ささやかな知らせをあなたに
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老舗喫茶店『クラシカル』で、哲はロイヤルミルクティーを飲んでいた。窓際の席で外を眺めながら、人を待つ。
ブラウンで統一された店の内装。シックな調度品。有線で流れるクラシックとジャズ。カウンターから漂ってくるコーヒーの香り。
きつい目をしたウェイトレスが、いたたまれないようすの皐月を席までつれてくる。官僚御用達の高級喫茶店に、パーカーとスキニーといった私服で来た皐月が引け目を感じるのは、致し方ないことだった。
皐月は哲の正面に座り、カプチーノをオーダーした。ウェイトレスが立ち去るのを見届けて、口を開く。
「それで、今日はなんのご用ですか? 」
哲はティーカップをソーサーに置いた。
「瑠璃の代わりに、仕事を頼もうと思って」
皐月が以前提示した、瑠璃を現場に出さないという条件を、哲は律義に守ろうとしている。
皐月は緊張した面持ちで哲を見据える。皐月にとっては、これが正式な三美神の部下としての初仕事だ。
「どういった事件、なんですか……?」
「さあ?」
哲は首をかしげる。
「俺もまだ聞かされてないし」
皐月も同じように首をかしげた。
「それは……えっと、どういう……」
「そのままの意味だ。処刑管理課に呼び出されて、仕事を受けろと言われた。それ以外は何も聞かされてない」
皐月はただただ目をぱちくりとさせていた。
状況が理解できていないのは、悲しいことに哲も一緒だ。
「少し、めんどくさいことになっててな」
哲がそう前置きするのだ。皐月は真剣な表情で話を聞く。
「わかっているのはお偉いさんからの依頼ということだけだ」
「それは、どこのどなたのことなんですか?」
「教えてもらっていない。……でもまぁ、おおよそ見当はついてる」
皐月の顔が不安に染まる。おそるおそるといったようすで、口を開いた。
「……引き受けるんですか? 」
「俺の予想通りの相手なら引き受けざるを得ない」
依頼人の正体なんて、皐月にわかるはずもない。三美神に命令できる人物がいることすら信じられないだろう。
どんな組織だろうと、どんな権力者だろうと、三美神は媚びを売らないし、無理に仕事を受けることもない。
皐月は口元に、握りこぶしを当てて考え込んでいた。
哲はそんな皐月を見据え、腕を組む。
「だが……依頼人が依頼人だ。絶対にろくなことじゃない」
ウェイトレスがカプチーノを運び、皐月の前に置いた。伝票を置いて、すぐに離れていく。
皐月は、カップを持ち上げ、湯気が立つカプチーノをすすった。ミルクの混ざったエスプレッソの匂いが、哲のもとにまで漂ってくる。
「先方が女性、ということはわかっていてな」
顔を上げた皐月の口元には、白いひげができていた。気付いたのか、皐月はぺろりとなめとる。
「そのお方は瑠璃を指名していたが、皐月との約束があるからな。皐月を連れて行くようにした」
「あの、でも、それって……大丈夫なんですか? その方は女性だから、同じ女性である瑠璃ちゃんを指名してるんですよね?」
皐月はためらいがちに言う。女性が女性を指名する事情について、十分想像できた。
「今のところは、瑠璃がいなくても大丈夫だと判断した。おそらく先方から小言の一つは言われるだろうな」
「必ずしも女性の手がいるような案件ではない、と? 」
「断言はできない。依頼の詳細はまだわからないからな。ただ、今回は処刑管理課から刑事が二人同行する。一人は女性だから、女性の手がいるような状況になっても大丈夫だと判断したんだ」
皐月はカプチーノをすする。
簡単に説明した哲ですら、どのような依頼か予想ができない。何も聞かされていない以上は理解しようもない。皐月に詳しく話すこともできず、もどかしさを感じた。
「そこまで大ごとにはならないだろうし、誰かを殺すような依頼でもないはずだ」
処刑管理課の刑事が二人も同行するのだ。依頼人は相当地位のある人物ということになる。
そんな人物が内密で三美神に頼んでいるのだ。皐月の不安をかきたててしまうのは当然のことだろう。
「動くのは俺と処刑管理課の人間のみ。和也と健一は同行しない。おまえがついてきてくれるなら、瑠璃には連絡もしない」
「……わかりました」
哲はため息をついて、ロイヤルミルクティーに口を付ける。
「そういえば……瑠璃にはちゃんと伝えてるのか?」
皐月はきょとんとした表情を浮かべる。
「俺が、三美神と一緒に活動するようになったこと、ですか? 」
哲はうなずいた。皐月は上を見つめ、何かを思い出すように言う。
「一応伝えてます。ネットニュースで見て知ってたみたいですけど。怒ってました、だいぶ」
「ああいう誤報は、皐月にとって危険しかないからな」
「はい。そう言ってました」
皐月は柔らかくほほ笑んで、カプチーノに口をつける。
おそらく、瑠璃が怒っていたのには他の理由もあるはずだ。
三美神とともに活動するということは、戦争で最前線に向かうようなもの。技術も経験も乏しい皐月は、自ら死にに行くようなものだった。本気で仕事に向き合っている瑠璃にとっては、その状況が腹立たしくて仕方ないだろう。
皐月はぽつりと声を漏らす。
「……俺が瑠璃ちゃんの代わりとして活動することは、言ってません」
「それが正解だな。絶対に言わないほうがいい」
実力もないくせに、瑠璃から仕事を奪っているようなものだからだ。瑠璃の生きがいとすら言える仕事だ。最悪、憎まれることになりかねない。
もちろん、いつまでもこんなことが続くとは思えなかった。この状況に気付いて、哲に直接どういうことなのか尋ねてくることも考えられる。
哲はロイヤルミルクティーに口を付けた。生ぬるくなった液体が喉に流れ込んでいく。
二人の間に流れる沈黙。皐月は哲に対して気まずさを感じているかもしれないが、どう接すればいいのかわからないのは哲も一緒だった。




