人の身を勝手に案ずる
哲は眉をひそめた。当然だろう。
長い間一緒にやってきた瑠璃と、今から一緒にやっていく皐月とでは、その実力も経験も雲泥の差だ。
哲はいぶかし気に尋ねる。
「それを、瑠璃自身が嫌がるとは思わないのか?」
哲の質問に、皐月は答えられないまま目を伏せる。
瑠璃はこの仕事を肯定的に捉えている。自分から事件に携わろうとする口だ。瑠璃本人を説得して、行かないように伝えても、決して聞き入れないことはわかっていた。
「俺が瑠璃を呼び出さなくなったら、当然、瑠璃が現場に出る機会は少なくなる。危険な目にあうことも少なくはなるだろうさ」
厳しく、しっかりとした口調だ。皐月を見つめるその瞳は真剣だった。
「そのぶん、本来瑠璃がやるべき仕事を皐月が奪うことになる。これからの経験を奪うことになる。経験で培うべき技術も直感も、全部奪うんだ。瑠璃から奪った分だけ、おまえは瑠璃を守らなければいけない。その提案をしたのはおまえだからな」
三美神と行動するのをやめたからといって、殺人鬼から顔を忘れられることはない。むしろ活躍した話を聞かなければ、ここぞとばかりに狙われる。はたして活動をひかえている瑠璃が、突然の襲撃に対応できるかどうか。
「それは覚悟してるんだろうな? まさかただの同情で言ってるわけでもないだろう? 三美神の傘下に入ったら、フェードアウトすらできないんだ。まさか、そのまま瑠璃が辞められるとでも思っているのか? 」
言葉尻に、ぴりりとした威圧を感じさせた。別に三美神が無理やり引き留めているわけではない。辞められないのだ。辞めるには、あまりにも敵が多く、デメリットが大きい。
「わかってます。辞めさせることはできないって。瑠璃ちゃんも、きっと辞めたがらない。俺もまだ、強いとは言えないし……。でも、もし、何かあって、いなくなることのほうが、嫌だから……」
哲は顔をゆがませた。瑠璃を守りたいのなら。瑠璃に傷ついてほしくないのなら。むしろ皐月と同じように三美神のそばにいさせたほうが良いはずだ。
皐月がやりたがっていることは、小鳥を陳腐なかごの中に閉じ込めるようなものだった。それは決して安全ではない。いくらでも天敵に見つかり、狙われる。かごを壊されることだってあるかもしれない。
哲は目を伏せる。
「……わかった」
哲の口から、静かな声が放たれる。
「俺からは極力連絡しないようにするし、上からの瑠璃指名の依頼も断る。……これが限界だ」
それでも皐月にとっては十分だ。哲は難しい顔をしながら、話を続ける。
「あいつは自分から事件の捜査をやりたがるし、処刑だって積極的にやる。あいつが自分から事件に首を突っ込むのなら、それを俺たちが止めることは難しい」
できないこともないが、難しいのだ。
瑠璃はたとえ三美神から現場に出るなと言われたところで、聞くことはない。自分が関わったなら最後までやり通す質だ。
哲が言ったとおり、「連絡しない」「指名を断る」が一番妥当な対処法だろう。
もちろん納得はしていない。しかし条件は飲む。今、一番危ないのは瑠璃よりも皐月であることは明らかだ。皐月の条件を飲んででも、しばらくは皐月を守らねばならない。
「とりあえず今は、自分のことを考えろ。さっきみたいに、また命を狙いに来るやつがいるかもしれないし」
「……はい」
皐月は瑠璃が無事でいてくれるのなら、それでいい。自分の命よりも、生活よりも、将来よりも、瑠璃のほうが大事なのだ。瑠璃のために自分を犠牲にするなど、瑠璃は望まないだろうが。
自分が強くなることに。自分が嫌だったことを受け入れることに。もう抵抗はなかった。
「今日は、ありがとうございました」
哲に向かって、皐月は深々と頭を下げる。哲のため息が小さく響いた。
「もう今日は帰るといい。疲れただろう。送ってやれないが、一人で帰れるな? 」
その声色は真面目で、どこか冷たさのある声だった。
「俺はこのあと用があるんだ。ここの後始末もしなきゃいけないし」
「……わかりました。ではお先に」
皐月は再び頭を下げ、哲に背を向ける。リュックと日本刀を大事に抱え、これ以上現場を荒らさないよう、さっさとその場を去っていった。女子高生の遺体を、見ないようにして。




