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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.5 連れて行ってほしかっただけ
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奇麗にしてほしかっただけ

 最低だ。言葉には出さずとも、皐月の顔はそう言っていた。


「そりゃおろせって説得するに決まってるだろ。望むなら中絶代くらいだしてやるつもりだったし!」


 皐月の隣で、健一の妙に冷静な声が響く。


「あ、そう。じゃあ次の質問ね」


 特別興味もなさそうだ。


「ここに来たときの状況を詳しく教えてくれる? 」


 これ以上隠し事はできないと観念したのか、男性は息をのんで話し始める。


「詳しくって言ったって……。俺はただ、あいつを説得しようとここに来て……。そう。駐車場にきたときから、なんかめちゃくちゃ臭かったんです。生ごみが腐った、みたいな。ここまで来たらもう息もできないくらいで」


「どうやって部屋に入った?」


「空いてたんです。チャイム鳴らしても出ないくせに、ドアは開いてて。居留守使ってんのかと思って中に入ったら……臭いしきたねえし虫飛んでるしゴミだらけだし。一瞬ほんとうにあいつの部屋か疑ったんで。でも……部屋の奥にあいつがいるのを見つけて」


「通報した……」


 男性は何度もうなずく。


「気持ち悪くて見てらんなかったけど、来てた服はあいつのものだったし。通報しないで帰ると俺が犯人だと思われるかもしれないから」


 ふむ、と健一は口に手を当てて目を伏せる。そんな健一を、男性がおびえるような目で見ていた。しばらくして何かに気付いたように辺りを見回す。


「……そういえば、子どもがいないんです」


 男性のつぶやきに、健一は反応した。


「まあ、取り出されていたからな」


「いや、そっちじゃなくて」


 健一は眉をひそめる。男性は遠慮がちに言った。


「でかいのがいるんです、あいつには。十歳くらいの。それがどこにもいないんです」


 今まで黙っていた皐月は思わず声を出した。


「それって……もしかして、髪が長くて、痩せてる女の子、ですか?」


 以前目にした女の子。隠れてしまって見つけられなかった女の子。


「あ、ああ……。そうだよ。何度か会ったことがある」


 男性はうなずく。


「あの子どももかわいそうだよな。あいつの話じゃ学校にも行かせてなかったみたいだし。飯もろくに食わせてなかったみたいで……」


 その表情はだんだんと、小ばかにするものになっていく。どこかおかしそうな声色だった。


「いないってことはどっかでのたれ死んでるんじゃねえ?あいつ、俺をここにつれてきたとき、雨が降ってようと子どもを外にほうりだしてたし。まあ、俺には関係ないけど」


「そうですか……」


 皐月は顔をゆがませながら目を伏せた。やはり、あのときちゃんと見つけておけばよかったのだ。異臭のするこの部屋を調べればよかったのだ。そのときはまだ、この部屋にあの子がいたかもしれない。見つかれば、もう犯罪に手を染めるようなことをさせずに済んだかもしれないのに。


 男性は、おそるおそる上目遣いで健一に聞く。


「あの……俺、もう帰っていいすか?」


 健一はどこか冷たい声で返した。


「さっきの話を、刑事たちにもしてからだ。場合によっては任意でひっぱられるかもしれないけど」


「そんな……勘弁してくださいよ、俺は関係な……」


「大丈夫だよ。警察は少なくとも三美神おれたちよりは優しく対応してくれるから」


 刺々しく無情な声に、男性はびくりと体を震わせた。


「よかったな。めんどくさい客も、必要ない子どもも、消えてくれて」


 男性を静かににらむ健一の顔は、美しくておそろしかった。湧き上がる嫌悪を、もう隠すつもりはないらしい。


 健一は部屋の中に視線を移す。哲と和也が戻ってくるのを二人で一緒に待った。






          †






「腐敗の様子から見て、一カ月以上は前だろうな。検視官に見てもらわねえと詳しくはわからねえが」


 遺体を前にして、ベテラン鑑識が言う。しゃがんで、臆することなく丁寧に観察していた。


「臭いも相当ひどかっただろうに……他の住民は気付かんもんかね?」


 鑑識の後ろから遺体を見ていた和也が、笑みを浮かべて口を開いた。


「関わるほうがめんどくさいって思ったのかもよ?ゴミ屋敷の住人に、ろくなやつはいないだろうし」


 和也の茶化すような言い方に、鑑識は笑えないようすでため息をついた。


 哲は首をきょろきょろと動かして室内を見回す。どこもかしこもゴミだらけだ。足場を見つけながらゆっくりと移動する。


 流し台の手前には、粉末コーヒーや砂糖が床にぶちまけられたまま、固まっていた。その周りには食べかけのお菓子が散乱している。


 油でテカった黒い虫が出てくるかもしれない。想像しただけで鳥肌が立つ。出てこないことを祈りつつ、流しに近付いた。


 流し台の上にはレトルトの容器や箱が散らばって、中身の液体が容器から零れ落ちている。食器や調味料の類は見つからない。日常的に料理をしていた形跡はなかった。


「一人暮らしだったのか……?」


 だとすると、おなかにいたのは誰の子どもだったのか?どうしてこの部屋で殺されてしまったのか。室内で殺されていることには、何か理由があるのだろうか。


「……一番最初に殺されたのには間違いない」


 遺体の状況がそれを物語っている。死亡したのが推定で一カ月以上前。最初に見つかった遺体よりも前に殺されていることになる。


「ここが始まりで……。徐々に行動範囲を広げている……? だとすると、犯人の居場所は……? 」

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