人の話で混乱に陥る
哲は顎を触る。難しい表情を浮かべ、言葉を選んでいるようだった。
「ちょ……ちょっと待ってください。何を言って……」
哲の言い方は遠回りだったが、大体何を伝えたいのかは理解できた。はっきりとは言ってくれないが、つまりそういうことなのだろう。皐月が恐怖を感じるには十分だ。
「選択肢は三つほど。皐月はこれから、凶悪犯に狙われて殺される。凶悪犯に媚びていいように使われる。俺たちと一緒に凶悪犯を殺す」
哲は待ってはくれない。落ち着いて考える時間を、与えてくれない。
「待ってくださいってば……」
「決めるのはおまえだ。悠長に迷っていられるほど、時間は残っていない」
皐月の顔は青ざめて、体は小刻みに震えている。無我夢中で、膝に置いた日本刀を握りしめた。
一体どこで間違えた? ムカデ事件から? スーザンから? 瑠璃の代わりに手伝ったところから? いや、きっと全部だ。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう……)
皐月は三美神ではない。正直、週刊誌に自分の写真が載ってしまっても、周りの目が変わるだけで自分の立場は変わらない、と高をくくっていた。
いかに三美神ではないことを説明しようと、出版社が記事を訂正しようと、すでに誰かの手元にある記事はなくならない。自分の顔をみんなが忘れてくれるわけではないのだ。
三美神に殺される側の殺人鬼が、自分を狙うかもしれない男の顔を、忘れるはずもないのだ。
「すまない。俺が、もっと気を遣うべきだった。俺を恨んでくれてもいい」
恨んだところで、皐月の立場が変わるわけでもない。
「俺たちが処刑する殺人鬼には、少し特殊なやつもいる。いちいち口に出して説明するのも億劫な奴らだ。おまえはもう……そいつらにも完全に顔が割れてしまった」
体の震えはおさまらない。思考がぐちゃぐちゃになる。恐怖と怒りと絶望が、次々と湧き出て全身に染まっていく。
一体誰にぶつければいいのか。目の前の哲にすら、言葉がつっかかって何も言うことができない。
哲の言うとおり、迷っている時間はない。わかっている。それでも。
(いやだ……。どうして……。なんで俺が……)
理不尽すぎる。頭がおかしくなりそうだ。
(父と一緒にはなりたくない。でも一緒にならなきゃ……同じことをしなきゃ……俺が死ぬ……)
足音が聞こえる。はじめは小さかったのに、だんだんと大きくなってくる。
哲の向こう側に視線を向けた。遠くから、二つ結びの女子高生が歩いてきている。敏感になっている皐月は、その姿にすら恐怖を感じた。再び、嫌な予感が襲いかかる。
哲は女子高生の存在にまだ気付いていないようだ。優雅にロイヤルミルクティーを飲んでいる。ただの一般人なら気にする必要もないのだから当然だろう。
「……すまない。圧をかけるような言い方をしてしまって」
哲にしては、珍しく物悲しい声だった。皐月は返事をしない。声を出すことすら、恐ろしく思えた。
徐々に近付いてくる女子高生を、皐月はおびえる瞳で見つめる。もはや誰が普通で、誰が普通でないのかわからない。自分の命が狙われる立場になったことを自覚して、疑心暗鬼になる。自分の恐怖や嫌な予感が杞憂であれ、と願わずにはいられない。
(気のせい……か? いいや、違う。だって……目が、合ってる、よ?)
皐月と哲の間に影が落ちる。皐月の体がびくりと震えた。
「あのー……」
女子高生が二人の間に立ち、声を発した。皐月はおびえた表情で、女子高生を見上げる。
哲は皐月の反応でただ事ではないと悟ったのか。それとも話の途中で入ってこられたのが不快だったのか。どちらにせよ、不信感のある瞳で女子高生を見る。
「他の人からこれを渡すように言われたんですけど」
女子高生の手には、ラッピングされた小さな箱。
「なんかお金もらっちゃって、断れなかったんですよね……」
女子高生はぎこちなく笑っている。皐月といえば、まだ震えていた。このタイミングでこの状況。箱の中身はろくでもないものに決まっている。
その考えは哲も同じだったのだろう。冷たい目つきで箱を見つめ、ため息をついた。
「帰るぞ、皐月」
哲は立ち上がり、伝票を取る。皐月は言われるがまま、たどたどしく立ち上がった。リュックを持ち、日本刀を強く抱きかかえる。
「え、いや、困るんですけど……。こっちは頼まれてるし」
哲は皐月の腕を引いて、女子高生から遠ざかる。皐月もされるがままだ。ここから早く立ち去りたいと思っているのは一緒だった。




