代わってほしかっただけ
哲がバツの悪い顔になって、振り返った。
「……いい加減機嫌をなおせ。利用しないって言ってるだろ」
「だって……」
和也は悲し気に目を伏せている。
「しかたなかったんだよ。巡には連絡つかなかったし」
その言葉に、今度は健一がバツの悪い表情を浮かべた。
「う……面目ない。何かを察したのか朝から家にいなくて……」
九条巡は健一の息子で、九条家の唯一の跡取りだ。皐月が頻繁に会うような仲ではなく、どういう人物なのかよくわからない。とはいえ、瑠璃と同じように昔から三美神とともに活動していることは、なんとなく知っていた。皐月にとってはあまり関わりたくない存在だ。
三美神はテープをくぐって現場に入っていく。皐月もその後に続いた。
哲と健一は、現場検証用の手袋をいそいそとはめながら進んで行く。皐月は三人の後ろをついていきながら、きょろきょろとあたりを見回した。三美神が引き受ける仕事なら、この先にろくな死に方をしていない遺体があるはずだ。
ふと、三美神が立ち止まった。哲の前には、真剣な顔つきで何やら考え込んでいる東悟の姿。東悟は三美神に気付いて、口を開く。
「……なんか最近、こういうの多くないか?……って、おい 」
東悟はぎょっと目を見開いて、戸惑いの声を上げた。三美神の後ろにいる皐月に気付いたようだ。
「瑠璃ちゃんはどうしたんだよ?」
冷静に哲は答える。
「事情があって外した」
「それなら巡くんがいるだろ!」
「連絡がつかないんだよ」
哲はうんざりとした表情でため息をついた。東悟は、皐月に視線を向ける。明らかに同情している目だった。
「皐月くんはスーザンの件があるだろう? あんまりこういう場に来させないほうが」
「スーザンの事件の甚大なる協力者だから連れてきた、という名目でどうだ?」
東悟は不快そうに顔をしかめる。
「おまえ、それであのキャリアが納得すると思ってるのか?」
「納得してもらわなきゃ困る。瑠璃は絶対に連れてくるわけにはいかんからな」
東悟は深くため息をついた。完全にあきれている。
哲は振り向いて、皐月に言った。
「おまえには酷な現場だろうから、見なくてもいい。というか見るな」
それは、哲なりの配慮だった。しかし見るなと言われれば見たくなるもので。
皐月が哲の心遣いに気付くのは、興味本位で哲の背中越しに地面を見下ろしてからだった。
「皐月! 見ちゃダメ!」
和也の悲痛な声もむなしく、皐月はその光景を視界に入れた。
電柱に背を預けるようにして、若い女性が足を広げて座っている。その腹は真一文字に切られ、見覚えのある赤黒い臓器が、足の間にこぼれ落ちていた。皐月にとっては、まるでデジャブのような光景だ。
込み上げてくる吐き気。口を押えながら後ろを向く。スーザンで経験したあの恐怖と絶望がよみがえってきた。
「だから言ったのに……」
あきれ切った哲の声が耳に届く。
震える体をなんとか落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
背中にそっとあてられる手。
「ごめんね、無理やり呼び出しちゃって」
和也だった。皐月にそっと寄り添う。優しくて、温かい。和也は悲し気な表情を浮かべていた。
百合園親子の様子を尻目に、哲と健一は遺体に向かって十字を切り、祈りをささげ始めた。辺りはさぁっと静まり返る。
二人が目を開き、祈りを終えると、再び捜査員たちがせわしなく動き出した。
東悟は遺体を見下ろしながら、哲に言う。
「どう思う? こういう殺し方はやってんのか? スーザンのときも、瑠璃ちゃんが片付けた案件も、確かこんなやり口だったよな」
瑠璃の名前に、皐月の体がぴくりと反応する。おそるおそるふりむいて、東悟たちが会話をしているようすを見つめた。そんな皐月を、和也は心配そうに見つめる。
哲は遺体を見つめ、顎を触りながら東悟に言った。
「さあ……どうだろうな。でも、犯人にとっては目的があるんだろう。殺人鬼の中には、変なところにこだわりを持っているやつもいるし」
「きっと、俺たちには到底理解できないようなこだわりなんだろうな」
東悟は自嘲気味に笑う。
哲は膝に手をついて、遺体を舐めまわすようにじっくりと見つめる。
「最初から腹を狙ったのか? 子宮だけが外に出てる……。腕の傷もひどい。何度も刺されている。……腹をかばったのか……? 」
哲の隣にいた健一が、遺体のそばで倒れているバッグに気付き、近寄った。
ぶつぶつとつぶやきながら考えを整理させていく哲の耳に、健一の声が届く。
「妊婦だったみたいだぞ」
哲は視線を健一に移した。健一はバッグを手に取って、マタニティマークを見せる。しばらく中をあさって、母子手帳を取り出した。
哲は手帳の存在を確認し、視線を遺体に戻した。腹から飛び出た赤黒い臓器。しゃがんで、じっと観察する。
哲の後ろから、東悟が不快感をあらわにしながら一緒に見ていた。
哲は臓器から目をはなすことなく口を開く。
「……この女性が妊婦だったなら、中にいた子どもはどこにいったんだろうな? 」
あまりにも冷静で感情のない声色に、その場にいる者たちは背筋が凍り付いた。
落ち着きを取り戻した皐月は、遺体やその周りにいる哲たちを、じっと見つめる。哲が瑠璃を呼びたくなかった理由が、なんとなくわかったような気がした。
恐怖を感じないわけではなかったが、こんなことでくじけるようでは瑠璃の代わりは務まらない。ここは自分がしっかりしておかねばならないのだ。




