かわいがってほしかっただけ
皐月は顔をゆがませる。少女の話は聞くのは、ひどく心苦しいものだった。
「おなかの大きい人たちが、かわいそうだなって思ったの。子どもがいなくなれば、不幸になることなんてないのに。痛い思いをして産む必要もないのに。だから助けてあげたくなったの。子どもを産んで苦しまないように、おなかを小さくしてあげたかったの」
少女の生い立ちに事情があったとしても、犯罪そのものを肯定していいわけではない。かといって、皐月は目の前の少女を、罵倒する気持ちにはなれなかった。
「そう言えば許されると思ってるの?」
二人の後ろから、低く冷たい声が落ちてきた。少女はゆっくりと振り返り、びくりと体を震わせる。
そこには、冷ややかな笑みを浮かべて、少女を見下ろす和也がいた。
「君のママは少なくとも死後一ヵ月は経過している。そのあいだ、君は部屋を自由に行き来していたんでしょう? それなのに、ママを誰かに助けてもらおうとはしていない」
和也はレイピアに手をかけて、今にも引き抜こうとしている。
「警察や救急車を呼ぶこともなかったんでしょう?それって、ママが死んだところで平気だと思ってたからだよね? ママの首の刺し傷は、声を出せないようにするためだったんでしょう? あそこ、壁薄いからすぐ気付かれそうだもんね?」
皐月は眉尻を下げて、和也を見上げる。少女は何も言わず、和也から目をそらした。
「ママを殺ったあとは、ターゲットを見つけてただただ人殺しを繰り返してる。 足がつかないように人目のつかない場所や時間を狙っているところも、質が悪い」
和也は、軽蔑するかのような目つきで少女を見つめた。
「憎しみが勝って犯行を繰り返す、確信犯だよ」
「でも……っ」
苦々しい表情をして、皐月は言う。
「でも……あの環境で育って、母親にもひどい扱いをされていたのなら、極端な行動をしてしまうのも仕方ないと思う……」
自分でも、歯切れの悪い言い方をしているとわかっていた。それを見越したかのように、和也が鼻で笑って言い返す。
「だから情状酌量の余地があるって? でもそんな事情なんて罪を犯して良い理由にはならないし、最終的に殺すことを決めたのは、この子でしょ?それにね、皐月くん。子どもの殺人ほど純粋で、卑怯で、恐ろしいものはないんだよ?」
わかっている。改めて和也に言われなくても、理屈ではわかっている。
「でも、殺すべきじゃない……。レイピアを抜かないで!」
レイピアに手をかけている和也に、語気を強めて言い放つ。
その瞬間、少女の笑い声が響き渡った。
「ぷっ……あはは!あははは!」
少女はおかしそうに大口を開けて笑う。しばらく笑い続けて落ち着きを取り戻すと、小ばかにするような目つきで和也を見上げた。
「はーあ。だって、ママ、言ってることおかしいんだよ?」
皐月は少女の変わりように、唖然とした表情で見つめる。和也は真剣な目つきで少女を見下ろし、レイピアから手を離そうとしない。
「別にね、ママのことは嫌いじゃなかったんだよ? パパがいなくても。ご飯を作ってくれなくても。いろんな男を家に連れてきたとしても。一緒におでかけしてくれなくても。家に閉じ込められていたとしても。大事だった。だってママだもん。私のママだから」
少女はあっけらかんと言ってのけ、自嘲気味に笑う。
「ママは私に、子どもなんていなければよかったってずっと言ってた。でも、赤ちゃんができた瞬間、かわいいかわいいってお腹さすってるの。……おかしいよね? 私には、あんなに子どもはいらないって言ってたくせに」
少女の目つきが鋭いものに変わる。うつむいて、憎々し気に顔をゆがめた。
「子どもなんていらないくせに。不幸にする存在だって言ったくせに。誰が父親かもわかんないくせに。すっごい喜んじゃってさぁ。私に言ってたことと違うじゃない。結局私が、ただ、ママに、必要とされていなかっただけだったの? 」
和也は何の反応もせずに少女の話を聞いている。皐月が何か言おうとしたが、和也が手を出して、それを制した。
「……ううん、違う。かわいいって言われるのは今だけ。産まれたら、いらない存在になる。ママを不幸にする。ママに愛されることはなくなる。すぐに飽きられる。あーあ……かわいそう。ほんとうにかわいそう」
ブランコの鎖を握る手が、ぶるぶると震えている。
「だから、取り出してあげたの。どうせママを不幸にする存在なんだから。いらない子になるんだから。おなかの子は産まれてこないほうが幸せだよ! ママに『生まれてこなきゃよかった』なんて、言われないで済むんだから」
少女は、油まみれの頭をぼりぼりとかきむしる。ふけが、粉雪のようにぱらぱらと落ちていった。包丁を握りしめている手は力み、震えている。
「ママが死んだあと、何人もおなかの大きい人を見た。どいつもこいつも幸せそうに笑って! ばかじゃないの……? 子どもはママを不幸にするんだよ? なんでなんでなんで……!」
少女はタガが外れたように大声を出す。
「 子どもは、ママを不幸にする存在なんでしょ! ママに望まれて産まれてくるなんて絶対にありえない!ありえないありえないありえない……!わたしが……わたしだけが望まれてなかっただなんて、そんなのありえない……! 」
少女は皐月に顔を向ける。暗く濁った瞳から流れ出る涙で、顔がぐしゃぐしゃになっていた。
「どうせ産まれたら! ママは不幸になるし子どもは嫌な思いをするの! 子どもがいないことがママの幸せなの! そうに決まってるの! みんなそうなの!」
少女の姿は、まるで癇癪を起こした子どもが駄々をこねているようだった。
だから皐月は、皐月に向かって包丁が振り上げられたとしても、恐怖を感じることはなかった。ただの子どもの八つ当たりなら、皐月は止められる。
「幸せに産まれて生きるなんて! 愛されて生きるなんてありえないんだから! そんなの絶対に許さないからぁああ! 」
皐月に振り下ろされる包丁。少女の手首をつかもうと手を伸ばしたとき、目の前から包丁が消えた。地面に突き刺さる音が聞こえる。
音がしたほうを見ると、地面に刺さった包丁には少女の手が握られていた。理解が追いつかない皐月は、少女に顔を向ける。




