人は慣れた場所を好む
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待ち合わせ場所は、町はずれにある小さなカフェだった。
パラソルがついたテラス席に、西日が当たっている。ブラックコーヒーを前にして、皐月は講義で使う教本を読んでいた。法律に関する小難しい本だ。
ひざには、二本の日本刀が横向きに置かれている。一度家に戻ってわざわざ持ってきた。電話の相手にそうするよう言われたからだ。
さすがに着替えることはなく、グレーのパーカーといった私服のままだった。
「なんでテラス席なんだ?」
テーブルと皐月に影が落ちる。皐月が顔を上げると、スリーピース姿の哲が、渋い顔をして立っていた。
(そういえば、この人の私服姿を見たことがないな……)
なんて、のん気なことを考えてみる。四六時中スーツを着るなんて、苦しくないのだろうか。
皐月はため息交じりに言う。
「いいじゃないですか、別に。ここに通されちゃったんですよ」
店に入った皐月の顔を見て、店員はわかりやすく表情を引きつらせていた。日本刀を手に持っていたから、かもしれない。週刊誌やネットニュースの記事を見たから、かもしれない。もしかしたらその両方かもしれない。
「店内がいいって言えばいいだろう。テラスはいろいろと面倒なんだ」
「いろいろってなんですか」
「虫とか日差しとかいろいろだよ。あと、人に気付かれやすい」
とはいえ、哲はしぶしぶ皐月の正面に座る。
「本当はクラシカルのほうがよかったんだが、今日はタイミング悪く定休日でな」
あの老舗喫茶店に行くのは遠慮したい。皐月が行くには場違いすぎる。あの高級感あふれる空気にはなじめない。萎縮する。
それを口にすれば、きっと哲は「百合園邸で紅茶を飲むのと変わらないだろう」と理解してくれないはずだ。全然違う。実家で飲むのと高級店にお金を払っていくのとでは違うのだ。
そうこうしているうちに、皐月が先に頼んでいたケーキが二つと、ロイヤルミルクティーが運ばれてきた。
目の前にロイヤルミルクティーを置かれた哲は、いぶかしげに皐月を見る。皐月は平然と言ってのけた。
「西園寺様はこれで間違いないだろうと思いまして」
皐月は背中側に置いていたリュックに、教本を入れた。ケーキを前にして、フォークを持つ。
「……って! のんきにケーキ食べてる場合じゃないんですよ!」
我にかえるかのように、皐月は軽くテーブルをたたいた。
「いや、おまえが頼んだんだろう」
哲はあきれたように言い返し、おしぼりで手をふく。ロイヤルミルクティーを一口飲んで、フォークを持った。
「あの週刊誌の記事はなんなんですか! 俺、三美神の後継者になった覚えはないんですけど!」
ミミにぶつけられなかった怒りを、哲にぶつける。今まで押し殺していた不平、不満、戸惑いが、皐月の頭の中をぐるぐる回る。
荒々しくフォークをケーキに突き刺し、すくって食べた。皮肉にも、ケーキはかなり美味しい。
「ああ……やっぱり知っていたか」
哲は困ったように眉尻を下げてため息をついた。ケーキをすくって、口に運ぶ。「うん、おいしいな」というのん気なつぶやきをかき消すように、皐月は声を荒らげた。
「知ってたか、じゃないですよ! 大体、いつのまにあんな写真!」
「俺たちは気付いてたけどな。撮られてたことに」
「だったら……!」
なぜ教えてくれなかったのか。と口に出す前に、哲が先に言う。
「気付いたところで何もできん。記者には事件について報道する権利がある。俺たちがそれをやめさせる権利はない。牽制をしようにも、手と口を出せば、いいように書いて事を悪化させるだろうからな」
載せるなとつっかかれば悪いように書かれ、載せたことに腹を立てればそのことも面白おかしく書かれるわけだ。
「これはもう三美神である以上、仕方ないことなんだ。三美神は写真を撮るな、取材をするなとは言えない立場だから」
哲はフォークを置いて、ロイヤルミルクティーを一口飲んだ。
「すまなかったな。ただでさえ嫌な思いをさせてる上に、こんなことになってしまって。俺がもう少し、気を付けていればよかったんだ。おまえのことを守ろうとしていたのに、結果として目立たせることになってしまった」
哲の謝罪に、皐月はそれ以上何も言えなくなった。このあいだのように、言いくるめられるだけかと思っていたのに。
週刊誌の記事は哲にとっても想定外だったのだろう。皐月は自分の中で渦巻いていた激情が、すうっと冷めていくのを感じた。




