着替えてほしかっただけ
確かに、女性があの遺体を見れば、男性以上に共感して悲痛に感じるかもしれない。娘を心配する父親として当然の反応だろう。
哲の言葉に同意するように、皐月はうなずく。しかし哲の心配は、皐月が予想するものとは少し違っていた。
「瑠璃はああいった女性の遺体を見ると、暴走するときがあるんだ。犯人を捕まえようと躍起になるのは全然いい。問題は処刑の方法だ。現にこのあいだだって……」
哲は皐月の顔を見て、すぐに視線をそらした。
「いや、この話はいい。とにかく、瑠璃を今回の件に関わらせたくないんだ。あのキャリア警部を喜ばせるようなこともしたくないしな」
理由が若干異なっていたとしても、瑠璃を現場に立たせたくないという二人の考えは一致していた。
哲は憎々しげに言う。
「あのキャリアめ、わざわざ瑠璃を指定するなんて生意気な。処刑するところを見てみたいなんて悪趣味すぎる。……いけ好かない」
皐月は哲の言葉を、否定する気持ちにはならなかった。哲に対して、前回「クラシカル」で話したときのような不快さや気まずさはもう感じない。
「とてつもない変態野郎なんですね。その警部は」
皐月は淡泊に吐き捨てる。哲は少し驚いたように目を見開いた。そして、困ったようにほほ笑む。
「……野郎だけだったら、まだよかったがな」
あきれたように大きなため息をついて、言った。
「若いキャリアに言われるがまま従うなんてごめんだ。だから今回、瑠璃は不参加。事件の話をすればすっ飛んでくるだろうから連絡もしない」
確かに、この仕事を大事に思っている瑠璃に連絡をすれば、どんな事件だろうと現場に駆け付けるだろう。
「だからおまえは、瑠璃が参加できない代わりとして一緒にいてもらう。キャリア刑事がおまえで納得するとは思わないけどな。瑠璃を出せってしつこく食い下がってきそうだ。何と言われようと、瑠璃をだすつもりはないがな」
哲は意地悪く笑う。
「そういうことでしたら……今回は三美神と一緒にいます。でも、必要最低限のことしかしませんから」
あくまでも、瑠璃を現場に出さないためだ。瑠璃の代わりに、皐月が人を殺す必要はない。
哲はうなずいた。
「ああ……感謝する」
三美神に協力するなんて本当はご免だが、皐月が協力することで、瑠璃が協力せずにすむのであればそれでいい。少なくとも瑠璃の安全は守られる。
皐月はそうやって三美神に一線を引いているつもりだろう。しかし気付かぬうちに、三美神の領域にずぶずぶと入り込んでしまうのも時間の問題だった。
†
「んー……やっぱり白だよね」
百合園邸の和也の部屋に、皐月はいた。スーツの白いジャケットを和也に合わせられている。
「いや……何してんの?」
不審なものをみる目つきで和也を見た。和也は集中しているようで、ぶつぶつと小さくつぶやいている。
「でもってベストは黒のほうが良いかな。僕と差別化したほうがいいし」
「いやだから……」
和也はハンガーに黒いベストをかけて白いジャケットを羽織らせたものを、皐月に合わせる。皐月は顔をしかめて、さきほどよりも大きめの声を出した。
「父! 」
和也が驚いたように目を見開く。
「ねえ、説明して。なんで俺、父にスーツの準備されてるの? 」
皐月が戸惑うのも無理はない。
今回ばかりは三美神に協力することを自分の意志で決めて、三美神会議に参加するために百合園邸に哲と入った。しかし皐月は会議室ではなく、和也の自室に連れていかれたのだ。そして今に至る。
和也は皐月の体からハンガーを離し、ため息をついた。
「しょうがないでしょ。君は捜査に参加することになっちゃったんだし。私服でいるよりはこっちのほうが、三美神側の人間だと思ってもらえて安全だから」
「俺は、別にそう思われたいわけじゃ……」
「僕だって、別に着せたいわけじゃないよ。でも、兄さんの命令だし。兄さんの命令には逆らいたくないから」
和也は納得していないようだった。それでも皐月が自分で決めた手前、和也も下手なことは言いたくないのだろう。
「……兄さんから聞いたことがあるんだ。日本は、自分が無宗教者だと言ったって、変な目で見られることはない。でも、他の国では不審がられてしまうこともあるって」
「……なんの話? 」
「下手すれば奇人扱いされるし、テロリストに間違われてしまうことだってあるんだって」
皐月は戸惑いつつ和也を見る。和也は何かを諦めたような冷めた目を、自分が持っている服に向けていた。
「神を信じない人は、守るべき倫理感を持ってない危険人物だって判断されちゃうの。本人は神に縛られずにフリーに生きているつもりだったとしても、周りがそうは見てくれないの」
皐月は眉をひそめる。いまだに、父親が何を言いたいのかわからない。
「あのね、皐月……。 皐月はこれから、三美神とは何のつながりもありませんって振る舞うほうが危ないの。これからは、無宗教者が攻撃されるような国で暮らすような生活になる」
和也の言っていることが、ようやく理解できたような気がした。
(でも、どうして? 今まで普通に過ごしてきても、危険なことに巡り合うことなんてなかったのに)
そう。あのムカデ事件に遭遇するまでは。




