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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.5 連れて行ってほしかっただけ
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生きていてほしかっただけ

 少女も何が起こったのかわからないようで、不思議そうに皐月を見つめていた。皐月は、少女の首に赤い線が横切っていることに気付く。


 少女の口から、漏れる声。


「あ……」


 というつぶやきとともに、少女の首が、横にパカリと開く。そのまま地面に落ちて、転がった。


 胴体からは血が吹きあがっている。皐月の顔とスーツを汚し、力なく地面に崩れ落ちた。ブランコの鎖には、もう片方の手が、握られたままだ。


 途端に皐月の口から、小さい悲鳴が漏れる。


「ああああああああああああ、あああああ、ああああああ」


 唇がわなわなと震える。目の前に転がる死体から、目を離せない。どす黒い血液が、地面に広がっていく。


 ブランコの鎖を必死に握っていなければ、頭がくらくらして今にも倒れそうだった。


 後ろを向いて、和也を睨みつける。力を振り絞って、精いっぱい声を出した。


「どうして!どうして殺したんだよ! 殺さなくてもよかっただろ! どうして!」


「どうしてって……それが僕の仕事だし」


 和也は平然と答え、レイピアを鞘におさめた。自分のジャケットにふりかかっている血液を見て、不快そうに顔をゆがめている。


「違う、違うよ、この子は殺すべきじゃなかった……。だってまだ子どもで」


「子どもだけど殺人鬼でしょ。何人、妊婦を殺したと思ってるの?」


 和也は、地面に広がる血液が、足元に近付いてくるのに気づく。それを避けるように数歩離れた。


 皐月は必死に反論する。何か言ったからといって、少女が生き返ることはないとわかっていても。


「でも、でも、この子なりの事情があって、そこは考慮しなきゃいけないし……短絡的に処刑するべきじゃない……」


「事情がどうとか生い立ちがどうとか、原因がどうあれ結果が人殺しなのは変わらないでしょ」


「だって、まだ、子どもで、更生の余地が……。カウンセリングだって、受けさせて……」


「あのさあ……」


 和也は不快そうに眉をひそめて、大きなため息をついた。


「殺人犯の更生について考えるのは三美神(僕たち)の仕事じゃないから」


 その声は、皐月が今まで聞いた和也の声の中で、一番冷酷だった。


 家にいるときの父親は、あんなにも穏やかで、優しい笑みを浮かべているのに。


 目の前にいる人物は、誰なのだろう。少なくとも、皐月の知る和也ではない。まるで汚いものを見るかのような目で、死体を見下ろしている。和也にとって殺人犯は、もはや人間には見えていないのかもしれない。


「父……俺、やっぱり……」


 溢れ出てくる涙で、父親の姿が滲む。


 やはり、こんな仕事は嫌なのだと。父や瑠璃にやってほしくないし、自分もやりたくないのだと。伝えようとして口を開ける。


 そのとき、和也のスマホがなった。和也はジャケットの内ポケットから、スマホを取り出す。皐月のことなどお構いなしに、意気揚々としゃべりはじめた。


「はーい。うん……終わったよ。殺しちゃったけど、大丈夫だよね。だって皐月のこと刺そうとしたし……」


 和也の表情に影がかかる。


「ああ……動機……? えーと……それ、知ってどうするの? ……さあ? 僕はよくわかんないな」


 電話の相手が哲だと言うことに、皐月は瞬時に気付いた。


 和也は、電話をしながら、上機嫌に笑っている。こんな父親が、自分の父親だと信じたくなかった。


 穏やかで、優しくて、皐月に気を使いながら接してくる和也は、そこにはいない。 




          †




「和也にしては手ぬるいんじゃねえか?」


公園に到着した健一が、死体の状況を見て言った。


これが手ぬるいということは、いつもはこれよりもひどい、という意味なのだろう。


 皐月は苦々しい表情を浮かべ、死体と三美神から顔を背けた。


 和也はわざとらしく頬を膨らませる。


「だあって。皐月の前でグロテスクなものは見せられないでしょ」


「いや、これでも十分グロいとは思うんだけど」


真面目につっこむ健一に対して、和也はむっとした表情を浮かべる。


 鑑識たちが公園を封鎖して、和也が処刑した遺体の確認を行っている。それが終われば死体は運搬されていくだろう。


哲は、嫌悪感をあらわにしている皐月に声をかけた。


「言いたいことでもあるなら、俺が聞こうか」


 皐月は唇を噛みしめながら、哲を睨み付けた。


 ずるい言い方だ。どんなことを皐月が言ったところで、言い返す自信があるのだろう。


 現に、哲は何もかも見透かすような瞳で皐月を見つめている。何も言おうとしない皐月に、しびれを切らしたのか口を開いた。


「もしかして、まだ子どもだから殺さなくてもよかった、とでも思ってるのか? 情状酌量の余地があったと?」


 図星だ。どうせ言いくるめられるに決まっているので、皐月は何も言い返さない。


「犯人を最初に見つけたのが警察だったなら、殺しはしなかっただろうな。裁判にかけられて、しかるべき処罰を与えられる。でもこの事件は俺たちが請け負ってる三美神案件だ」


 つまり、捜査権も犯人の処遇も、三美神に一任されているということだ。三美神にただ協力しているだけの皐月に、口を出す権利などなかった。


「俺たちの仕事は、不特定多数の人間が命を落とすような事件の犯罪者や殺人鬼を、処刑すること。だから俺たちは、犯罪者が犯罪を行ったという事実しか見ない。……それしか見ちゃいけないんだ」


 皐月は不満げに眉をひそめ、哲から目をそらした。


「過去や動機を含めてこれから更生できるかを考えるのは、警察か、検察か、裁判官の仕事だ。俺たちの仕事じゃない」


「どうしても、あの子を殺さなきゃいけなかったんですか?これ以上の被害を出さないために? 三美神からしてみれば、あの子は殺さなければいけないほどの極悪人だったんですか? 」


「ああ、そうさ」


哲は即答し、腕を組んだ。皐月は全く納得していない目で、哲を見る。


「なあ、皐月。今回、殺されたのは何人だと思う?ちょうど十人だよ。生存者は一人だけ」


「え……? ……ああ……そっか……」


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