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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.5 連れて行ってほしかっただけ
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逃がしてほしかっただけ

 闇の中を生きてきたような瞳。薄汚れた体。でも、あり得るのだろうか。あんな子どもが、次々と妊婦を襲うだなんて。胎児をぐちゃぐちゃにする残虐性を持ち合わせているだなんて。皐月には少女が犯人だと信じたくない気持ちもあった。


 健一がつぶやく。


「……殺さないまでも、とりあえず早急に見つけたほうがいいな。あの死体の娘ならなおさら。手分けして探そうか? 」


 和也が何かに気付いたように、ゴミ捨て場のほうを向く。穏やかにほほ笑んでいたが、その瞳には狩人のような鋭さが備わっていた。


「その必要はないんじゃない?……ほら」


 皐月は和也の視線の先を見る。ゴミ捨て場の手前に、こちらを見つめる髪の長い少女が、いた。着ている服は、皐月が以前見かけたときのものと変わっていない。その手には鈍色の包丁が握られ、黒いごみ袋をさげていた。


 大人の男たちに見つめられ、威圧されたのだろう。少女は背を向けて走り去っていく。


「あ……待って! 」


 皐月は追いかける。少女を捕らえても何をするべきかわからなかったが、体が勝手に動いていた。


 走っていく皐月の後ろ姿を、その場に残る三美神は見つめる。健一があきれたようにつぶやいた。


「あーあ、行っちゃったよ……。どうする? 俺たちも行く? 」


 哲に顔を向けると、哲は短く息をつく。


「……和也、まかせてもいいか? 俺たちはもう少し調べてから行く」


 哲の言葉に、和也は何か言いたそうな顔をしていたが、穏やかに口角を上げた。


「もちろん、そのつもりだったよ。放っておけなんて言われたらどうしようかと思った」


「そんなこと言うわけないだろ。あいつを危険な目に合わせるつもりはないんだから」


 哲は少女と皐月が走っていった方向を見つめ、口を開いた。


「情状酌量の余地があるなら生かして捕らえろ。皐月に危害を加えたり、反省の色が見えない場合は……わかってるな?」


 無慈悲で無機質な声だった。反対に、和也は柔らかい声で言う。


「うん……まかせてよ」


 腰に下げているレイピアの持ち手を、優しくなでていた。






          †






 こぢんまりとした公園のそばに、ごみ捨て場が併設されている。薄汚い格好をした髪の長い少女は、黒いごみ袋に入れた何かを、雑に放り捨てた。包丁は持ったまま、公園に入る。


 ブランコと小さい滑り台くらいしかない、狭い公園。遊んでいる子どもは、一人もいなかった。少女はブランコに座ってゆっくりとこぎ始める。ブランコが揺れてきしむ音が、虚しく響いていた。


 少女のあとをついてきていた皐月は、公園に入る前にゴミ捨て場を見る。少女が捨てたごみ袋に何が入っているのか想像し、顔をゆがませた。


 公園に入って、ゆっくりとブランコに近付く。少女の隣に座っても、少女はもう逃げる様子を見せなかった。


 少女からは、何日も風呂に入っていないような獣臭さが漂う。それでもさきほど嗅いだ腐臭よりはマシだ。


 少女の長い髪は脂っぽくギトギトとしていて、絡まっている。少女の体には、茶色いものがいたるところにこびりついていた。風呂に入って体を洗ったらきっと見違えるはずだ。


 皐月が少女になんて声をかけようか考えあぐねていたとき、少女のほうから声をかけてきた。


「お兄さんは、わたしを遠くに連れていく人なの?」


「え?」


 皐月は目をぱちくりとさせ、少女を見つめる。


「ママが言ってたの。部屋からでたら、嫌な大人につかまって、遠くにつれていかれちゃうんだって」


 少女はブランコをこいだまま、空を見上げている。澄んだ水色の空だ。


「連れて行ってほしいよ。ここじゃない遠いところ……私だけじゃ、いけないから」


 少女の片手には、鎖と一緒に包丁が握られている。しかし少女から殺意は一切感じなかった。


「君が……ママを殺したの?ママのおなかから、赤ちゃんをとったの……?」


 少女はブランコをこぐのをやめた。ピタリと止まって、皐月に顔を向ける。


 その瞳は、純粋で、ゆがんでいて、絶望に満ちていた。


「ママね、いつも言ってたの。私を産まなきゃよかったって。子どもなんて、いらなかったって。子どもなんて、ママを不幸にさせるだけなんだって」


 少女は、自分の足元を見つめた。使い古されたサンダルを履いている。明らかにサイズが大きくて、少女のものではなさそうだ。


「でも、ママの体に赤ちゃんができちゃったの。だからママがかわいそうって思ったの。だって、ママは子どもなんていらないんだもん。子どもは不幸にさせる存在なんだもん。子どもが産まれてきたら、またママが不幸になっちゃう。だから取り出したの」


 少女は、再び皐月に顔を向ける。


「ママがお酒をたくさん飲んで寝てるときにね、やったの。ママが途中で起きて暴れたけど頑張ったの。最初はうるさかったけど、首を刺したら静かになって……そのあとは簡単だった」


 少女の語りはひどく静かで、恐ろしかった。しかし、その顔からは悲壮がにじみでている。


「ママはもう起きてこなくなった。だんだん臭くなっていって。だんだんママじゃなくなっていった。私はただ、ママにこれ以上不幸になってほしくなかっただけなのに」


「どうして……ママだけじゃなくて、ママと同じような人たちを、たくさん殺したの? 」


 皐月はおそるおそる尋ねる。


 少女は、目を伏せて答えた。


「ママが動かなくなってから……初めて外に出たの。今まで窓から外を見ることしかできなかったから、嬉しかった。少しずつ歩き回るようになって……おなかが大きい人をたまに見かけるようになったの」

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