気にしてほしかっただけ
その日は皐月も瑠璃も大学が休みだった。
なんてことはないスコーンと、コーヒー。朝食はこれだけで十分だ。
二人で向かい合わせに座り、テーブルで食事をしながら、テレビを見る。朝のお堅いニュースを、二人は真面目な顔で聞いていた。
唐突に、甲高い電子音楽が響き渡る。テーブルに置かれた皐月のスマホが震えていた。
皐月はスマホを持ち上げ、画面を確認する。そこには知らない番号が表示されていた。
瑠璃をちらりと見た。瑠璃は何も気にしていないようすで皐月を見ている。
「なに? 出たらいいじゃない?」
自分のスマホに知らない番号からかかってきたら、出るのに尻込みしてしまうものだ。番号を検索したくなってしまう。皐月はそういう質だ。
電話が切れる。少しすると再び着信音が鳴りだした。皐月は瑠璃を再びちらりと見て、電話に出る。
瑠璃はどうでもよさそうにテレビに顔を向けた。
『おはよう、皐月。今、話せるか? 』
哲の声だった。
なぜ自分の電話番号を知っているのか疑問に思うが、その疑問はすぐに頭から消えた。きっと和也が教えたに違いない。
「……何かあったんですか? 」
瑠璃に不審がられないように、冷静な声色で話す。
『今日は何か用事でもあるのか? ないなら手伝ってほしいことがあるんだ』
哲の言う手伝ってほしいことなんて、決まり切っている。嫌な予感しかしない。
『ああ……瑠璃とデートする予定でもあるなら、無理強いはしない』
「そ、そんな予定はありません!」
正直、できたらいいなとは思っていた。とはいえ、哲にそうやって気を遣われることはなんだか癪だ。プライベートに踏み込まれるのも、したり顔でわかったような口を利かれるのも気に食わない。
瑠璃はテレビから皐月に視線を移す。皐月が何を話しているのか気になり始めたようだ。
『そうか、それなら……手伝ってほしい』
皐月は苦々しい表情を浮かべて、ため息交じりに返す。
「このあいだみたいなことに巻き込まれるのはごめんです」
『……悪かったよ。今回はそうならないように俺たちがフォローする。おまえはただ、そばにいてくれるだけでいい』
哲の声の後ろで、パトカーのサイレンが響いている。皐月の嫌な予感は的中していた。
利用はされないものの、危険なことに巻き込まれるのは一緒だろう。哲は皐月の言葉をはっきりと否定してはいないのだから。
「それ、俺が断ったらどうなるんですか? だって……別に俺がいなくても、なんとかなりますよね?」
電話の向こうで、哲が押し黙っている。やがて、遠慮がちな声がゆっくりと放たれた。
『瑠璃に連絡することになる』
皐月が想定していたとおりの答えだった。
『でもできれば……今回の件に瑠璃は関わらせたくない。おまえが代わりに手伝ってくれたら、うまくごまかせる、かもしれない』
ずるい言い方だった。そして何とも歯切れの悪い言い方だった。
哲の声色は、以前のような高慢さはなく、どこか参っているようだった。言葉にうそはないのだろう。
どちらにせよ瑠璃の名前を出されたら、皐月は断れない。断れば、次は瑠璃のスマホに連絡が入るのだ。
皐月だって、三美神の仕事に瑠璃を向かわせたくはない。
「……わかりました。協力します。……はい……はい」
皐月の休日は、つぶれることになった。ため息交じりの相槌を何度か打つと、電話を切る。
「誰からだったの?」
凛とした口調で瑠璃が聞いた。興味深そうに皐月を見ている。
「あ、えーと……。部活の先輩。どうしても練習試合で人が足りないから来てほしいって」
「ふーん……」
瑠璃は興味がうせた顔で、視線をテレビに戻す。
きっと電話の相手が女性だったとしても、瑠璃は特に気にすることもないのだろう。皐月の交友関係にも、皐月の言動にも興味がない。彼女が興味をもつものは、仕事、だけだ。
皐月は食事を再開した。
うそなんて、つかなくてよかったのかもしれない。しかし話をすれば、瑠璃が行きたがることはわかっている。瑠璃はそういう性格の女だ。
瑠璃が危険な目に巻き込まれてしまうくらいなら、自分がその場に立つほうがまだマシだと思えた。
†
朝食を食べ終えた皐月は、小ぶりのリュックを背負って哲に指定された場所に向かう。
場所は住宅街のど真ん中。黄色いテープでふさがれている道がある。その手前で、どうすればいいかわからず立ち往生していた。
「おお、来たな」
後ろから哲の声が聞こえた。振り向くと、かすかにほほ笑む哲がいる。健一と和也も一緒にいた。スリーピーススーツを上品に着こなしている三美神の姿に、私服で来た皐月は居心地の悪さを感じた。
皐月は父親に視線を向ける。和也はなぜか不機嫌そうに眉をひそめていた。
「皐月、改めて言っておく」
真剣な声色で哲が言う。
「今回はおまえを危険な目に合わせるつもりはない。だから、これだけは守ってくれ。何があっても俺たちから絶対に離れるな」
皐月の気が引き締まる。哲の言葉にぎこちなくうなずいた。それと同時に和也が短くため息をつく。




