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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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存在しない利害 1






 昼休みの食堂で、皐月は箸が止まっていた。前に置かれた生姜焼き定食は、すでに冷めてしまっている。


「元気ないね? 」


 隣に座っていた相川(あいかわ)真冬(まふゆ)が、皐月の顔をのぞきこんだ。


「朝からずっとそんな感じじゃん? 」


 シルバーヘアに、色素の薄いカラコン。派手な柄のシャツ。どこかアーティスト性を感じる男子学生だ。


 黒髪に無地のシャツという皐月の格好とは、正反対だった。


「また、何か言われた? 」


 真冬が辺りを見渡す。他のテーブルから、好奇な視線がちらちらと皐月に向けられていた。


「あ、いや、そんなんじゃないよ」


 百合園家の人間として、皐月の顔は広く知られている。後ろ指をさされるのも、ひそひそと陰口をたたかれるのも慣れていた。今さらそんなことを気にしているわけではない。


 先日、和也と会ったときのことが、頭の片隅にずっと引っかかっていた。あれからずっとリュックに入れて持ち歩いている銃が重い。


 普通に過ごしていれば、こんなもの、絶対に使う機会はないはずなのに。


「あはは、二人ともこんなところにいたんだ~」


 皐月の耳に、女性の高い声が入ってくる。真冬と座っているテーブルに、ぞろぞろと人が集まってきた。


 明るい声の主は、集まりの中心にいる坂本(さかもと)千恵美(ちえみ)だ。ピンクのパフスリーブがついたひざ下ワンピースを着こなしている。そのかわいらしい見た目もあって、周囲には絶えず誰かが取り巻いていた。


 学生たちは同じテーブルに次々と座っていく。誰もが明るい髪に派手な格好だ。皐月は目に見えて浮いていた。


「学食で食べるんだったら声かけてよね~」


 皐月と同じ定食を持った千恵美は、意気揚々と隣に座る。ニコニコした顔を皐月に向けていた。皐月も一応、笑みを浮かべてみせる。


 学生たちは皐月の周りで、思い思いに話しはじめた。


「次の課題やったー? 」


「あの先生、最悪だよね」


「おまえそれだけしか食わねぇのかよ」


「いや、腹減ってねえし」


 一気に騒がしくなる。皐月が話に入っていくことはなかったが、愛想のいい笑みをキープすることに努めていた。


「ってかさー、今日千恵美遅刻してきてんじゃん」


「もう、その話やめてよ~」


「授業始まってんのに気まずそうに入ってきてんの。で、結局ばれて怒られてるし」


 千恵美のドジに、学生たちは笑い声をあげる。


「だって~、まさか遅刻するとは思わなかったんだも~ん」


 不満げな表情で、ご飯を口に運んでいった。咀嚼して飲み込み、グチグチと続ける。


「ちゃんといつもどおりにバスに乗ったんだよ? でもいつもより人も車も多くて、全然進まなかったの。なんか、スーザンで事件? があったらしくて」


「ああ、あのスーザンね。お嬢様大学の」


「そう。あそこの前にパトカーが何台も停まってたの。それが原因っぽいんだよね」


 学生たちの中で、化粧の濃い女子がニヤニヤと尋ねる。


「もしかして殺人事件なんじゃない? ()()スーザンだからね~、何が起こっててもおかしくないじゃん? 」


 聖スーザン女学院大学の存在が知れ渡っているのには、お嬢様大学や学則が厳しいこと以外にも理由がある。


 女子たちがきゃっきゃっと盛り上がり始めた。


「あそこって昔からヤバいウワサが耐えないし」


「夜になるとうめき声が聞こえるとか、悪魔がうろついてるってやつでしょ?」


「気味悪いよね」


 ずっと昔からささやかれている、不穏なうわさ。


「え? 悪魔なの? 私は吸血鬼が出るって聞いたけど」


「呪いの儀式してるんじゃなかった?」


「あ、それもきいたことある。夜に大学に近寄ると、いけにえにされるんだって」


 どれもこれも眉唾物で、誰かがふざけて作ったようなものばかりだ。それでも長い年月の間、色あせることなく語り継がれてきた。


「いやいやしょせんウワサだろ。実際に見たヤツいるのかよ」


「そりゃいないけどぉ……。私の親も知ってるくらいの噂だし。実際あの辺に住んでる人、夜に出歩いたりしないらしいよ。夜にあそこに近づくと、連れ去られちゃうから」


「ばかばかしい。そんなのただの注意喚起だろ。夜中に出歩くなっていう」


 聖スーザン女学院大学は女の園。男子はなにがあろうと入ることは許されない。保護者であっても気軽には入れない。外部からの教員も厳正に審査されている。


 よくないうわさが後をたたないのは、そういった閉鎖的なイメージが結びついているからだろう。


「スーザンって、毎朝の礼拝は絶対に出席しなきゃいけないんだって。寮暮らしの子なんて、毎晩、聖書の勉強するらしいよ」


「服装とか髪型も細かいんでしょ? マジであそこ行こうとは思わないよね」


「住んでる世界が違いすぎるでしょ」


 男である皐月には縁のない場所だ。適当に聞き流してみそ汁をすする。


 隣で千恵美が思い出したように声を上げた。


「あ、そうそう。それでね、スーザンの前でね、三美神を見たの~」


 皐月の手が止まる。反対どなりに座る真冬が身を乗り出した。


「はあ? まじで? なんで?」


「お、出たね~。真冬の三美神オタクっぷりが」


 千恵美が茶化すとおり、真冬は生粋の三美神オタクだ。三美神がかかわった殺人事件はすべて把握している。下手すれば皐月よりも持っている知識は多い。


「でもね、何をしてたのかまではわかんないの。ただ、門の前にいたのを見ただけで」


 千恵美の話に、他の学生たちが乗ってくる。


「やっぱ中で事件が起こってるのかもよ?」


「こっわ~」


 皐月は生姜焼きを口に入れ、ご飯をかきこんだ。咀嚼そしゃくしながら、父親と会ったときのことを思い出す。


 会う場所にわざわざ礼拝堂を指定したのは、スーザンで何か捜査をしていたからかと合点がいった。

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