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Evergreen  作者: 奈良 早香子
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第二部 第一章 再逮捕(前編)

 第一章 再逮捕



 ユナがラクスのプロポーズを受け入れたその日のうちに、全国民にユナとラクスの婚約が発表された。

 国中が建国記念祝賀祭に続きがあったかのようなお祭り騒ぎになる中で、やはりユナは王宮での生活に未練があったとか、隠居生活になじめなかった、などという噂も出た。しかし、ほとんどの国民は2人の婚約を歓迎した。

 また、ユナとケルスの王位継承問題でしこりの残っていた議会も、その不満はほとんど解消された。そして、完全なる不満の解消は、ユナとラクスの間に子供が生まれるのを待つだけとなった。

 時を同じくして、ルシアは釈放された。

 ルシアはそのままディバの森へと帰り、今までユナとラムルが暮らしていた家で引き続き生活することとなった。

 ただし、永久法律の期限が切れる5年後にアクト排除法が廃止されるまで、ルシアの生活はある程度の規制を設けることとなった。

・ディバの森からは一切出ないこと。

・生活に必要なものは全て王宮から送られ、望むものも可能な限り手配するので、王宮以外の場所に注文しないこと。

・ユナとの面会は月に1回。ユナが約束の期日にディバの森に向かう。

 これでも規制はかなり緩く、ルシアは独りぼっちではあるが、ほぼ変わることのない生活を送れるようになっていた。

 ラムルはユナの教育係であり、ユナに何かあったときのためにディバの森で暮らしていたので、ユナと同じく再び王宮で暮らすようになった。しかし、ケルスにルシアのことを密告してしまったという罪の意識から、ユナと話すときにルシアの話題が出ることはほとんどなくなった。けれど、ユナもラムルの心がわかるので、あえて何も言わなかった。

 アクト排除兵に関しては、最後の1体の所在が明らかになったことで、5年間かけて段階的に縮小していくことになった。元々強い権力を持つ部署なので、小さくするにも時間がかかる。アディックを兵士長に据えたまま、部下の数を減らして、各地に常駐している捜索部隊を徐々に引き上げることとなった。

 ほぼ全てが丸く収まったように見えた中で、一つだけユナにとってもルシアにとっても不満な点があった。それは、5年後のアクト排除法の撤廃を公式文書でなくとも、文書という形で残せなかったことだった。つまり、ケルスの判断一つでアクト排除法の撤廃を白紙に戻すこともできるのである。

 永久法律が施行されている中でその法律の撤廃や存続を文書として残すことは、憲法ではないが法律で禁止されている。それは絶対王政の色が強くあるアルキス王国において、先代の王が残した法律を次代の王が守らなければならなくなることを防止するためであり、永久法律と定めた法律を撤廃できる力を次代の王に持たせるためでもあった。

 永久法律と定め、さらにその存続を公式文書として残せば、その効力は憲法以上になってしまうからである。

 そして、1年。

 ラムルがこの世を去った。

 高齢であったことはもとより、罪の意識でストレスが寿命を縮めたとも考えられた。

 そして、また1年の時が流れた王国暦1232年。

 物語は再び動き始める。



 ユナは窓に手を当て、窓外に広がる灰色の雲たちを見つめていた。雨期の直前は5日くらい厚く灰色な雲が空を覆い尽くす。その雲が現れると、しばらく青空を見ることはできなくなる。

 ユナはその雲が好きではなかった。ただでさえ木々たちが悲しむ都会の空気の中で、更に光が存在しないと木々たちが余計に悲しがるからである。

 結婚してほどなく、ユナとラクスは王宮の中でも比較的大きな部屋へと移住した。私宮殿の中では4階の一番奥にある部屋ではあるが、中庭に面した部屋であることがユナにはうれしかった。王宮の中庭は、ディバの森には遠く及ばないものの、王都周辺では一番自然がある場所である。そのおかげで、ユナはわずかだが木々たちと会話することが出来た。

 そのユナに妊娠の兆しはまだなかった。

 結婚生活を始めてから約1年半、国民たちも議会の議員たちもユナの妊娠を待ち望んでいたが、ユナはまだその期待に応えられていなかった。

 しかしながら、ユナは子供ができないことに心の中で少し安心していた。

 結婚して約1年半が経過しても、ユナはまだラクスを愛しているかどうかがわからなかった。いつもラクスから感じられる安心感と優しさはユナの心をなごませてくれる。口付けをされても、抱きしめられても、苦痛だと思ったことはない。一緒にいてつまらないと思ったこともない。けれど、それが愛によるものかどうか、ユナにはわからなかった。

 それより、ユナは月にたった1度のルシアと2人きりで会える時間が好きだった。一緒にいられる時間は1日にも満たないが、2人は尽きることのない話題に花を咲かせていた。

 ただ、2年の時が過ぎると、かつて同い年くらいの容姿だった2人にも少しずつ変化が出てきた。ルシアの容姿は一切変化することはないが、ユナは次第に大人びていく。

 それはルシア自身も感じていることで、ルシアは自分がアクトであると次第に実感していくようになっていた。

[雨が降りそうね。]

 ユナは窓の外を見つめたまま木々たちに話しかけた。

 ユナは1人でいるとき、なるべく木々たちに声をかけるようにしている。そうすれば、木々たちも都会の中で孤立した存在だという自覚が薄くなる。

 しかし、返事が返ってくるのは2回に1回程度で、それもごく短いものが多い。ディバの森とはかなり違う。

 ユナがディバの森に行く以前の状況も似たようなものだったが、一旦ディバの森の木々と慣れ親しんでしまうと余計に落差が感じられてしまう。ディバの森は木々たちの聖域であるのだから、十分過ぎる落差があって当然なのだと頭では理解できるのだが、気持ちはなかなかついてこなかった。

【もうすぐ降り出すよ。】

 少し時間を置いてからの木々たちの返事に、ユナは少し驚いた。

 そしてその直後、雨は降り始めた。

 始めはポツポツと降っていたが、すぐに雨粒一つ一つの音が聞き取れなくなるほど強く降り出す。それは雨期の始まりを知らせる雨の特徴をよく表していた。この雨は一度降り始めるとなかなかやまない。

「雨期が始まったみたいですね。」

 今度は背後からの声にユナは驚いた。振り向くと、そこにはラクスの姿があった。

「ああ、ラクス。いつからそこに?」

「雨が降り始めた頃からです。声をかけるタイミングがつかめなかったもので。」

 ラクスはユナと一緒にいるようになってから、ユナが別の世界を持っているように感じられることがたまにあった。子供のときにもそれはあっただろうが、当時はそれを気に止めることもしなかった。話しかければいつでも返事を返してくれていたから。

 現在でも、話しかければいつでもユナは応えてくれる。しかし、少し物音をたてたくらいでは気付かないことが多い。今も、ドアを開けた音にユナは気付かなかった。

 けれど、ラクスはそのことにいつも気付かない振りをしていた。

「ユナは雨が嫌いなんですよね。」

「ええ。でも、雨の大切さは知っています。日の光がある方が何倍も好きですけれど、雨が降らなければ人も動物も生きてはいけませんから。」

 ユナは窓に手を当てたまま言った。

 そんなユナにラクスはゆっくりと近付き、ユナの頬に手を当てた。

「顔色が少しよくありませんね。気分が優れませんか?」

 ラクスはユナのちょっとした変化にもすぐに気がつく。それが愛されている証拠だと、ユナは感じる。

「そうですね……ここ最近体調が思わしくありませんから。きっと雨期のせいで気分が滅入っているのだと思います。」

 ユナは頬に当てられたラクスの手を、その上からそっと抑えて言った。ラクスの手は冷たく、触れられると気分が落ち着く。

「それならばいいのですが……明後日はルシアのところに行く日でしょう。なるべく無理をしないようにしてください。ユナはすぐ無理をしますから。」

「大丈夫です。ルシアに会いに行けなくなるほど、無理はしません。」

 ユナはラクスに笑顔を向けて、そう応えた。



 次の日、波瀾は突如として訪れた。

 ルシアが再逮捕される。

 その知らせをラクスから受けたユナは、すぐにはそれを事実として受け止められなかった。まさか、という思いがユナの中にあったからである。

 しかし、時間が経過すればそれが事実であると理解できるようになる。

 どうにかそう理解できたとき、ユナはまっすぐケルスのもとへ向かっていた。

「陛下!ルシアを再逮捕するとはどういうことですか!!」

 ユナはラクスと結婚してからは、ケルスのことを公式の場以外では”お義父さま”と呼んでいたが、今は公式の場ではないのにあえて”陛下”と呼んだ。

「ユナにも言い分があることはわかる。しかし、それはこれを読んでからにしてほしい。」

 ケルスはユナの行動をある程度予測していたので、冷静に対応した。

 そのケルスは謁見室ではなく、応接室の中でユナを待っていた。

 公務宮殿の中にある謁見室ではなく、私宮殿の一室で待つということは、あくまで非公式な話し合いであり、他の者に会話を聞かれないための配慮でもある。

 ユナは多少呆気に取られて、ケルスから封がしたままになっている細長い封筒を受け取った。封筒の表には”ユナへ”と記されている。

「これは?」

 怒りと戸惑いで我を失いかけていたユナは、呆気に取られたことでようやく少し冷静になっていた。

「兄上が……先代王ヴァリスが残した手紙だ。それが今まで見つからなかった遺言だと考えていいだろう。余に宛てた手紙もあった。内容もほぼ同じと思う。」

「これが……?」

 ユナはしっかりと封のしてある封筒をしげしげと眺めた。これが書かれたのは少なくとも7年以上前になるが、それにしては封筒が色褪せていない。

「これはどこにあったのですか?」

「図書室の特別室内にあるアクトの本に挟んであった。特別室の中でもそれほど目立たない場所に保管してあった本だったらしくてな、そのせいで今まで誰も気がつかなかった。」

「では、陛下が見つけられたのではないのですね?」

 ユナはケルスの微妙な言い回しに気付いてそう尋ねた。

 ユナの気持ちはだいぶ落ち着いてきたが、それでもケルスを”陛下”と読んでいた。それはまだルシアの再逮捕を不当な者と判断している証拠である。

「見つけたのはラクスだ。」

「ラクスが……」

 ラクスは度々図書室の特別室を訪れてはアクトの本を読んでいた。そのことはユナも知っているし、ときにはユナも一緒に特別室で本を読んでいたりもした。

「もともとその手紙は、もう少し大きな封筒に余に宛てたものと一緒に入っていたのだ。その封筒には”次期王になる者へ”と書かれていた。裏には兄上の自筆署名もあった。それだけで遺言だと判断できる材料であったために、ラクスは余の元へ持ってきたのだ。」

 ケルスはユナにラクスに対する余計な不信感を与えないために、わざわざ自分がヴァリスの遺言を手にするまでの経緯を説明した。

 ユナにもそれがわかったのでそれ以上は何も言わず、おもむろに手紙の封を切った。

 そこには確かにヴァリスの筆跡で次のような文章が記されていた。その内容はユナを驚愕させるのに十分な情報を有していた。

『ユナへ

 ユナがこれを読んでいる時代ではユナが王になっているだろうか?

 それともケルスが王になっているだろうか?

 はたしてその前にこの手紙をユナが読むことが出来ているかどうか、俺にはわからない。

 わざと見つかりにくい場所にこの遺言と同等の価値がある手紙を隠したのは、これから書く事実をユナに伝えたいとも、そうでないとも思っているからだ。

 これから俺はユナに本来王のみが知りうる事実を書く。だが、たとえユナが王になっていなくとも、ユナには伝えておきたいと考えている。

 矛盾していると思うかもしれないが、2つの答えのうち1つを選びきることの出来なかった俺は、こういう形を取ることしか出来なかった。

 これから書く事実は王族以外の者たちには決して伝えないでほしい。そして、できることなら、王族たちにも必要と思われること以外は、伝えないでほしい。


 俺とケルスの父、先代王・サスカーの行った政治のことを、ユナも話には聞いていると思う。

 父はただ国のことを考えて政治を行っていた。数々の粛正も、国民の誰からも賛同されなかったアクト排除法もまた、国のためだった。それを語るには、まず父が王になった頃のことを書かなければならない。

 父は王になるとすぐに内政の粛正を始めた。不正の取り締まり、数々の議員を辞職させたことは有名だ。国家の赤字をなくすため、隠し財産を徴収したことも。

 しかし、それらが成功した後に父がやろうとしたことを知っているのは、俺以外にいないと思う。

 父が内政の粛正に成功した後にやろうとしたことは、自然の回復だった。

 精霊たちがこの世界を去ってからの自然破壊が極端に進んでいることは、ユナも知っていると思う。だが、それを身近に感じている者は少ない。俺も父からこの話を聞くまで、気に止めることも多くなかった。

 父はそれにいち早く気付き、自然破壊を止めようとした。しかし、それでも気付くのが遅かった。人の力だけで自然を回復させることは、当時でさえ、すでに不可能になっていた。

 森林伐採をやめさせようにも材木の需要は後を絶たなく、その作業に従事している作業員たちを失業させるわけにはいかなかった。無理に止めさせれば、せっかく低下した失業率が増加し、材木の値段も跳ね上がってしまう。植林を奨励しても、限界がある。

 そこで父が考えたことは、再び精霊をこの世界に呼び戻し、自然を回復させることだった。精霊は魔法技術を持っている。木々と心を通わし、魔法を使えば自然を回復させることも不可能ではなくなる。

 しかし、それにはいくつもの問題があった。

 まず、精霊界と交信ができないという問題。

 精霊がこの世界から消えてから精霊側からこちらに接触してくることはなかったから、どうにかしてこちらから呼びかけなければならなかった。

 次に、仮に精霊への呼びかけが届いたとして、精霊が何の反応も示さないかもしれないという問題。

 最後に、もし精霊との交信が可能になり、精霊たちと話をすることができたとしても、人間界に再び精霊を解き放つことを拒否するかもしれないという問題。

 これだけの問題があっても、父は精霊との交信方法を探した。多くの問題があっても、何もしなければ問題は大きくなるばかり。父は何もしないでいることができなかった。

 そうして、父はついに精霊との交信方法を調べ当てた。約1年の歳月を費やし、ありとあらゆる過去の文献を調べた結果だった。

 だが、その方法にもまた大きな問題が残されていた。

 その方法とは、この世のどこかにいるらしい精霊の媒介を必要としないで植物と話のできる人物を捜し出し、その人物を介して精霊界と交信を持つというものだった。

 精霊の媒介を必要としないで植物と話せるということは、精霊の力に酷似している。おそらく、かつて精霊と人間の間に生まれた子孫が持つ力なのだろう。精霊は基本的に声のみで人間と関わっていたが、一部の精霊は人と似た姿で人と交流していたという。精霊と人間との婚姻の例は、精霊がこの世界にいたときは決して多くはないものの、珍しいことではなかったらしい。

 その精霊の力を引き継ぐ者には、潜在的に精霊と話せる能力がある。訓練ではどうにもならない先天的な力だ。

 精霊たちは普通の人間には理解できない言語を使うが、人間と話すこともできる。しかし、人間は精霊に合わせてもらわない限り精霊と話すことができない。つまり、精霊界にこちらから呼びかけるには、精霊の言語で呼びかけなければならない。そうしないと、精霊たちは人間の話など取り合ってはくれないからだ。

 よって、精霊の力を引き継ぐ者に協力を仰ぎ、植物に話しかけるように精霊の言語で話しかけてもらえれば、精霊との交信が可能になるのだ。』

 ユナはケルスが考えている驚愕するべき部分よりも、かなり早い段階で驚きを隠しきれないくらいに動揺した。

 幸い、ユナはそのことを口に出さなかったので、ケルスはユナがどの部分を読んで驚いたのかまではわからない。

 また、それとは別にユナの頭の中にはある一つの仮定が浮かんでいた。その仮定が正しければ、サスカーが父と母の、ヴァリスとナトの結婚に反対した理由がはっきりとすることになる。

 ユナは心臓が高鳴っていくのを感じながら、ヴァリスの手紙を読み進んでいく。

『父は不可能に近いその精霊の力を引き継ぐ者を捜した。精霊が人間界にいた頃はそこまで珍しい例ではなかったとはいえ、そのときから80年の年月が経過している。本当にそんな人物がいるのか、その子孫たちに力がそのまま継承されているのかもわからない。

 それでも父は捜し続けた。

 そして3年後、父はついに精霊の力を受け継ぐ人物を見つけた。

 どういういきさつでその人物を見つけ出すことが出来たのか、父は詳しく語らなかったが、その人物を媒介として精霊との交信が可能になったことは事実だった。

 幸運にも、精霊たちは人間との交信を拒むことなく、父は精霊の長である精霊王と話すことができた。

 父は精霊王を説得し、精霊王も父の実績を認めてある条件を飲めば人間界に再び精霊を解き放ち、自然を回復してくれると約束してくれた。

 その条件というのが、”アクトを全て破壊すること”だった。

 父がアクト排除法を制定したのは、それから3日もしないうちだった。

 父は、人間界のためにアクト排除法を制定したのだと、俺に言った。しかし、アクトを全て破壊するには大きな反発を生む。よって父は王という権力を利用し、また全ての責を自らが負うことによって、自分1人が悪人になってこの世界を救おうとした。

 このことを俺が父から聞かされたのは、アクト排除法が制定されてから11年も経過したときだった。そのとき、父は自分の死期が近いことを感じていたのかもしれない。父が死んだのは、それから2ヶ月と間を開けなかった。全てを、俺に託して父は死んだ。

 父は、この事実は王のみが知るべきことだと俺に言った。国民に知られてしまっては、政府全体が疑惑の対象となってしまうからだ。そうなれば再び国は乱れ、自然を回復するどころではなくなってしまう。


 そもそも精霊たちがなぜ人間界から姿を消したのか。

 その答えを精霊王は父に示し、父もそれを納得した上でアクト排除法を制定したのだとも言った。

 この世の中には我々人間の住む人間界と精霊たちの住む精霊界、そして神々の住む神界が存在する。それらを全て含めた一つの大きな世界には、予め決められた数だけの生命が存在しているらしい。それらの生命たちは輪廻転生を繰り返していろいろな生命に生まれ変わるが、結局その数は変わらないのだそうだ。人間界で減ってゆく植物たちも、その生命は人間や動物、または別の世界へと転生していく。アクトはその輪廻転生の理を崩してしまう存在だった。

 アクトは人間が生み出した生命だ。輪廻転生の輪の中には元々存在しない。

 アクトが誕生してから100年ほど経過した頃、精霊はアクトが輪廻転生の輪を乱していることに気付いたという。アクトが存在すると世界のバランスが崩れ、世界全体が崩壊してしまう可能性があるのだそうだ。

 精霊王は当時の王と交渉し、アクトの生産を直ちに停止することとアクトの全廃棄を求めた。しかし、王はそれを拒んだ。アクトは莫大な利益を生むからだ。形式的な理由は他にもあったが、結局は私欲のためだった。国王自身が不正に加担しているのだから、国が乱れるのも無理はない。

 そこで精霊王は最終手段に出た。アクトを全廃棄しないのであれば、人間界から全ての精霊を精霊界に戻し、人間界で魔法を使えないようにする、というものだ。さすがにこの条件であれば受け入れると精霊王は考えたらしい。

 しかし、人は既に科学技術で魔法に近い技術を手に入れていた。魔法がなくとも問題ないと王は判断し、精霊王の提案を拒んだ。そして、その交渉結果を国民に公表することすらしなかった。その結果が、ある日突然精霊が消えたという現実だった。

 その日以来、精霊は人と一切の交渉を断った。


 確かに、全ての非は人間にある。

 父はこれだけ自分を納得させた説明を俺に示すことによって、俺自身も納得するだろうと思っていたようだが、俺は納得など出来なかった。

 アクトは擬似生命体であっても、生命体であることに変わりはない。それを簡単に奪っていいはずがない。

 俺は父に、俺にも精霊王と話をさせるように頼んだが、そのときそれはすでに不可能なことになっていた。精霊界との交信に必要となる精霊の力を引き継いだ者は、かつて精霊界との交信を終了した後に死亡していたからだ。おそらく、力の使いすぎが原因だった、と父は語った。精霊界との交信を経験したものがいなかったせいで、加減がわからなかった、と。

 もう1人、そういう人物がこの世界に存在するかどうかもわからない。仮にいたとしても、捜している間にアクトが全滅してしまう可能性が高い。すでに時間が経過しすぎていた。

 ただ、俺はこのときにある一つの決心をした。

 それは、このアルキス王国の歴史を終わらせること。自分たちで誕生させたアクトの生命さえ守れない、この国の歴史を終わらせることだ。

 国を崩壊させ、再び混沌の時代の後に新しい世界を、そう考えた。

 しかし、俺1人でできることは限られている。後継ぎであるユナを殺すことも、弟であるケルスを殺すことも、甥であるラクスを殺すことも、俺には出来ない。

 だから、俺は後継ぎをユナだと言明しないままこの世を去ろうと思う。これを書いている時点で、俺の体が長くはもたないと感じる。もっと長く生きられれば別の方法も考えられただろうが、今はこれしか考えられない。

 俺が後継ぎをユナだと明言しなければ、ケルスとの王位継承問題が起こるだろう。あわよくば政府は分裂、国は混乱する。

 これを読んでいるユナは、不安定な国の女王になっているだろうか?

 それともケルスが王になっているだろうか?

 そんな結果を招いた父親を、お前はどう思うだろうか?

 もう一通、ケルスに宛てたほぼ同じ内容の手紙があるはずだ。ケルスが生きているのなら、それを渡してほしい。』

 手紙は一旦そこで終わっていた。

 便箋の下には空白が広がり、続きはないように思われた。

 しかし、ヴァリスの署名がないことが少し疑問になったユナは、もう一枚便箋をめくった。すると、それは手紙の一枚目ではなく、終わったはずの手紙の続きが記されていた。

 ユナは少し疑問を持ちながらも、それに目を走らせる。

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