表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.6 人のうわさはいつまでも続く
86/162

人の話で混乱に陥る

 哲は顎を触る。難しい表情を浮かべ、言葉を選んでいるようだった。


「ちょ……ちょっと待ってください。何を言って……」


 哲の言い方は遠回りだったが、大体何を伝えたいのかは理解できた。はっきりとは言ってくれないが、つまりそういうことなのだろう。皐月が恐怖を感じるには十分だ。


「選択肢は三つほど。皐月はこれから、凶悪犯に狙われて殺される。凶悪犯にびていいように使われる。俺たちと一緒に凶悪犯を殺す」


 哲は待ってはくれない。落ち着いて考える時間を、与えてくれない。


「待ってくださいってば……」


「決めるのはおまえだ。悠長に迷っていられるほど、時間は残っていない」


 皐月の顔は青ざめて、体は小刻みに震えている。無我夢中で、膝に置いた日本刀を握りしめた。


 一体どこで間違えた? ムカデ事件から? スーザンから? 瑠璃の代わりに手伝ったところから? いや、きっと全部だ。


(どうしようどうしようどうしようどうしよう……)


 皐月は三美神ではない。正直、週刊誌に自分の写真が載ってしまっても、周りの目が変わるだけで自分の立場は変わらない、と高をくくっていた。


 いかに三美神ではないことを説明しようと、出版社が記事を訂正しようと、すでに誰かの手元にある記事はなくならない。自分の顔をみんなが忘れてくれるわけではないのだ。


 三美神に殺される側の殺人鬼が、自分を狙うかもしれない男の顔を、忘れるはずもないのだ。


「すまない。俺が、もっと気を遣うべきだった。俺を恨んでくれてもいい」


 恨んだところで、皐月の立場が変わるわけでもない。


「俺たちが処刑する殺人鬼には、少し特殊なやつもいる。いちいち口に出して説明するのも億劫おっくうな奴らだ。おまえはもう……そいつらにも完全に顔が割れてしまった」


 体の震えはおさまらない。思考がぐちゃぐちゃになる。恐怖と怒りと絶望が、次々と湧き出て全身に染まっていく。


 一体誰にぶつければいいのか。目の前の哲にすら、言葉がつっかかって何も言うことができない。


 哲の言うとおり、迷っている時間はない。わかっている。それでも。


(いやだ……。どうして……。なんで俺が……)


 理不尽すぎる。頭がおかしくなりそうだ。


(父と一緒にはなりたくない。でも一緒にならなきゃ……同じことをしなきゃ……俺が死ぬ……)


 足音が聞こえる。はじめは小さかったのに、だんだんと大きくなってくる。


 哲の向こう側に視線を向けた。遠くから、二つ結びの女子高生が歩いてきている。敏感になっている皐月は、その姿にすら恐怖を感じた。再び、嫌な予感が襲いかかる。


 哲は女子高生の存在にまだ気付いていないようだ。優雅にロイヤルミルクティーを飲んでいる。ただの一般人なら気にする必要もないのだから当然だろう。


「……すまない。圧をかけるような言い方をしてしまって」


 哲にしては、珍しく物悲しい声だった。皐月は返事をしない。声を出すことすら、恐ろしく思えた。


 徐々に近付いてくる女子高生を、皐月はおびえる瞳で見つめる。もはや誰が普通で、誰が普通でないのかわからない。自分の命が狙われる立場になったことを自覚して、疑心暗鬼になる。自分の恐怖や嫌な予感が杞憂きゆうであれ、と願わずにはいられない。


(気のせい……か? いいや、違う。だって……目が、合ってる、よ?)


 皐月と哲の間に影が落ちる。皐月の体がびくりと震えた。


「あのー……」


 女子高生が二人の間に立ち、声を発した。皐月はおびえた表情で、女子高生を見上げる。


 哲は皐月の反応でただ事ではないと悟ったのか。それとも話の途中で入ってこられたのが不快だったのか。どちらにせよ、不信感のある瞳で女子高生を見る。


「他の人からこれを渡すように言われたんですけど」


 女子高生の手には、ラッピングされた小さな箱。


「なんかお金もらっちゃって、断れなかったんですよね……」


 女子高生はぎこちなく笑っている。皐月といえば、まだ震えていた。このタイミングでこの状況。箱の中身はろくでもないものに決まっている。


 その考えは哲も同じだったのだろう。冷たい目つきで箱を見つめ、ため息をついた。


「帰るぞ、皐月」


 哲は立ち上がり、伝票を取る。皐月は言われるがまま、たどたどしく立ち上がった。リュックを持ち、日本刀を強く抱きかかえる。


「え、いや、困るんですけど……。こっちは頼まれてるし」


 哲は皐月の腕を引いて、女子高生から遠ざかる。皐月もされるがままだ。ここから早く立ち去りたいと思っているのは一緒だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ