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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.6 人のうわさはいつまでも続く
91/162

人の尊厳を踏んでつぶす






          †






 女は痛みを抱える体を引きずっていた。早くこの場から離れなければ。


 車を停めた場所へと急ぐ。


「くそっ……くそっ……くそっ……! 絶対に殺してやる! 医者んとこ行って適当になおしてもらったら……すぐにでも。あいつら、覚えてろよ……」


 ふと、女の視界に、白いスラックスと白い革靴が入ってくる。顔を上げると、首元で揺れる水色のリボンタイが目に入った。その男は、感情のない切れ長の目で、女を見下ろしている。


 女は目を見開き、青ざめた。


「あんた……百合園、だね?」


 手加減されたとはいえ、深手を負った女が相手にするには酷な男だ。今この場は、逃げるが吉。和也の気を損ねないように気を付ける。


 が、時すでに遅し。


「兄さんはそうでもないんだろうけど。……僕は怒ってるの」


 感情のない無機質な声だった。


「僕はね、兄さんと違って許してあげない。絶対に見逃してあげない」


 哲よりも冷淡で、哲よりも強い殺気。


 女は、本能で敵わないことを悟る。恐怖におののきながらゆっくりと後ろに下がった。


「わ、私を殺したら、ボスが黙っちゃいないよ? あたしのボス、知ってるだろう? そ、それに……あたしはあんたの息子を殺しちゃいないよ」


 尻の上に、何かがのせられた。もう、後ろに下がることができない。後ろから、くだけた口調の男の声が落ちてきた。


「ボスだって、皐月にやられてすごすご戻ってくるようなやつ、いらないんじゃねえか? 」


 女の尻に片足を乗せた健一は、いたずらっぽく笑った。


「そういや、あんた、またあこぎな商売してるって? 人殺し真っ最中のテープが、闇市場に出回ってるって聞いたけど? ん? 」


「そんなこと、僕には関係ない」


 和也がレイピアを抜き、女に近付く。


「僕にとって大事なのは、この人が皐月を殺そうとしたってこと」


「ま、待って!」


 女は声を張り上げる。和也の動きがぴたりと止まった。


「話す!話すから! あたしが関わった事件のこと全部。あたしに指示してきたやつのことも、関わってるやつのことも話すから」


 後ろにいる健一が悩まし気に言う。


「うーん……それはそれで気になるけど。別にそこまで知りたいってわけじゃ」


「どうでもいいよ」


 突き刺すような冷たい声。


「そうやってすぐしゃべろうとするなんて、信用できない。適当なこと言って逃れようってのが見え透いてるね。そんなやつに、大事な情報は流さないと思うよ」


「そんな……あたしは、本当のことを話すよ。だから……」


「どうでもいいんだってば」


 女を見下ろす和也の瞳はどす黒い。本当に殺すつもりなのだと、あきらめざるを得なかった。死の恐怖に直面した女の体は、がたがたと震え始める。


 和也の口から放たれる声は、相も変わらず無機質だ。


「裏に関する情報についてはおまけで手にはいれば十分。僕たちの仕事は殺人鬼を殺すこと。不特定多数の人間が死ぬような犯罪者を、殺すこと」


 レイピアの切っ先が、女の頬にあてがわれる。


「何より、皐月に手を出そうとした罪は重いよ。言ったでしょう? 見逃してあげないって。例えあなたが、今から何をしようと、絶対に許してあげない」


 和也の顔には、徐々に心酔しきった笑みが浮かんでくる。美しく、気味の悪い笑みだった。興奮を抑えがたいようすで、息を吐く。


「兄さんからは、ちゃんと許可をもらってる。和也の好きにしていいって」


 唇を指先でなでながら、楽しそうに言う。


「そうだな……。見せしめになるようにしよう。肉片が残らないようなことはしない。顔はそのままにして……変態が喜ぶような体にして売り飛ばしてあげよう」


 和也は笑顔のまま、レイピアを逆手に持って振り上げる。


 女は、自分の命に終わりを告げた。いや、違う。終わるのは、人間としての生、だ。


「これなら十分、三美神には手を出すなって牽制けんせいになるよね、健一くん」


 笑顔の和也に、健一も柔らかい笑みを浮かべた。


「ああ……十分すぎるくらいだろ」


 女の体に、レイピアが振りおろされる。


 女がどのような体になって、どこへつれていかれるのか、これから知る由はない。


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