも。

 父の話を聞いてミトの力を知ったとき、ナトが持つ別世界が何なのかがわかった。同じように別世界を持っていると感じていたユナにも、力があると。

 しかし、父はそのことに気付いていなかった。ミトと双子のナトならば力があるかもしれないと、そう考えることもできる。だが、ナトは力のことを近くにいる俺にも強く悟らせなかったのだから、父にわかるはずはない。ミトもナトには力がないからと、交信に同意したのかもしれない。

 もっとも、力があるとわかっていてもすでに精霊界と盟約は結んであるのだから、交信の必要はない。それに、俺もナトを犠牲にまでして精霊界と交信したいとも思わなかった。

 ナトはその力のせいでミトが行方不明になったと思っているような、嫌な力だと感じているような節があった。だからこそ、こちらからはあえて何も言わなかった。この手紙の中以外で、ユナにもミトと同じ力があると俺は一言も言わなかっただろう。

 ナトとミトの絆が強かったのも、その力のせいだったと今なら思える。それが俺には悔しかった。誰よりもナトを愛しているのに。

 だから、その証として俺は一つの決心をした。そう、俺がアルキス王国の歴史を終わらせようとした本当の理由は、ナトの復讐だ。

 父から真実を聞かされた後、俺はナトにミトのことを話すか話さないか、毎日悩み続けた。そして、結局真実を告げられないまま、ナトは死んでしまった。

 ナトの病が心の病気であったわけではない。しかし、ストレスは時として病の進行を早める。ナトのストレスがミトのことであると、俺は感じていた。しかし、ミトの死を知らせることは、全てを話さなければならないことと同じだ。ナトはミトを捜すために俺と結婚したのに、その義父がミトを殺した張本人だったと、どうして言えようか。ストレスをなくすために真実を口にすれば、それはより大きなストレスとなってしまう。俺はどうしても言うことができなかった。

 ナトが死んだ後、そのことで自分を責めもしたが、それ以上に国家安泰のために個人をなくしてしまうような、そんな国家は必要ないと思えた。

 アクトのことも同様だ。もうアクトのほとんどは死んでしまった。登録されているアクトの残数は既に10を切っている。しかし、俺はアクトを全て殺して世界を守るより、アクトと共に世界を終わらせる未来を選ぶ。混沌の後の新世界ではなく、全ての終わりを、と。

 そもそもアクトを創りあげたときにそれを殺していれば、ここまで人間界に浸透したアクトを殺してしまうようなアクト排除法も存在しなかった。世界はアクトを創りあげてそれを殺さないという道を選んだとき、滅びへとまっすぐ向かっていたのだ。俺はただそれを後押しするだけ。

 こんな父親を、お前が許してくれるはずもないことを、俺はわかっている。

 日増しにナトに似てくるお前を、仕事が忙しいとわざと遠ざけたのも、復讐の決心が鈍らないようにするためだった。もっとユナと多く接していれば、結果は違っていたのかもしれない。

 俺は国のためではなく、一人の女性のために政治をした。父とは全く反対だ。

 そんな俺を、ユナは愚かに思うだろうか?』

 手紙はそこで終わっていた。

 手紙の最後にヴァリスの署名と国璽が捺印されていた。内容は次の後継者を定めるものではなかったが、遺言としての効力を確かに持つものだと、それが証明していた。

 手紙を読み終えたユナは、先ほど自分で作った仮定が正しいことを認識した。

 母・ナトの双子の姉・ミトが精霊界との交信に使われた、精霊の媒介なしに植物と話すことの出来た者であったこと。

 いくら常に平静を保っていたであろうサスカーでも、自分の不注意で死なせてしまった人と同じ顔の人物が息子の婚約者として目の前に現れれば、結婚も反対したくなる。そんな状況で動揺しない方がおかしい。

 また、ヴァリスの考えていた仮定のほとんどは当たっていた。ナト、ミト、ユナの力のこと。知らない振りをしていても、ヴァリスは知っていたのだ。

 また、ユナは自分の力がナトとはまた別の力だったと、弱い力だったと気付いた。ユナは木々たち以外の植物と話すことは出来ない。しかし、ナトもミトも植物全てと話ができる力を持っていた。

 かつてナトがユナに何度も言った言葉、

『ユナには母様と同じような力があるのね。行方のわからない母様の姉様にも、母様と同じ力があったのよ。でも、母様の父様と母様に、その力はなかったわ。この世界には、きっと母様と母様の姉様とユナにだけ木々と話せるがあると思うの。木々たちも、そう言っているわ。でも、そのことを母様以外に言ってはだめよ。』

 は、暗にそのことを示していたのだと、やっとわかった。

 ナトはユナと自分の力をまるきり同じ力だとは言っていなかった。そのかわり、自分とミトの力は同じだと言っていた。幼心に微妙な違和感があったのをユナは覚えている。それに、ユナは知らないことだが、ルシアも言葉の言いまわしに違和感を覚えていた。

 ナトとミトには強い力があったが、それが力を持たないヴァリスの血によって弱められ、木々たちとしか話が出来なくなったと考えれば、つじつまが合う。

 しかし、ヴァリスの仮定には外れている部分もあった。

 ナトが植物と話のできる力を嫌っていた、という部分である。

 ナトはその力のせいでミトが行方不明になったのだと思っていたことは確かだが、決してその力を嫌ってはいなかった。娘であるユナにさえそれほど本音を口にしなかったナトだったが、植物たちとは全て本音で語り合っていたのをユナは盗み聞いたことがあるし、木々たちから教えてもらったこともある。

 ナトもミトが行方不明になったその日に、ミトが王宮近くで植物たちに目撃されたことを知っていた。しかし、都会の植物たちから聞き出せることは少ないし、王宮の中のことは植物たちにもわからない。よって、ナトもそれ以上のことがわからないままこの世を去っていたのは事実だが。


 手紙を元通り三折りにして封筒に入れたユナは、顔をあげてケルスをまっすぐに見た。

 ユナの手紙は、ケルスの手紙と厚さが違わないようヴァリスが配慮したため、かなり小さな文字で書かれていたので、読み終わるにはそれなりに時間がかかっていた。しかし、ユナが顔を上げるまでの間、ケルスは辛抱強くユナが自分を見るのを待っていた。

「それで、ルシアを再逮捕する理由がわかったことと思う。」

 ケルスはかなりの時間待たされても、イライラした様子もなく、静かに言った。

「理由はわかりました。でも、納得はできません。」

「なぜだ?」

「陛下は2年前、私がラクスと結婚すればルシアを殺さないと、そう約束してくださいました。」

「こういう言い方はあまりしたくないのだがな……」

 言いながらケルスは普段ユナに見せている義父としての顔ではなく、王としての張りつめた緊張感を持つ顔になって言葉を続ける。

「2年前の約束は口約束でしかない。公式的には、何の意味もない。ただ、たとえ口約束でも、余も約束は破りたくはない。しかし、ルシアを破壊すればこの世界に精霊が戻り、自然が回復し、結果救われるのだ。ルシアは、登録された最後のアクトだ。ルシア以外にアクトがいることはありえない。」

「犠牲を払って得た幸せなど、本当の幸せではありません。」

「では、少し見方を変えてみようか。」

 そう前置きをして、ケルスは言葉を続ける。

「もし犠牲になるのがルシアではなく、ユナの全く知らない人やアクトだった場合、ユナは同じことが言えるか?余の場合も、もし犠牲になるのが妻のレスカや息子のラクス、ユナや兄上だったら、今と同じことを言っていたかどうかはわからない。また、さらに別の見方も出来る。もし犠牲になるのがユナ自身だった場合、ユナはどう答える?」

「それは……」

 ユナは言葉が続けられなかった。

 ユナ1人が犠牲になって世界を救えるのなら、ユナは自ら命を捨てる道を選んでしまうだろう。ユナがそういう性格だと、ケルスは知っている。

 それに、どこの誰ともわからない人物やアクトが犠牲になるのだとしても、反対はするだろうが、今と同じように言葉を紡げるかと聞かれれば、そうできる自信がユナにはない。

「先々代の王・父の時代から植林などの事業も進めてはいるが、圧倒的に数が足りない。自然破壊は人間の手で止められないまでになってきている。兄の手紙の中にもあったが、その自然破壊に国民が未だ危機感を持っていない。だから、植林も数が追いつかないのだ。余も気付かなかった。ルシアをすぐにでも破壊しないと、精霊の力でも手がつけられなくなる可能性がある。」

 ケルスはルシアの延命を求めてくるだろう、ユナの言葉を失わせた。

 これだけ正当な理由を並べられれば、ユナに反論する余地はない。

「ルシアの処刑は明日の正午とする。ルシアの存在も、処刑のことも既に国民に布告した。変更は不可能だ。今アディックと兵士たちをルシアのもとへ向かわせている。夕方頃には、ルシアも王宮へ連行されるだろう。面会の許可は出す。夜にでも会いに行くといいだろう。

 これ以上余の口から言うことはない、下がりなさい。」

 ユナはその場を立ち去ることしか出来なかった。何を口にしても、言い訳じみた言葉にしかならないとわかる。少なくとも、ケルスを説得できる力を持つ言葉ではない。

 ルシアとの面会を許してくれただけ、ケルスは寛大だったのかもしれなかった。

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