人の言うことにただただうなずく
「和也が珍しくブチぎれてたよ。出版社に乗り込もうとまでしてた。乗り込んだところでかわりゃしないのに」
そのときのようすを思い出したのか、哲は自嘲気味に笑う。しかしすぐに真剣な表情に戻った。
「おまえは三美神ではないからな。週刊誌に写真を載せるのはご法度。悪いのは完全にあっちだし、正式に訴えれば記事を取り消してもらえる。出るとこ出れば慰謝料も手に入るかもしれない。でも、一度ああやって出回ったものを、人々の記憶から消すことはできないから……」
それは皐月もわかっていることだった。哲に怒ったところで、記者に怒ったところで、記事を取り消したところで、取り戻せないものがある。
皐月はため息をつく。これからどうすればいいのかわからない。不安は解消されないままだ。
眉間にしわをよせた顔で、目の前のケーキをもそもそと食べすすめる。
「……で、ここからが本題だ。皐月の、今後の話をしたい」
皐月はフォークをくわえたまま、哲を見る。
「皐月には、三美神という存在についてちゃんと理解していてほしいんだ。そうだな。どう説明すべきか……。三美神は、不特定多数の被害者が出るような犯罪者を処刑する存在であって、誰でもばかすか殺してるわけじゃない」
皐月はけげんな表情を浮かべた。
「なんですか? 改まって……」
「ずっと昔の話。三美神のような存在がどうしても社会に必要だと判断されたんだ。警察は、殺人鬼を捕まえようにも証拠がいるし、発砲にも許可がいる。そうなると、周りを顧みずに次々と殺しを続ける殺人鬼に、後れを取るのは必須」
説教でも始める気かと皐月は身構える。
「だから、犯罪者を殺す三美神は正義だって言いたいんですか?」
「違う」
ぴしゃりと言いのけられた。
「正義ではない。あくまでも必要悪と判断されただけだ。常人には理解できないような思考を持つ犯罪者は、捕まえたところで反省するどころか、警察官まで殺そうとする。死刑執行の時まで、殺人の何が悪いのか自覚しない者もいる。ムカデ事件とスーザン事件が良い例だろ」
皐月はフォークを皿にのせた、コーヒーに口を付ける。
「だから、処刑が必要だと?」
「話の通じないような殺人鬼の凶行をすぐに止めるには、それが一番いいと判断された。手続きや許可に縛りがある警察ができないことを、三美神が担っているわけだ」
哲は客観的に話をしている。そのおかげか、皐月も冷静に聞き入れることができた。わざわざ「それでもただの人殺しだ」と言い返す気も起こらない。しかしなぜ今さらそんなことを言い出すのだろう。
「問題なのは、俺たちが目立ちすぎているということだ」
哲は視線を落とし、ティーカップを見つめた。ロイヤルミルクティーからは、まだ湯気が昇っている。
「三美神はさっき言ったように正義じゃない。必要悪だ。頭がおかしい犯罪者による被害者を今以上に出さないための対策に過ぎない。それなのに、悪を打ち滅ぼす正義として神格化されている。本来は暗躍するべき立場なのに、注目される立場になってしまっている」
「まあ、三美神って自分たちでも言ってるくらいですからね。三美神にとっては正義の存在だと注目されるのは良いことなんじゃないんですか?」
「そんなことはない」
哲は顎に手を当て、難しい表情を浮かべる。
「俺たちは確かに、三美神としての特権を与えられている。でも三美神であるがゆえに、あるべき人権はない」
静かにティーカップを持ち上げ、口を付ける。
「安全上の問題で武器を身に着けることはできる。処刑に関してわざわざ申請もいらないから、基本的には俺たちの自由。そのぶん、責任はかなり重くなる。だから」
二人の間に、妙な緊張が走る。哲がティーカップをソーサーに置いた音が、やけに大きく響いた。
「三美神のメディア露出は制限されない。権威の誇示と監視のためだ。三美神の脅威を伝えることができると同時に、俺たちが下手なことをすればすぐにでも糾弾できるようになっている」
実際、マスコミのせいで三美神が窮地に陥ったことがあった。皐月はまだ幼かったが、ひどくバッシングを受けたことを覚えている。三美神の存在意義すら問われたが、すぐに間違った情報であったことが発表され、騒動もおさまっていった。三美神にとって、マスコミは諸刃の剣。
「長くなってしまったが……メディアに俺たちの顔が出るというのは、世間に『こいつらが殺人鬼を処刑するやつらです』と知らしめるようなものだ。それはつまり……殺人鬼側にも顔を認識される、ということでもある」
瞬時に、背筋が凍るほどの悪い予感が皐月に襲いかかる。生唾を飲んだ皐月に、哲は話を続けた。
「ここで重要になってくるのは、今後の皐月の立場だ。はっきりさせないといけない」




