けたはずれな困惑をあなたに 1
「話には聞いていたんです。西園寺様は警視庁に来られると、機嫌が悪くなる、って」
ハツラツとした明るい声が、警視庁処刑管理課の応接間に響きわたる。
「本当だったみたいですね。申し訳ございません、急にお呼びして。どうしてもお会いしたかったものですから」
哲はソファの背もたれに身を預けた。組んだ腕とひそめた眉からは、機嫌の悪さがにじみ出ている。目の前の人物に冷酷な視線を向けた。
「ご挨拶もできていませんでしたしね。今年度から配属されました、兎丸秋一です」
哲の正面に座る秋一はにっこりと笑う。
まるで少年のような体格だ。白いスーツ姿に身を包んでいるが、無理してかっこつけている印象でしかない。にこにことほほ笑んでいるのが普段の表情のようで、その目は常に細められている。腹の内は読めそうにない。
座高から判断して、おそらく身長は低いだろう。隣に座っている女性と比べると、その幼さがひどく際立っていた。
「神崎凛子です。よろしくお願いいたします」
パンツスーツ姿の凛子が深々と頭を下げる。凛子は秋一と違って、表情をあまり出そうとしない。きっちりと後ろで結びあげられた髪に、彼女の生真面目さが表れていた。
秋一のふぬけた声が、哲に向けられる。
「あ~……嬉しいなぁ。まさかあの西園寺哲を生で見られるなんて~」
ずいぶんと嬉しそうにはにかんでいる。哲を前にして、緊張感のない顔だった。
「ずっとここで働くことを夢見てたんですよ~。子どものころから三美神に憧れてて。特に西園寺様は別格です。品がよく、スマートながら屈強で、見目麗しくて……。そんな方が今目の前にいるだなんて……」
秋一のことなどそっちのけで、哲は顔を横に向けた。
応接間は部署の隣に面している。スチールガラスの間仕切りに隔てられ、デスクのようすがよく見えた。
部屋にいる捜査員たちは静かに座っており、特別忙しいようすはない。
秋一のふわふわとした声が、哲の耳をきれいに通り抜けていく。
「ああ、ほんとうに……夢がかなったんだ……」
「鶴見警視なら警察庁に呼び出されたとかで、今日は席を外しています」
秋一の声に凛子の声がかぶさった。哲は二人に顔を向ける。少なくとも凛子のほうは話が通じそうだ。
凛子の言う鶴見東悟警視は、処刑管理課の課長だ。彼の部下が自分を呼び出してきたことに、哲は文句の一つくらいは言ってやりたいところだった。実にタイミングの悪い男だ。
哲は視線を秋一に向け、口を開く。
「御託はいい。用を話せ。わざわざここへ呼び出した理由があるんだろう」
「ないって言ったら、怒ります?」
冷たい沈黙が、場を支配していく。秋一は特に気にするそぶりを見せず、笑った。
「冗談ですよ。もちろん、お仕事の話をしたかったんです」
哲はくすりとも笑わない。早く用件を聞いて帰りたかった。
秋一は思い出すように上を見ながら、のん気な声を出す。
「実はですねぇ。今回は警察からではないんですよ~。さるお方からの直々の依頼でして~」
「さるお方? 」
「それはこれ、なんです」
秋一はほほ笑んで、人差し指を口に当てる。細い目を見開き、哲の顔を捕らえていた。
「直々に、三美神にお願いしたいと、処刑管理課に圧力がかかりまして」
「圧力、ね」
一介のキャリア刑事が、そんな言葉を簡単に使うとは。
哲は口角を上げる。
「なるほど。東悟が警察庁に出向いてるのも、その関係か」
二人はうなずく。秋一は平然と述べた。
「僕たちも詳しい話を聞いたわけではありませんが、三美神に直々に頼むようなことだと思えないんですよ。警察すら、出てこないような案件だと思うんですが」
「……君たちは、どんな依頼かを聞かされているのか? 」
「もちろんです。まだお教えすることはできないんですけど」
哲は眉をひそめる。秋一は続けた。
「依頼を受けると決めてから、直接話を聞きにくるように、と先方は申しています」
秋一はにっこりと、明るい笑みを浮かべる。
「どうです? 僕たちと一緒に、直接話を聞きにうかがいませんか?」
処刑管理課に圧力がかけられ、哲がわざわざ警視庁に呼び出されるほどだ。秋一は大ごとではないと言ったが、きっとろくな依頼ではないだろう。
「まるで、三美神が断らない、みたいな言い方をするんだな。依頼人はよほど自分の立場に自信があるんだろう」
低い、堂々とした声が、静かに響く。
「依頼人が誰かも教えられない、今の時点で依頼の話もできない。でも、三美神が依頼を受けるよう決意して、直接話を聞きに来い、と」
「そういうことですねぇ」
秋一は軽々と言い返す。
哲はとにかく気に入らなかった。今の状況すべてに不快感を覚える。
わざわざ警視庁に呼び出されたことも。
よくわからない依頼の話をされたことも。
そうやって三美神を利用できると思っている依頼人の存在も。
「そのさるお方がどのお方かは存じ上げないが、何も詳細がわからないんじゃ、興味も湧かない。お断りさせていただこう」
体の重心を前に移し、立ち上がろうとした。
「御冗談を」
哲の体がぴたりと止まる。
秋一を見ると、妖しい笑みを浮かべながら、ねっとりとした視線をよこしていた。




