一緒にいてほしかっただけ
皐月の中に、ある疑問が浮かぶ。しかしすぐに解決した。法律を勉強している皐月にとって、答えはそんなに難しいことではない。
皐月の代わりに答えるように、哲は話を続けた。
「胎児の数は殺害人数には含まれない。法律上では、胎児はあくまでも妊婦の体の一部だからだ。最近でこそ、胎児を殺したことで判決が重くなる傾向にはなっているが、数には含まれない」
哲は遺体に顔を向ける。その表情にはなんの感情も見られない。
「この子は、生きた人間ではなく、胎児を消すことが目的だったんだろう? これほど質の悪い殺人鬼はいないんじゃないか? 俺たちが放っておいたら被害者は増える一方だっただろうし、その分、数に含まれない犠牲も増えていたはず」
「でも……それでも……あの子はまだ子どもで」
皐月は、少女に同情していた。悲しげな表情を浮かべて、うつむく。
「それを、被害者や被害者遺族の前でも言えるのか?」
厳しく言い放たれた言葉に、皐月は口をつぐんだ。皐月が少女に肩入れできるのは、皐月が少女の事情を直接耳にしたからにすぎず、被害者側の意見を一切聞いていないからだ。
「……きっと、遺族の間でも、殺人鬼を裁判に通すことなく処刑することに、賛否両論あるんだろうさ。それでも俺たちは、これが正しい行為だと信じて、自分の仕事を全うするだけだ」
哲はほんの少し哀愁をおびた瞳で、遺体を見つめた。
「この子にとってはこれが救いで、罰だ。もうこれ以上、この世で苦しむことはない。楽しむことも、ない。罪を償う機会も、赦されることも、なくなった」
†
小さくシャッター音が鳴る。その音に、三美神が気付く様子はない。
封鎖された公園の前。黒いスーツ姿で髪をポニーテールにまとめた女性が、デジカメの画面を見つめていた。そこには、遺体の周りで話し込む三美神が写っている。画像を切り替えると、うつむいて顔を青くさせている皐月が表示された。
「はじめて見る顔ね。白スーツだから百合園家の人間? あれが後継者ってわけ? 」
皐月の姿を、女性は調子に乗って何度も撮る。
「ふふ、あの顔は完全に父親似ね」
ふと、哲にレンズを向けると、画面の中で目が合った。
刺してくる鋭い視線に、女性は怖気づいて固まる。何もされることなく顔を背けられ、三美神は再び話し合っていた。
「さすが三美神……すぐに気づくか」
女性はぎこちない笑みを浮かべる。
「でも……スクープだわ。これで、三美神の後継者が、それぞれ決まったってね」
†
皐月が家に帰ると、珍しく瑠璃が出迎えてくれた。
白いスリーピース姿を見せるのも、腰に下げた日本刀を見られるのも初めてだ。スリーピースに至っては血しぶきがかかっている。でも今はそんなことどうでもよかった。それほどまでに、皐月は疲れていた。
全てを察したのか、瑠璃は何も聞かなかった。黙って皐月を着替えさせ、お風呂に入らせる。
瑠璃の手料理を、静かに一緒に食べる。特別料理が上手なわけではないが、皐月は瑠璃の手料理が好きだった。
この普通の生活が、皐月にとっては大事なのだ。もう二度と、三美神の仕事には協力しない。自分は絶対に、理解できそうにない。
「……で、何があったの?」
食後に紅茶を飲みながら、瑠璃が聞いてくる。
「まあ、言いたくないなら言わなくてもいいけど」
皐月は湯気がのぼる紅茶に手を付けようとせず、口を開いた。
「どうして瑠璃ちゃんが、三美神と一緒に仕事をするのか。ますますわからなくなったよ」
猫のように大きい瑠璃の瞳が、皐月に向けられた。
皐月の口から、つらつらと事件の概要が語られる。皐月は自分でも驚いていた。こんなにもぺらぺらと残酷な話をしてしまうことに。
誰かに聞いてほしかったのだ。語らなければ、苦しみをずっと抱え込んで、発狂してしまいそうだった。
瑠璃はただ黙って聞いていた。たびたび、紅茶に口を付けながら。
話し終えた皐月は、うつむいて紅茶を見つめる。紅茶の表面に、悲し気な目をした自分の顔がうつっていた。
皐月がティーカップを手に取ると、瑠璃は口を開いた。
「皐月の考えもわかるけど、仕方ないのよ。……子どもなら、裁判で死刑にはできないもの。皐月ならわかるでしょう?」
皐月は力なくうなずいた。
少女を殺さずに救えたかもしれないという気持ちと、被害者がこれで報われるのならという気持ちが、ごちゃ混ぜになっている。
瑠璃は紅茶を一口飲んで、言った。
「皐月が同情するのもわかるわ。相手は子どもで、家庭環境も劣悪だった。でも、だからって、罪が許されるわけではないでしょう?」
その声色は実に穏やかで、優しかった。
「死はそこで終わり。これから反省することも新たな人生を送ることもない。法律で生かされることもないし、人として生きる幸せを知ることもない。……でも」
瑠璃はほほ笑んで、皐月を見つめる。
「もう誰にも傷付けられることはない。生まれてきたことを後悔しなくてもいい。誰かを殺す必要だってない。……存在を否定され続けたその子にとって、この世界から消え去ることは、救いでもあったはず」
皐月には理解できない。死の制裁によって、少女が救われたとは思えなかった。愛される喜びも知らず、平凡な幸せも知らず、孤独と理不尽の中で生きて、罪を犯したまま処刑される。そんな人生の中、死ぬことが少女にとって救いだったなんて、思いたくもない。ただ、虚しいだけだ。




