人の尊厳を守って逃がす
「くたばれぇええ!このくそがきがぁああ!」
顔をゆがめて咆哮する女。頭に向けられた銃口。響き渡る銃声。向かってくる弾丸。
心なしか、スローモーションに見える。弾丸は普通のものより大きくて太かった。なるほど。これなら頭が吹き飛んでもおかしくない。
皐月は抜刀の態勢のまま駆け出す。頭を傾けて、弾丸をかわした。ひらりと浮いた髪に当たり、毛がパラパラと舞う。そんなことはものともせずに、女に向かって走り進んだ。
連続で鳴り響く銃声音。地面、カフェの窓、パラソル屋根に弾が当たった。女の放った弾丸が、器用に避ける皐月に当たることはない。
「だぁあああああ、ちょこまかと!」
いら立っている女は、皐月の頭に向かって撃ち込んだ。向かってくる弾丸を見つめる。皐月の両腕は、勝手に動いていた。
鞘と、二つに切られた弾丸が、地面にカラカラと落ちる。女が必死な形相で再び撃とうと構えるあいだに、皐月は後ろに回り込んでいた。
「うそ……だろ……」
女の後ろで、皐月は日本刀をななめにかかげた。
「速すぎる……! 」
皐月がふりおろす瞬間、銃声が耳を刺す。
「いってえええええええええ」
皐月の目の前から、女が消える。日本刀はななめに空を切った。
皐月の足元で、女がすねをおさえながら小刻みに震えている。
こつこつと固い足音を響かせながら、哲が近づいてきた。女の目の前で、薄い笑みを浮かべる。
「皐月に真っ二つにされなかっただけマシだろう」
哲はジャケットを開けて、リボルバーをホルスターにはめなおした。
「……俺は今、特段機嫌が悪いわけじゃない。これ以上何もしないなら、この場は見逃してやる」
女は唇を噛みしめる。脂汗がにじむ顔で、哲をにらみ上げていた。おさえているすねには、弾丸がめり込んでいる。骨の損傷が大きく、動けないようだ。血がだらだらと流れ、地面を汚していった。
「冗談じゃないよ……。こっちは百合園の子どもを始末しにきたんだ。傷一つもつけられず、無様に戻ってきただなんて笑われちまうよ! 」
女は銃を握りしめ、後ろにいる皐月に銃口を向ける。皐月の行動は遅れていた。刀の構えが、間に合わない。
瞬間、女の手首に脇差が貫通する。皐月に向けられていた銃が、女の手から落ちた。
女の手首に刺さる脇差の柄を、哲は舵を切るかのように、すばやく一回転させる。同時に女の腕も一回転し、ひじの関節から軽やかな音がした。
「ぎゃぁあああああああああああ」
涙を浮かべ、鼻水を垂れ流しながら女は叫ぶ。哲は脇差から手を離すことなく、冷たい視線を女に向けた。
「もう一度言う。これ以上何もしないなら、この場は見逃してやる。俺は優しいからな。でも……三度目は、ない」
耳に残るよう、はっきりと語気を強める。女はぐちゃぐちゃの顔で、必死にうなずいた。
哲は脇差を引き抜く。
「うぁああああああああああああ」
哲は脇差についた血を振り払って、鞘におさめた。足元では女が地面を這い、少しずつこの場から離れようとしている。哲の言いつけは守るつもりらしい。痛みを極力感じないよう四つん這いになって進むさまは、まるで養豚場の豚だ。
皐月は不満げな表情を浮かべ、落ちている鞘を拾い上げた。持っていた刀を鞘に納める。
「なんだ、その顔は」
哲に顔を見つめられ、ほほ笑まれた。
「もしかして、殺すべきだと……? 自分で殺せなかったのが不満、だとでも?」
言葉尻に、意地の悪い高慢さをひしひしと感じさせる。
「ち、違います!」
否定したものの、それ以上はなにも返せなかった。
刀を空振りしたとき、悔しさが込み上げてきたのを実感していたからだ。哲が邪魔をしなければ、仕留められたはずなのに、と。そんなことを考える自分にぞっとする。
冷静で静かな哲の声が、耳に届いた。
「これでいいんだ……。きっとおまえの父親は見逃さないだろうから」
「え? 」
突然何を言うのかと、皐月はきょとんとした顔で哲を見つめる。哲は、意地の悪さを感じさせる高慢な笑みを浮かべた。
「……いや。おまえには関係のないことだ」




