お腹が減ったらすることは決まってるよね
書けたので投稿します。
「うー、あー、んー」
ベッドにうつ伏せに寝転がり、足をバタバタさせる。
特に楽しいという訳ではないがなんだかやめられない。
なんだろう。これが俺のリラックス方法だとでもいうのだろうか。
疲れた。
現在は午後の2時過ぎ、もう少しで3時になる頃だ。
さっきまで言葉遣いの稽古をしていた。
ここのところ毎日淑女教育とかで作法やら歩き方やら、他にもたくさんやらされている。
もーまじかんべん。
何故異世界に来てまで淑女にならねばいけないのか。
とはいえ拒否はできない。
以前、母に抗議したところ無言の笑顔で威圧されて、危うく更に時間を増やされるところだった。
ただ、これら全部が全部嫌いなわけではない。
中には楽しいものもある。
その中で最も好きなのが、ダンスの練習だ。
ダンスと言っても激しいものではないし、社交ダンスみたいなお貴族様がよくやってるやつだな。
最初はあまり上手に出来なかったけど、ダンスの先生の教え方が上手ですぐに上達できた。
体力はそれなりに使うが、クルクル回ったときに髪とスカートがフワッと広がる感じがいいんだよね。
ダンスの先生も踊っている俺に見惚れていた。
言葉遣いの先生も見習って欲しいね。
最初の授業で一人称を『俺』って言ってしまってからは、少しでも男っぽい口調で喋ると鬼のような形相で見てくるのだ。
すっかり強制されて喋るときは一人称を『私』に自然と使えるようになった。
いい加減にしてくれないと、そろそろこっちもちびりそう。
とまあ習い事の話はここまでにして。
いつも終わった後はイーナがお茶を入れに来てくれるのに今日は来ない。
そろそろお腹減ってきたな。
「…」
いや、ただお茶の準備に時間がかかっているだけだろう。
もうすぐ来るはずだ。
「…」
もう来るぞ。あと5秒後に来るぞ。
はい、4、3、2、1、0!
「…」
来ない。
「しょうがないなあ、私の方から出向いて進ぜようぞ」
そう言ってベッドから素早く起き上がり、そそくさと部屋を出ていった。
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sideイーナ
私は今、今日の習い事を終えたであろうお嬢様のためにお茶と一緒に出すお菓子を作っていた。
別にお菓子は屋敷に買い置きされているものがあるのだが、先日お嬢様に私がお菓子作りが趣味であることを話すと、「そう…なの?食べたい」と仰ってくださった。
これはもう作るしかないじゃないですか。
だが、オーブンが不調だったみたいでさっきまで修理をしていたせいで、焼き上がるのにはもう少しだけかかる。
今のうちに洗い物を済ませてしまおう。
(お嬢様に一声かけておけば良かったかな…)
使った道具などを洗いながらそう思ったところで、視界端に一瞬だけ白い影がチラッと見えた。
これは…
顔は動かさず目だけをちらと向けて見ると、そこには隠れているつもりなのか、テーブルから白い頭をピョコと出してこちらを覗いている琥珀色の双眸。
お嬢様だ。
最近よくこうやって私の様子を窺ってくる。
最初の頃は白い影がこちらを覗いているのを見るとびっくりしたが、最近は微笑ましい気持ちになる。
お嬢様の記憶がなくなる前は、どことなくこういったこととは無縁な感じがしていたが、今では年相応なことをして楽しんでおられるようだ。
(あ、そうだわ。お茶が遅れてしまったこと、お嬢様に謝らないと)
と、そこでお茶の時間に間に合わなかったことを詫びようとお嬢様の方を向くと、バッ!と凄い勢いでちらと出ていた白い頭が引っ込んだ。
(か わ い い !)
天使や妖精のようなあの見た目で行動が小動物みたいって。
すき。
元々可愛いものは好きで色々と見てきたが、お嬢様より可愛いものは見たことがないし今後見ることもないだろう。
お嬢様は世界一可愛いと断言できる。
そんなお嬢様にお仕えできて私は幸せでした。
もう、鼻血が出そう。まだ十代半ばだというのに、鼻血なんて出してしまったら嫁の貰い手が居なくなると母や家族が嘆くだろう。
だが私はそれでも良い!
お嬢様のそばに居られるなら!
でもきっとお嬢様も自分を見られて鼻血を出す人に近寄ろうとは思わないだろう。
もしかすると専属メイドの立場を失うかもしれない。
そんな恐怖から必死で鼻血を我慢する。
私の様子を見て何かを察したのか、心配するような目をこちらに向けてくれるお嬢様。
多分お嬢様は全然違う方向に察していて、もはや察せていない。
こんな私の内心など知らないのだろう。純粋に心配してくれていると、こちらを見るその目が物語っている。
しかもまたテーブルから頭を出してこっそりと。
どれだけ私を悶えさせれば気が済むのか、このお嬢様は!
狙ってやっているのか?もしかして、私の心を弄び楽しんでいるのではないだろうか。私の心はすでにお嬢様によって陥落される寸前だ。「もうアウトじゃない?」と言ってくるもう一人の私がいるが聞かなかったことにする。
気を紛らわすため、五感を全て洗い物に集中させる。
すると丁度私の真正面にあるテーブルまでその白い影は移動してきた。
どうしても、視界にチラチラと入ってくる。
(ダメよ、イーナ!そっちを気にしてはダメ!)
そう思ってもどうしても意識がそちらに移ってしまう。
すると、急にお嬢様が二匹のクマとネコのぬいぐるみをテーブルの上に置いて遊び出した。
(部屋の外にまで持ってくるなんて、よっぽどお気に入りなのかしら?)
年相応の遊びをするお嬢様も最高に可愛い。
何をして遊んでいるのだろうか。
(二匹いるってことはおままごとかし…ら…っ!?)
誘惑に負けてチラリとそちらを向いた瞬間、我が目を疑った。
そこでは弱肉強食の世界が繰り広げられていた。
うつ伏せに倒れ伏したネコ。
それに馬乗りになるクマ。
更にクマはネコの顎を下から持ち上げ、これでもかと海老反りにさせている。
(やめて!このままじゃあのネコさんがやられちゃう!誰か!誰でもいいからあの子を助けてあげて!)
そこにどこからともなく現れるライオン。
突然現れたライオンに警戒してネコを離すクマ。
両者の睨み合いが続き誰もが息を呑む中、先に動いたのはクマだった。
「うがー」(cv.イルメラ)
猛然と突っ込んで行くその威容には並みのものでは手も足も出ないだろうことが容易に察せる。
しかし、ライオンの方もまた並みのものではなかった。
「がおー」(cv.イルメラ)
流石、百獣の王と呼ばれるだけはあり、その天を衝くような咆哮はクマを一瞬怯ませた。
だがライオンにはその一瞬で十分だったようだ。
その鋭い爪と豪腕でクマを殴り飛ばし、クマはどこかへ飛んでいった。
そして、ネコの元へ向かうライオン。
ここからこの二人の恋が始まるのだろうか。
危機に駆けつけてくれた相手に一目惚れをしてしまうネコ。
気まぐれで助けたがだんだんと興味を持ち始めやがて好きだと自覚するライオン。
なんて甘酸っぱい物語だろう。
(お嬢様ったらどこでそういう知識をつけたのかしら?将来は作家になるのかもしれないわ)
やがてライオンとネコはお互いに顔を近づけていく。
そして距離がゼロになる瞬間。
(ああ!いけませんお嬢様!それ以上は!それ以上わああ!)
ガブっとライオンがネコの頭にかぶりついた。
(…え?)
そして、ポイとテーブルの上に投げられるネコとライオン。
「飽きた」
(…ええ…)
ぬいぐるみ遊びに飽きたらしいお嬢様は、ぐでーっとテーブルに突っ伏しもう隠れる気もないらしい。
「イーナ、お茶、しよ?」
そうイルメラが言った直後、狙ったかのようにチンッ!っとセットしておいたタイマーが鳴った。
丁度お菓子が焼き上がったようだ。
「はい。お菓子もたった今焼き上がりましたからすぐに準備いたしますね!」
「うん!」
それから二人はイーナの手作りお菓子とお茶を楽しんだのだった。
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