守る存在か、守られる存在か 2
ジャケットの内側から取り出されたものが、皐月の手のひらに乗せられる。
ずっしりとした重み。頑丈な硬さ。黒光りした、見たことのあるフォルム。
皐月の手よりもはるかに大きい、自動拳銃だった。
「い、いらない……」
皐月が返そうと手を押し付けても、和也は銃の上に手をかぶせたまま、取ろうとはしない。
「小さいやつとか大きすぎるものより、使いやすいと思うよ」
「いらないって言ってるじゃん」
少なくともこれは、今の皐月には必要ないものだ。百合園家から離れて暮らす、皐月には。
「……うん、皐月ならそう言うってわかってたよ。でもね、自衛のために、持っておくべきだと思う」
「だからいらないって!」
皐月の声が、反響する。
「俺は人を殺すようなことは絶対にしない! 人に恨まれないよう言動にも気を付けてるし!」
一方で、和也は穏やかに、冷静に言ってのけた。
「あのね、皐月。……御三家の出身ってだけで、命を狙われる理由としては十分なんだよ?」
御三家は処刑人を輩出する特殊な家系だ。殺人鬼を標的にしているからこそ、常に危険にさらされている。そのため、御三家の人間には武器の所有が認められていた。武器を持たずに外を出歩くのは、皐月ぐらいしかいない。
「でも、俺は……!」
「わかってるよ、皐月が、百合園として注目されたくないってことは」
和也はほほ笑みながら、眉尻を下げる。
「皐月が平穏に暮らせるなら、わざわざ武器を持たなくてもいいと思う。でもね、普通の社会の中で暮らすにしても、一般人と同じ条件で暮らすのは難しいよ。……自分で、そう思わない?」
和也の言葉に、皐月は何も返せなかった。和也の言うことが間違っていないことはわかっている。
それでも、皐月は百合園家の人間だと強調するようなことはしたくなかった。武器を持つだけだとしても、それは普通の社会では不審がられ、恐れられることだ。
その扱いこそ、皐月が恐れていることだった。
「誰かを殺せって言ってるわけじゃない。なにかあったときのために持っててほしいだけ」
「それは、三美神としての命令? 」
和也は意表を突かれ、目を見開く。御三家の中でも、仕事を継いだ三美神の影響は甚大だ。命令だと言われれば、どんなに不快だろうと聞かざるを得ない。
「命令、か。そういうことにしても、いいんだけど、そうだなぁ……」
和也は口元にこぶしを当てて考えこむ。ひときわ冷たい表情で、口を開いた。
「ねえ、皐月、僕にこういうこと、言わせないで」
切れ長の目が、皐月を捕らえた。
「瑠璃ちゃんとは、うまくいってるの?」
やけに耳に残る一言だった。皐月は口をぽかんと開ける。
「……は? え……?」
あまりの動揺に、言葉が出なかった。
じわりと広がっていく不穏な空気。皐月は精一杯、声を出した。
「なにが、言いたいの?」
瑠璃と住んでいることは誰にも言っていない。御三家の人間にばれたら、ろくなことにならないからだ。皐月は十分気を付けて過ごしているつもりだった。
和也は喉を鳴らす。
「まだまだだなぁ、皐月は。そこはもっと上手にごまかさないと」
対して、皐月は顔をゆがませる。
「……西園寺様には」
「言ってないし言わないよ、僕からはね」
「でも銃を持たなきゃ言う、って?」
和也はほほ笑みながら、短く息をついた。
「そうやって、脅してほしい?」
皐月は返事をせず、にらみつけるだけだ。銃を握ろうとはしない。
「わかった。じゃあ持たなくてもいいよ」
飄々と言ってのける和也だが、皐月は警戒を緩めなかった。
和也の考えはわかっている。瑠璃のことを知っていたくらいなのだから、まだ、攻めてくるはずだ。
「だって、皐月の近くには瑠璃ちゃんがいるもんね」
「……は? なに?」
「もし仮に、皐月が命を狙われたとしても、瑠璃ちゃんに助けてもらえばいいんだもんね?」
その言葉の意図を理解したとき、低い耳鳴りが皐月を襲う。銃を乗せた手のひらには嫌な汗がにじんだ。
いろんな感情をひた隠しにして、歯ぎしりをする。
「しかたないよね。自分で自分を守れないんだから。でも、それって情けないと思わない? 好きな人を守るんじゃなくて、好きな人に守ってもらうなんて」
言い終わらぬうちに、皐月は銃を奪い取った。和也をにらみつけるだけで、言葉が出てこない。言い返す言葉が、見つからなかった。
和也は平然とほほ笑んでいる。
「……使い方は、わかるよね? 」
皐月は銃に視線を落とした。持ち慣れないその重厚な武器を、ぎゅっと握りしめる。
「父がそこまで言うってことは、瑠璃ちゃんはよっぽど強いんだろうね」
「そりゃあ、子どもたちの中で一番現場に出てるのはあの子だからね」
「ああ、そう」
影が差した顔でうつむく皐月に、和也はそれ以上追い打ちをかけることはしなかった。