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夏のホラー2020

ゴールデントレイン

 家から出てきた婦人は、重たそうにバケツを抱えている。庭にひっくり返されたバケツから、黄金色の靄が流れた。

 隣の奥さんも、向かいのおじいさんも、桶やスコップに溜めた黄金色に輝く靄を、次々と放っていく。

 街はどこもかしこも黄金色に染まっていて、薄い煙は空中を漂い、辺りを埋めつくしていた。

 そこにふいに現れた専用車が収集を開始する。そこかしこに溢れていた黄金色の靄は、みるみるうちに吸いとられていく。膨張する専用車は、まばゆい黄金に包まれていた。

 やがて専用車は、市街地の郊外へと向かう駅に到着した。専用車は一つではなかった。南から黄金色の専用車が現れ、北からも、東、西と、各地から集った。

 黄金色の靄は二つ、三つとくっついて、途方もないくらい大きくなった。

 列車へと積載された巨大な黄金の靄は、街を離れ、民家の疎らな広大な平地や山並みを運ばれる。

 小さな村の住人や、森の獣、鳥たちも、黄金色の靄が近づくと、すぐに気がついた。列車が通り過ぎると、黄金色の風がしばらく漂っていた。

 ゴールデントレインと呼ばれる黄金色の靄を運搬する列車の運転士はゴールデン運転士。特別な資格は要らないけれど、相応の覚悟がなければ任せることはできない。

 黄金色の靄に飲まれたら最後、夢にまで出てきてしまうから恐ろしい。ゴールデン運転士は、黄金色の靄を好きにはなれなかったが、切っても離せない間柄に、心を無にして業務に当たっていた。

 金色の風を撒き散らしながら、ゴールデントレインは深い山道を走る。山の緑が濃くなり、川のせせらぎが聞こえてくると、目指す木造駅舎が姿を現した。

 ホームにはゴールデン駅員が待っていた。気難しい顔を崩さずに、ゴールデン駅員は、貨物を倉庫へ導く。

 広い倉庫内にはたちまち黄金色の靄が満たされた。

 そこに専用車がやってきて、巨大な黄金の靄を、少しずつ分けて乗せ始めた。

「こりゃあいい靄だべ」

 専用車から黄金色の靄を受け取った農夫が微笑む。畑仕事をしていた仲間たちも、声高らかに靄に群がる。

 畝の尖った畑に、黄金色の靄を満遍なく撒いていくと、茶色い土壌が靄と混じり合い、見分けがつかなくなった。

 それっきり黄金色の靄は消えてしまった。

 季節が移ろい、山あいの沢にホタルが舞うころ、畑には異様な光景が広がっていた。

 金のイボが眩しいキュウリ。黄金色の引き締まったトマト。その他にもあらゆる野菜が金色に染まっていた。

「うん、豊作だべ」

「うまそうなキュウリだな。色が濃い緑だな」

「見てみトマトも真っ赤だい」

 金色に輝く野菜たちは、農夫の目には映らないようで、倉庫に集められたときでさえ、ゴールデン駅員にも気づかれていない。

 貨物列車に乗せられた野菜は、やがて市街地へと到着する。スーパーに陳列された野菜を、婦人が買いに来た。隣の奥さんも、向かいのおじいさんもこぞって求めた。

 誰も金色の輝きを忘れてしまった。

 食卓に並んだサラダを家族がつつく。


金色A「やや、また戻ってきてしまった」

 懐かしい駅の感触に、金色たちは潜めていた顔を露にした。

金色B「前回は少し離れた駅だった」

金色A「そろそろ違う駅にも止まりたいなあ。やられてしまった仲間もいるし」

 悲しむ金色Aに、金色Bはポケットからロール状の紐を取り出した。それを二つに分けて、片方を渡す。

金色A「ありがとう、じゃあこちらも」

 ポケットから同じように紐を半分にして金色Bと交換する。

金色B「これで我らは安泰だ」


 家族が寝静まった夜。婦人は目が覚めた。まだ夜半過ぎ、起きる時刻ではない。再び睡魔が襲った婦人は、間もなく寝息をたてる。

「おいお前、どうしたんだ」

 翌朝旦那が声をかけた。

「どうしたって、何ですか、あなた」

 怪訝な顔をする婦人に向けて旦那が指を指す。

 婦人はおしりを掻いていた。

「あら、わたしったら」

 慌てて後ろ手に隠した婦人の指先は金色に輝いていた。

 朝食のご飯にも、味噌汁にも、金色の靄が薄い膜をはっている。しかし息子も娘も黄金色の靄に構わずペロリと平らげてしまった。

 家族が仕事と学校に向かった後で、残された婦人は、バケツの中を覗く。

「黄金色の靄が溜まってきたわ」

 ようやく婦人は黄金色の存在を認めた。


 そして長い時が流れた。

金色X「酷い世の中になったものだ」

金色Y「ゴールデントレインがなくなったものな」

金色X「それだけじゃないさ、なんでもかんでもきれいにしやがって。次の駅に移ることができなかった仲間たちを思うと、ああ、涙が出る」

金色Z「そう悲観するな、海外の仲間が活躍するかも知れないぞ」

 項垂れていた金色Xと金色Yが一斉に顔を上げる。

金色X、金色Y「それは本当か」

金色Z「ああ、途上国はゴールデンに溢れているからな」


 ゴールデンエアプレーンに運ばれた黄金色の野菜は、スーパーや、ファミレス、居酒屋で扱われている。

 普通の野菜だと信じて疑わず、

「美味しいね、これ」

 舌鼓を打つ彼や彼女のおしりには、今日もゴールデンがついている。誰にも知られずにひっそりと宿るゴールデンは互いの螺旋を交換して。(了)


有性生殖で変異したら怖いけど、そうでなければ大したことない



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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴールデンとは…。金色のゲシュタルト崩壊です笑 迫りくる脅威にきづけないのは恐ろしいですね…。 おもしろかったです。
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