人の失敗をにこりと赦す
「どうぞお許しください、西園寺様。責任は記事を書いた記者にちゃんと負わせます。しかるべき処置を与えますので、どうかそれで穏便に……」
哲はほほ笑み、穏やかな声を出した。
「そうそう。そのことなんですけどね」
編集長は顔を上げ、おびえる目で哲を見る。
「……注意程度でおとがめなし。部署移動も謹慎もなし。でいかがでしょう? もちろん、編集長への責任追及もなしで」
「は? 」
編集長は青白い顔で、必至に首を振る。
「……いえ、そういうわけにはいきませんよ! 」
ここまでのことをやらかして、直接ここに来るほど怒っているというのに、何も罰を所望しないとは。当然、裏があるのだろう。
「小森には三美神関連のものはもう扱わせることはできません! 記者生命を絶たれてもおかしくないことをしてるんです! それを、何もおとがめなしだなんて……」
編集長の言葉が何も刺さっていないのか、哲はほほ笑んだままだ。顎をなでながら、言う。
「三美神を怒らせて辞めさせられたやつ、より、上司に土下座させたくせに何もおとがめなしのやつ、のほうが居心地悪くなるかなって、思ったんです」
言葉尻に隠された意地の悪さに、編集長の背筋がぞくりと震えた。三美神は、簡単に敵に回していい相手ではないことを実感する。
「し、しかしそれではあの記者をますます調子にのせることになります。せめて異動ほどの処罰は必要かと」
「それで調子に乗るようなら、それでいいんです。そちらが爆弾を抱えたままの状態になるだけですから」
哲は満足げに言い放つ。
「たとえ彼女がどんな行動をしようと、たとえ彼女自身が自分を追い込むことになったとしても、たとえ彼女がこの会社にどのような被害を持ち込もうと、我々はいっさい関与しない。そして我々は、彼女を罰することを認めない」
再び、編集長の体が震えだす。
過去にこの出版社がどのような失敗をし、その結果どういうことになったか。哲はわざわざ掘り返すようなことは言わない。そんなことをせずとも、この会社に長いこといる編集長なら、この程度の注意で十分だ。
「……長居してしまいましたね。伝えたいことはちゃんと伝えたので。帰ります。時間を作ってくれてありがとう」
ゆっくりと、品よく立ち上がる。まるで蛇ににらまれたカエルのように動けない編集長に、すっぱりと言い放った。
「見送りは結構です。面倒なので。今後も良い記事、期待しています」
編集長をその場に残し、哲は会議室を出た。真っ先にゆきを見つめて、歩み寄る。他人行儀の笑みを浮かべて、言った。
「あの記事について、ちゃんと確認を取れていなかったこと、編集長に謝罪していただきました」
「あ……」
ゆきの顔は青ざめ、周りはどよめいた。
「面白いくらいに土下座してくださるんですよ。私だってクレームをつけたくはありませんが、あんなデマを堂々と掲載されてしまっては、不快なので」
はじめてゆきはとんでもないことをしてしまったのだと悟る。緻密に調べるべきだったのだ。ちゃんと裏を取るべきだったのだ。後悔しても、もう遅い。
「よかったですね。あなたの代わりに、編集長が頭を下げてくれて」
ふと、哲の顔から笑みが消えた。目つきも声色も、人一倍冷たいものになる。
「次は、ないからな」
ゆきの腰が抜けた。その場に座り込む。足が震えて立ち上がれない。
そんなゆきを一瞥することもなく、哲はその場を後にした。
和也がいたら、あの女性記者をそれこそ惨殺していたかもしれないな、と。恐ろしいことを簡単に想像しながら。




