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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.5 連れて行ってほしかっただけ
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産まないでほしかっただけ

「範囲としてはそこまで広いわけじゃない」


 哲が指で画面をたたくと、赤星と黄星が表示された範囲をぐるりと円が囲む。


「……で、この範囲のちょうど中心にあるのが……ここだ」


 再び哲が画面をたたく。円の中心がスーッと拡大されていき、ある建物にピンがささったような表示がされた。


「あれ……ここって」


 皐月が恐ろしいものを見たように、青ざめた顔でつぶやいた。和也はめんどくさそうに顔をゆがませる。


 そのとき、哲のスマホがスラックスの中で震える。それは今の三美神にとって、重要な連絡であることに違いなかった。




          †




 木造アパート一階の一室。押し入れ付きで十畳ほどある、広めのワンルームだった。歩くたびに床はきしみ、上の階や隣の部屋から生活音が聞こえる。壁は薄いようだ。


 その部屋はとにかく悲惨な状況だった。ペットボトルや空の弁当箱が散乱し、雑にゴミを詰め込まれた多くの袋が床を隠している。ハエがそこかしこを飛び回って耳障りだ。ゴミ屋敷、という言葉がよく似合っていた。


 哲と和也はハンカチで鼻をおさえ、なんとか足の踏み場を探す。ハンカチ越しに伝わってくる悪臭に耐えながら移動していた。


 部屋の片隅に、仰向けの遺体がある。嗅覚を鈍らせるほどの悪臭は、遺体からなのかゴミからなのか、よくわからない。


 遺体は皮膚が黒ずみ、どろりと溶けかかっている。派手でおしゃれなワンピースは薄汚れて、キラキラしたピアスやネックレスは、黒ずんだ皮膚に埋もれていた。ハエがぶんぶんと舞い、遺体の顔に止まっては、再び飛び回る。


 腹をさばかれて中身をとられているのは、一連の事件と全く同じ状況だ。首にも、刃物で刺されたような傷口が見える。しかし室内で殺害され、腐敗がここまで進んでいるものはこれが初めてだった。


 哲と和也は遺体に向かって十字を切り、祈りをささげる。しばらくして祈りを終えると、哲は遺体に顔を向けたまま、口を開いた。


「おまえ、気付いてたんじゃないのか?」


 和也が薄く笑みを浮かべて、哲を見る。


「何の話?」


「とぼけるな。皐月と一緒にここにきていただろう、あのとき」


 和也はねたように唇をとがらせた。


「だって、兄さんに命令されてたわけじゃないから。死体を見つけろ、なんて」


 哲は顔色一つ変えずに和也を見る。何か言い返すこともなく、ただ短く息をついた。


 開きっぱなしの玄関の先には、健一と皐月がひかえている。部屋の中の異臭は、外にも強烈に漂うほどだった。


「ひでえ臭いだ。鼻がひん曲がる」


 健一はうんざりしながら、鼻をつまむ。その隣で、皐月はハンカチで鼻をおさえていた。この臭いの中しばらく過ごしていれば頭痛におかされそうになる。現場に堂々と入っていったあの二人の感覚は正常ではない。仕事なのだから当然だと言われてしまえばそれまでだが。


 健一と皐月の前には、いかにも夜の仕事、といった見た目の男性がおどおどとしていた。派手な金髪に、きらきらのピアス。オーバーサイズのパーカーを着こなす男性は、整った奇麗な顔をしている。鼻をそででおおっていた。


 健一が男性に鼻声で尋ねる。


「……で?あなたが第一発見者?」


 男性はうなずく。


「詳しく話をきかせてもらっていい?」


 男性は助けを乞うような顔をして、何度もうなずいた。ずいぶんと必死だ。くぐもった声を出す。


「俺、あいつと一カ月以上連絡取れなくて、で、なんとか説得しようと思って」


「ちょっと待って。その前に、被害者とはどういう関係?」


 健一の質問に、男性の目が泳ぐ。


「ホストと、客です」


「ふうん。……ホストって客の住所知ってたりするもんなんだ?」


「それ、は……まあ。客が教えてくれるんで……」


 明らかに男性の反応がおかしい。健一は特に追及することなく、次の質問に切り替えた。


「……被害者が妊娠してたことは知ってた? 」


「は……い……」


 声が小さい。


「父親が誰なのか知ってる?」


 男性の顔は真っ青になる。だらだらと冷や汗が流れだした。目が不自然に泳ぎ、一向に声を出そうとしない。


 健一はあきれたようにため息をついた。


「どうせこれから細かいところまで調べられるんだから、今のうちに全部しゃべったほうが良いと思うけど?」


 男性はがたがたと震え出した。


「違う……俺じゃない」


 男性はやっと声を出す。


「俺は殺してない! 俺は、子どもを産むなって説得しにきただけで! だっておかしいだろ! たった二、三回寝ただけで、できたから責任取れなんて! 」


 ホストという職種はみんなこういう感じなのだろうか。皐月は不信感にまみれた瞳で男性を見つめる。


 客と寝ることがあると聞いたことはあるが、実際目の前にそういう人物を見ると、住んでいる世界の違いを感じてしまうものだ。


 男性は皐月の視線に気付いたようで、声を荒らげる。


「俺は悪くない! あいつのほうが性悪だろ! あいつ、俺以外のホストとも寝てたし! 俺の子どもじゃないかもしれないだろ! それなのにそこかしこで俺の子どもだって言いふらしやがって。ネットにも書き込まれて、今も大変なんだからな!営業妨害にもほどがある」

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