人の力を見極めずに煽る
「やあっと静かになった。うじうじうじうじうるさいったらありゃしない。まあもとからこの子も殺すつもりだったんだけどさ」
女は皐月に銃口を向けなおす。ふざけるような笑みを浮かべていた。
「裏の人間はね。表の人間に顔を見られたくないもんなのさ。でもこの子はあたしの顔を見てる。そりゃ殺すしかないだろう? 脅したり、中途半端な口封じをするよりも、手っ取り早いってもんさ」
裏社会の人間にとって、こういうことは日常茶飯事なのだろう。人を傷つけることに容赦ない。一歩間違えれば、ああやって撃たれていたのは皐月だった。
皐月の呼吸が乱れ始める。日本刀の柄を握り直し、相手のペースに飲まれまいと耐えていた。手汗がひどい。剣を抜くとき、すべりそうで怖かった。
「さあ、次はあんたの番。恨むんならパパたちを恨みな。無駄に知識や技術を身に着けないうちに、新人は消しておきたいんでね」
「だからこそ今この場で」
哲の言葉が妙に響き渡る。
「皐月がおまえを殺したら、牽制になるだろうな」
哲の声色は実に冷静なものだった。おびえや恐怖なんていっさい感じさせない。感じるのは、ためらいのない殺気だけだ。
「ぷっ」
女は小ばかにするように吹き出した。
「殺すって? この子が? あたしを? 馬鹿言ってんじゃないよ」
女は喉を鳴らして笑う。
「父親ほど狂ってるならまだしも、ただのケツの青いクソガキじゃないか。どうせ人を殺したことなんてないんだろ? そんなんで、よく三美神の手下になろうと思ったもんだよ。これなら秒で殺せそうだ」
ゆっくりと舌なめずりをする。下品で、醜悪さがにじみでていた。
「西園寺の娘のときも、九条の息子のときも、襲った人間は殺られちまったみたいだけどね。あたしはそんなヘマはしないよ。あんたの娘が活動し始めたときの話は笑えたね。まだ中学生だったっけ? いい年した男どもが寄ってたかってロリコンかっつーの。まわすつもりが、誰一人いれられずにヤラれちまったみたいだし。哀れだねぇ」
「おしゃべりがすぎるぞ」
哲の体から冷気が漂う。体が固まってしまうほどのとんでもない威圧だ。女は顔をゆがませながら、哲に向かって負けじと言い放った。
「……ハッ。あんたの娘、裏で話題になってるよ。だんだん殺り方が派手になってきてるってねぇ。あの気の強さが好きなキチガイ変態野郎は、結構いるもんさ。暗い夜道を歩く背後を狙うやつらばっかりだよ。いつダルマにして犯してやろうか考えながら、シコってるやつもいるって聞くしねぇ」
哲は動じない。眉一つ動かさない。冷徹に女を見据える。開いている瞳孔だけは、目の前の女をどう殺そうかという、狂気に満ちていた。
「てめえの娘は他のやつらに譲ってやるよ。そんときゃ、目も当てられない姿をちゃんと写真におさめといてやる! 今のあたしの獲物は、そいつ……」
皐月を見た女が、震えあがった。
瞳孔が開いた鋭い視線。女を捕らえて、決して放そうとしない。顔には血管が浮かび上がっている。静かに深い呼吸を繰り返し、もう、いつ刀身を引き抜いてもおかしくはなかった。
心の底から湧き上がって体中に染み渡るのは、怒りだ。それはじょじょに、殺意へとかわっていく。
こんな感情に満たされるだなんて、思ってもいなかった。あんなにも父親と一緒になりたくないと思っていたのに。武器をうまく扱えるとは限らないというのに。
皐月にとって瑠璃が侮辱されることは、自分がされるよりも憎しみが募ることらしい。
皐月の姿を一瞥した哲は、口角を上げる。
「実は俺も、皐月がどのくらい強いのかわからないんだ。今のうちに逃げたほうが、いいんじゃないか?」
瑠璃にこの仕事をやってほしくない。三美神に近付いてほしくない。それはすべて、瑠璃に傷ついてほしくないからだ。
瑠璃は大丈夫だと言っていた。そんなことにはならないと言っていた。何が大丈夫なものか。さんざん危険な目にあっているではないか。殺したい、犯したいという視線をさんざん向けられているではないか。
腹立たしい。何もかもが。
娘を危険な場に出すようなことをする哲のことが腹立たしい。
自分の体を大切にしてくれない瑠璃のことが腹立たしい。
一番腹立たしいのは、何もできやしない自分だ。
瑠璃を守り、瑠璃を手放さずにすむ方法がこれしかないのなら、もうそれでいい。
百合園の姓も、宿命も、全部受け入れて。受け入れられなかった父親を受け入れて。父親と同じ立場になることを、選んだってかまわない。
(ああ……そうか。俺はもう、瑠璃ちゃんがそばにいてくれないと、生きていけないんだ……)




