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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.5 連れて行ってほしかっただけ
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刺してほしかっただけ

 哲は顎を触る。部屋中をゆっくりと見回した。


「おまえな、あんまり顔に表情を出すんじゃねぇよ」


 玄関から聞こえる健一の声。


「ああやって刺激させちゃうことになるんだから」


「すみません……」


 しゅんとした、弱弱しい皐月の声が続いた。哲は玄関に顔を向ける。


「まあ、俺も人のこと言えないけどな。こういうときこそ兄さんや和也を見習わなきゃ。本音を見透かされないように」


 何やら話している二人のもとに歩み寄った。哲の気配に気付いたのか、健一が鼻をつまんで部屋に顔を向ける。


「何かわかったか? 」


 鼻声の健一が言った。哲は目を伏せて、簡素に答える。


「遺体の腐敗がかなり進んでる。亡くなったのは、一カ月以上は前らしい。まだ断言はできないが」


「やっぱり俺たちは入らなくて正解だったみたいだな」


 健一が皐月に目配せする。皐月は乾いた愛想笑いを浮かべた。


 哲はしばらくじっと考え込んだあと、健一に視線を向けた。


「そっちはどうなんだ? 有益な情報は出たか? 」


「うーん……」


 健一は顔を横に向けた。その方向では、第一発見者の男性が警察から取り調べを受けている。


「第一発見者の話じゃ、被害者は結構派手に遊んでたっぽいよ。男癖もなかなか悪かったみたいだし」


 哲は玄関から顔を出して、第一発見者の男性を見る。冷静な声色で言った。


「……遺体の服が派手だったし。第一発見者もあんな感じだから、そうだろうなとは思ってたよ」


 健一は皐月の顔を一度見て、哲に視線を戻す。


「それと、被害者には娘がいたっぽい」


「へえ、性別はすでにわかってたのか」


 哲の言葉に、健一は苦笑する。


「違う違う。俺もそう思ったがそうじゃねえ。おなかの中以外にいたってこと。十歳くらいの、髪の長い女の子。だろ?」


 健一は皐月に顔を向ける。急なことに皐月は戸惑った。


「あ、はい……」


 哲は皐月に顔を向け、怪訝けげんな表情を浮かべた。再び、顎を触り、目を伏せる。


「そうか。てっきり、一人暮らしなのかと……。誰かと一緒に住んでいた形跡は……ましてや子どもがいるような生活には思えないから」


 哲は振り返って室内を眺める。目の前にはゴミの山。散乱するペットボトル。プラスチックの弁当箱。そんな室内で、子どもが住んでいた要素は見当たらない。


「こんな環境で、子どもが育つとは思えない……」


「……まあ。学校にも通わせてなかったみたいだからな。そんな親の生活なんてこんなもんなんじゃねえの?子どもに同情するよ」


 哲は返事をしなかった。だが妙に納得した面持ちで部屋を見渡している。


 哲の後ろ姿に向かって、健一は話を続けた。


「皐月も見たんだってさ。ほら、この間近くのゴミ捨て場に捨てられてた胎児がいただろ? それを調べてたときに……」


 健一の言葉が終わるよりも早く、哲は室内に戻っていく。


「いや、おい……最後まで聞けよ」


 哲は慣れたように足の踏み場を見つけて進み、流し台に向かった。液だれしているレトルトの袋じっと見つめ、思い立ったように流しの下の棚を開ける。


 本来包丁を入れておくべき穴に、一本も包丁は刺さっていない。被害者が普段料理をしなかったのであれば、なにもおかしくはないだろう。哲は、棚をゆっくりと閉める。


 顎を触りながら、玄関にゆっくりと向かう。健一の隣にたたずむ皐月に視線を向けた。


「この家の娘を見たって話だったな?」


 皐月はびくりと体を震わせた。


「あ、はい……」


「その子のことを、教えてくれないか? 俺たちは胎児のほうに集中してたから、気付かなかったんだ」


 皐月はうなずく。


「はい……。もちろんです」






          †






 三美神と皐月は、アパートの駐車場に出る。アパートの窓側に面している。皐月が少女を見たのはこの場所だった。


 とはいえ、皐月は少女の顔をじっくりと見たわけではない。髪が長くて痩せていて、十歳くらいで薄汚れた雰囲気。伝えられるのはこの程度だ。


 皐月が話しているあいだ、哲は顎をさわって、真剣な表情を浮かべていた。


「和也は見てないんだな? 」


 和也は静かにうなずく。哲が目を伏せて考え込むと、皐月が遠慮がちに口を開いた。


「あの……その女の子が犯人、なんでしょうか……?」


 三美神はお互いに顔を見合わせた。しばらくして、哲が口を開く。


「今のところ、何とも言えないな」


 親指でアパートを指し示しながら言う。


「でも今までの事件現場の中心がここなんだ。いつ死んだのかはっきりわからないような遺体も見つかった。しかも現在行方不明になってる娘がいる。その娘が事件にかかわっていると考えるほうが、自然だろう」


 皐月は哲の言葉に反論しなかった。正直、皐月もそのように考えていたからだ。


 例えあの少女が犯人だとしても、違和感はない。とてつもない異常性を、あの日あのときの少女を見て感じ取れた。

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