童心は大切だけど度が過ぎると困りものだね
ガタゴト、ガタゴト。
現在俺たちクラインベック家は王都へと向かっている。
第一王子の6歳のお披露目会が王城で行われるそうで、先日招待状が届いた。
馬車に乗って移動している訳だが、あまり揺れたりお尻が痛くなるなんてこともなく快適だった。
なんか馬車にそういう偏見を持ってたんだけど、この世界は技術力も高いらしい。
勿論野営をするなんてこともなかった。
途中にある町の宿屋のベッドで眠りましたとも。
でもちょっとキャンプみたいで楽しそうだし、野営に憧れている。
今度イーナとやってみようかな。
そうして数日間の馬車での旅は終わりを迎え、王都にあるクラインベック家の屋敷の前まで来ていた。
流石にクラインベック領の屋敷の方がでかいが、こっちもかなりの大きさだ。
だがこんなに立派な屋敷なのに、現在ここには誰も住んでいない。
俺と両親はクラインベック領に住んでるし、兄は王都にいるが学園が全寮制のためそちらにいるらしい。
もったいないなあ、と感じるが王都に用事があるときに使う別荘のようなものらしい。
それに父は年に何回かは王都に用事があるようなので、全く使われていないということはないそうだ。
「ふぅー」
自覚はなかったけど、初めての馬車旅で疲れが溜まっていたのか、ベッドへダイブすると眠気が襲ってきてあっという間に眠ってしまった。
そしていつの間にか夕食の時間になり、イーナが起こしてくれた。
食堂へ行くと見知らぬ少年が席に座り、両親と会話していた。
誰だ?と見ていると向こうもこちらに気づいたのか、笑顔でこちらへ駆け寄ってきた。
なんだなんだ!?と身構えているうちに彼は俺の目の前まできて、目線を合わすためか片膝を床につけ、肩の上に手をぽんと乗せてこちらを見てきた。
目がキラキラと輝き、笑顔の表情からは嬉しそうにしていることが伺える。
「良かった。本当に回復したんだね」
と、ここで漸く彼の正体を察した。
深い青色の髪に、瞳は翡翠色。彼はーー
「久しぶり…と、記憶がないんだったね。はじめまして、かな?イルメラ。また会えてお兄ちゃんは嬉しいよ」
兄のカールだった。
俺にはカールの記憶がなかったので実質初対面となる訳だが、身体が覚えていたのかカールが兄であるとすんなり受け入れることが出来た。
カールが俺のことを大事に思ってくれていることが分かり、俺も嬉しいしなんだか安心する。
きっとカールは以前からよくこうしてイルメラの面倒を見ていたのだろう。
それはそれとして。
兄ではあるけど、このイケメンチート野郎を見てたら悪戯してやりたくなってくる。
決して男としての醜い嫉妬なんかじゃないからな!ないんだったらないんだからな!
「うん」
とは言え純粋に妹の心配をしている兄という構図だ。
ここで彼を払い除けたりしてしまうのは、流石に可愛そうだ。
なので素っ気なくするくらいに留めた。
短く返事をしカールを避けて席につく。
カールの様子をチラッと見てみると、彼は爽やかな笑みを浮かべ自分の席へ戻っていった。
この程度では痛痒を与えることはできないようだ。
対抗意識を燃やしていると、全員揃ったのを確認した父が口を開く。
「カール、久しぶりに会えて嬉しいのは分かるが、今は先に夕食にしよう」
「そうですね、後でいっぱいお話ししようと思います」
ヒェッ!
コミュ障相手にいっぱいお話しとか、さてはこいつコミュ障に理解がないタイプの陽キャだな?
絶対逃げてやる。
そう決心したところで、夕食が終始無言で行われるわけもなく、会話の話題は俺についてになっていた。
記憶を失ったこととか、明後日行われる第一王子のお披露目会に着ていくドレスのこととか、この家族イルメラのこと好きすぎだろ。
ありがたいけどさ。
そんな感じで夕食は楽しい雰囲気のまま終わり、部屋に戻ってきた。
そしてお風呂を済ませ、ベッドに座り寛いでいると時刻は20時となった。
寝るにはまだ早いし、かと言って特にやることもない。
どうしよっかなーと思っていると、突然ドアがノックされた。
誰だろうか?と思いつつもドアを開けると、現れたのは我が兄ことカールであった。
うげっ。
まさか本当に「いっぱいお話し」しに来たのか?
さっきいっぱいお話ししたじゃんか!
9割以上俺が聞き役に回ってたけど。
「?…ああ、安心して。別に積もり積もった話しをしようとかじゃないからね。記憶をなくしたイルメラはあまり会話が好きでは…というよりも苦手みたいだからね」
おお。
なんだこの兄は。
俺のことをよく分かっているじゃないか。
あの夕食の時だけでここまで見抜くとは、流石イケメンチート野郎だ。
というか俺ってそんな露骨な表情をしていたのだろうか。気を付けねば。
だが、話しをしに来たのではないとしたら、一体何の用だろうか?
「久しぶりに会えたからイルメラと一緒に居たいだけさ。…ダメかな?」
……っ!
顔に熱が集まって行くのが分かる。
美形に、しかもある程度心を許している人に至近距離でそんなことを言われると、男女関係なく照れてしまうのは当たり前で。
例に漏れず俺の顔は耳まで真っ赤に染まっていく。
なんだこいつ!実の妹を口説きに来たのか!?
あわあわしていて否定しない俺を見て肯定と取ったのか、カールは部屋へ入ってきた。
ぎゃあああああ!
どうしよう!俺どうすればいいんだ!?
「どうしたの?そんなところに立ってないでこっちへおいで」
なんでカールはあんなこと言っといて平然としていられるんだ?
まさか日常的に女性たちをさっきみたいに口説いてるのだろうか?
だとしたら許せん!
女の敵め!俺が成敗してくれる!(混乱)
「てい」
「?」
とりあえず近くにあった犬のぬいぐるみの尻尾でベシッと一発。
そして猫のぬいぐるみの腕を掴み、そこでテシテシとカールのお腹に猫パンチを打ち込んでいく。
どうだ。参ったか!
「あの、イルメラ?…うーん、ぬいぐるみで遊びたいのかな….よし、じゃあ私はこのクマのぬいぐるみにーー」
「っ!ダメ!」
カールが大きめのクマのぬいぐるみを手に取ろうとしたとき、身体が反射的に動いてそのぬいぐるみを奪うように取った。
このぬいぐるみはお気に入りで、わざわざ王都まで持ってきたものだ。
ーーちなみに他のぬいぐるみはこの王都の屋敷に初めから置いてあった。
そんなお気に入りを取ろうとしたカールを無意識のうちに睨んでしまった。
「ごめん、その子をよっぽど大事にしてるんだね。知らなかったとはいえ勝手に触ろうとしてしまったのは私が悪かった。どうか許してほしい」
「んー」
カールは悪いことなんてしてないのに、すごく申し訳なさそうにしている。
それを見て冷静になった俺は、なぜあんな子供じみたことをしてしまったのか考えていた。
精神が身体に引っ張られているのだろうか?
ぬいぐるみを抱いてないと眠れないのもそれが原因だろう。
そうに違いない。
むしろそうでなければ困る。
前世にそんな趣味はなかったのだから。
色々考え悩んでいると、つい唸ってしまっていた。
「…本当にごめん。もうぬいぐるみには触らないよ。今日はもう寝るね。おやすみ、イルメラ」
それをどう取ったのか、カールはしょんぼりしながら部屋を出て行こうとする。
元々あの女ったらしにお灸を据えてやろうとしていたのだ。
このくらいで丁度いいだろう。
「…」
それに人の部屋にまで勝手に押しかけて来たのは向こうなんだし、一刻も早くお帰り願いたいところだったんだ。
「…」
だが、カールの後ろ姿を見てると胸がチクリとする。
カールが悪くないのは分かっている。
部屋に来たのだって久しぶりに会う妹と一緒に遊びたかっただけなのだろう。
ぬいぐるみに触ろうとしたのだって、俺がカールをぬいぐるみで叩いていたから、イルメラがぬいぐるみで遊びたがっていると思ったのだろう。
全部分かっている。
でも俺はコミュ障で話しかけるのは苦手できっと上手く伝えられない。
どうせ無理ならやらなくたって良いじゃないか。
そのとき、ふと父が話してくれたことを思い出した。
『カールも心配していて毎日手紙を送ってきていたぞ。お前からも手紙を送ってやるといい』
そうだ、カールはずっとイルメラのことを心配してくれていたんだ。
それに比べて俺はカールへどれだけ手紙を書いただろうか?
答えはすぐに出た。
一通も書いていない。
こんなにイルメラを思ってくれているのに、俺は何も返せていなかった。
そう思うと身体は自然に動いていた。
「っ!イルメラ?どうしたんだい?…ぬいぐるみには触ってなーー」
「ん」
去ろうとするカールを追いかけ、後ろから抱きついて歩みを止めさせる。
そして、お気に入りのクマのぬいぐるみを兄に差し出した。
「これは…私に?」
「そう、触っていい」
すると兄は目を潤ませながらクマのぬいぐるみを受け取り、大事そうに抱えた。
「ありがとう。嫌われてしまったのかと思ったよ」
そう泣きそうに絞り出すような声で言った。
仲の良かった妹がある日突然倒れて、余命宣告までされて一週間も目を覚まさず、目覚めたと思ったら記憶喪失になり自分との思い出を失っており、また一緒に遊ぼうとしたら嫌われてしまう。
カールからしたら泣きたくもなるだろう。
しょうがないから今日はいっぱい遊んであげよう。
以前のイルメラとどういう遊びをしていたのか知らないが、とりあえずぬいぐるみ遊びでいいだろう。
別に遊べるのは今日だけというわけじゃない。
思い出を作ることはまだまだ沢山できるのだから。
「こっち。早く遊ぼ」
「ああ、そうだね。何をして遊ぼうか?」
カールの袖を引いて部屋の中へ連れ戻す。
それから二人で沢山遊んで、寝るときも一緒に寝たのだった。
イケメンチートシスコンお兄様。
盛りすぎな気がするが、このくらい普通だと思う自分もいる。感覚がバグってる証拠。
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