人を人とも思わずいたぶる
今まで感じたこともないような意地の悪さが、ひしひしと伝わってくる。
「パパは何も教えてくれなかったのかい? 新人には、それなりの洗礼があるよってさぁ。……大丈夫だよ、痛みも感じないように一瞬で終わらせてあげるさ」
ふと、皐月が感じ取った冷気。隣にいる哲からだった。
容赦のない殺意が、残酷に肌を刺してくる。重苦しい空気のせいで、声を出すことすら許されない。
この殺気に気付いたのか、女は顔をゆがめる。指でくるくると遊んでいたピストルを握り直した。
「ヤクザに極道に、殺し屋に売人に解体業者……海外マフィアもいるねえ。裏社会のすみからすみまで三美神の顔は割れてんのさ。その中には三美神に仕事をふいにされちまったやつもいるからねぇ。何かをきっかけにその鼻っ柱を折ってやりたいと思うやつらはたくさんいるんだ」
女は皐月に銃口を向ける。とたんに声を張り上げた。
「そういうあたしも三美神に仕事をつぶされた口でねぇ! どうにかやり返さないと気がおさまらねぇ! 百合園の息子を今のうちに殺せたら、少しは気も晴れるだろうよ!」
「皐月を殺したら、和也がでて来るとは思わないのか」
哲は取り乱すこともなく、淡々と言ってのける。
「あいつは……俺と違って優しくないぞ」
このまま何もしなければこちらも何もしない。と、わざわざ忠告したに等しい。哲なりに、優しく伝えているほうだった。
「あんたにしちゃあ、えらく肩入れするんだねぇ。娘のときより過保護じゃないか」
皐月の体がぴくりと揺れた。哲は何も反応しない。
「うう……ひっく……いたい……い、いたいよ……誰か……救急車……」
女子高生は地べたに座り込んだまま、泣き続けている。ずっと泣いている。
今は、皐月が命を狙われているのだ。何もしてやれない。自分の命を守るほうが先だ。申し訳ない気持ちは当然あるが、いたしかたない。
「いたいよ……顔が……手が……」
駆け寄って助けてやりたい気持ちを、唇をかみしめながらこらえる。
ふと、女が女子高生に顔を向けた。女が口を開きかけたとき、哲が先に言葉を放つ。
「最近……」
女の顔が、勢いよく哲に向いた。
「また新しい事業を始めたようだな」
「……何か聞きたいことでもあるのかい?」
女は何かを思い出したように、卑しい笑みを浮かべた。
「ああ……。そういや、こないだ。三美神は女の子を殺したんだってね?」
先日の事件のことだろう。皐月の写真が載せられた記事に、詳細が書かれている。皐月を殺すにあたって、一文字一文字丁寧に読んだに違いない。
「……かわいそうに。聞けばかなり不自由な生活をしてた子どもらしいじゃないか」
女はちらりと女子高生を見る。女子高生は開く片目で三人を見回し、喚きだした。
「ねぇ! なにやってんだよ! こっちはけがしてんだよ! なに無視してしゃべってんだよ! 誰か助けてよ! こっちは体がこんなことになっちゃって……」
女は無視して、哲に向き直る。
「でもさぁ。その子は学校にも行けない。部屋からも出られないような子どもだったんだろう? そんな子どもを殺してよかったのかい? いくら仕事だからってねぇ」
哲は何も反応しない。動揺も余裕も見せない。何を考えているのか一切読み取れない。女に向けた銃口も、一切ぶれることはない。
「よぉく考えてみなよ。その子、外の世界がどんなところかもろくに知らなかったんじゃないのかい? そんな子が、妊婦も胎児も、全部一人で殺せるもんかねぇ? 誰にも見つからないように、あれほどの人数を殺せるもんかねぇ? おかしいねぇ」
哲は静かな声で、冷静に尋ねた。
「……おまえたちが関わっている、と?」
「その質問に!あたしが答える義理はねぇだろ! このクソ野郎がよぉおおお!」
女が持つ銃の向き先が変わった。皐月がそれに気付いた瞬間、頭が揺れるような激しい発砲音が響く。
女が銃口を向けた先を見る。女子高生の頭が、半分、砕け散っていた。力の抜けた体が、どさりと地面に倒れる。
突然の光景に、皐月の体がかたかたと震えだした。
(どうして……どうして……)
彼女は何も関係なかったはずだ。殺す必要もなかったはず。
そんな理屈は通用しない。この女は、いとも簡単に人を殺せてしまうのだ。人を殺すことに抵抗も罪悪感もない。そういう類の人間なのだ。
女はけらけらと高らかに笑いだす。




