人の悪意からとっさに救う
女子高生が不満げに二人に一歩近づくと、哲は振り向いた。
「君の意思でないのだとしたら、すぐにそれを捨てたほうがいい」
「え? なんでそんなこと……」
ピーーーーーーーーーー………。
かわいらしい箱から、似つかわしくない甲高い音が鳴る。女子高生は不思議そうに箱を顔に近づけた。同時に哲の舌打ちが響く。
「これだからテラス席は嫌なんだ! 変なやつに、絡まれやすくなるから」
突然、鼓膜を突き破るほどの爆音が響き渡る。皐月は衝撃に耐えるよう目をつむった。気付かぬうちに、哲に押し倒される。
体全体にのしかかる重さ。とりあえず自分は無事なのだと自覚する。
「あーーー……いたい……いたいよぅ」
女性の泣き声が聞こえる。ただ、それだけ。
それ以外は静かなままだ。焦げてしまうような炎の熱さも感じない。ほのかに、上品な大人の香水の匂いが、鼻をかすめた。
おそるおそる目を開けると、目の前は真っ赤な夕焼け空。瞳を動かしても、周りが燃えているようすはない。
皐月の耳元で、冷静な声が放たれた。
「あの箱の大きさじゃ、さほど影響はないと思っていたが」
皐月の上で、のそのそと哲が体を起こす。女子高生がいるほうへ顔を向けた。
「手を持っていかれるくらいの威力はやっぱりあったな」
皐月はすぐに体を起こし、哲と同じ方向を見る。
「うわあああああ……いたい……いたい……手が……顔が……」
二人が座っていたテーブルの先で、女子高生は地べたに座り込み、声を上げて泣いていた。赤い血と、茶色く焦げた肉片が、周りに飛び散っている。
箱を持っていたはずの手は、ない。女子高生の顔の半分は焼けただれ、茶色くなった皮膚の下に、ピンクの組織がのぞいていた。焼けた皮膚がくっついて、片目が開かないようだ。
「うっ……うっ……どうして……どうして……」
哲は渋い表情を浮かべて、皐月を見た。
「……すまないな。押し倒したのが俺で。瑠璃だったらともかく、俺に押し倒されても嬉しくはなかろう」
「いや、この状況で何言ってるんですか!冗談にしてもセンスがない!」
哲は皐月の顔をじっと見つめた。やがて、ため息をつく。
「そうやって言い返す元気があるなら大丈夫だな」
「あ……」
皐月も驚いた。不思議なことに体の震えが止まっている。
だからといって、完全に恐怖が消え去ったわけではない。襲われる立場であることをますます思い知らされる。
「皐月、とりあえず、刀はいつでも抜けるようにしておけ。脇差はこちらに」
手を差し出される。皐月は二本の日本刀のうち、短いほうを哲に渡した。
皐月は哲に言われるがまま、すぐに刀が抜けるよう、柄を握って身構える。正直、どうなるかはわからない。ただ、この場では哲の指示に従っていると安心できた。
命を狙われているから、武器を使うのだ。人を殺したいから使うわけではない。頭の中で、そんな自己弁護を繰り返す。
哲は脇差を片手に提げ、ジャケットの内側からリボルバーを抜きだした。銃口を女子高生のほうに向けて引き金を引く。
弾丸は女子高生の横を通り過ぎ、数メートル先の地面に撃ち込まれた。
「ちいぃ!」
響く舌打ち。
まるまるとした体系の女性が、顔をゆがめて片足を上げている。弾丸がめり込んだ地面を恨めしそうに見下ろし、足を下ろした。
真っ赤な口紅が印象的な濃い化粧。派手なミニワンピース。ふさふさとした毛皮のコート。艶のある真っ赤なハイヒール。派手なマニキュアをしている手には、黒くゴツゴツとしたピストルが握られていた。
女は真っ赤な唇をこれでもかと横に伸ばし、勝ち誇った顔をする。
「初物はあたしが殺る。この機会を逃してやるもんか」
「やはり来たか。命知らずめ」
哲は女に銃口を向けたまま、冷ややかな表情を浮かべる。
「この俺の前で、そんなことができると思うな」
ゆっくりと距離を詰めてくる女を、皐月は身構えたままじっと見つめていた。
「俺を……殺すつもりなんですね? 」
哲に向かって尋ねたつもりだった。しかし顔は女に向けているうえ、声も届いたらしい。女は立ち止まり、のどを鳴らして笑う。
「へぇ……? 」
にやにやと笑いながら、ピストルを太い指でくるくると器用に回しだした。
「あんた、まさか知らないのかい? おめでたいねぇ。そんなんで三美神の手下としてやっていくつもりだったのかい? 」
女が皐月を見つめる瞳は、一般人のそれとはだいぶ違った。この世の闇しか見ていないような瞳。人を傷つけること以外は何も考えていない瞳。どこか一線を越えてしまったような瞳。




