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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.3 よくある話
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よく走る話

 箱崎は女子生徒の顔を、感情に任せて蹴りあげた。倒れ込んだ女子生徒の鼻から血が流れ落ちていく。ぼたぼたと、床に血痕が広がっていった。


「んとにきたねぇな」


 箱崎は舌打ちをして、そのまま教室を出て行った。


 あの動画がネットに流れたらさすがにまずい。それは箱崎にもわかっていた。一度あの動画が拡散されれば、さすがに父親の権力も通用しない。


 箱崎は不機嫌に顔をゆがませながら、階段を急いで降りていく。階段を上がってくる男性教師とすれ違った。学年主任だ。


 チャンスとでも言いたげに、学年主任を呼び止めた。


「あ、先生!」


 呼び止められた教師は振り返る。


「おお、どうした、箱崎」


「それが……その……告げ口みたいになるから、言いにくいんですけど……」


「何かあったのか? 言ってみなさい」


 箱崎は、優等生の顔をして、遠慮がちに口を開いた。


「その……隣のクラスの新名さんのことなんですけど」


 心の中で、意地悪くほくそ笑んだ。






          †






 新名は走るスピードを落とすことなく、靴箱へ移動した。


 急いで靴を出し、履き替える。


「新名!」


 低く威圧的な声。学年主任だと気付いた。声のしたほうに顔を向ける。


 学年主任は、鬼のような形相で新名に近付いてきた。その後ろでは箱崎たち三人が、ニヤニヤ顔でこちらを見ている。


「おまえ、学校内で自撮りしてネットにのせるなんて、この学校の生徒として恥ずかしいと思わないのか! 没収するから出せ! 職員室に来い! ネットには危機感を持てと言っているだろう!」


 教師が最後まで言い終わらないうちに、新名は背を向けて全力で走り出した。後ろから呼び止める教師の声に、屈することはない。新名は全力で走り続けて、校門を飛び出した。


 瑠璃はまだ校門の脇に立っている。新名は瑠璃を気にすることなく走り去った。瑠璃は新名の姿を目で追うだけだ。


 新名の姿が見えなくなったころ、学校のほうからばたばたと足音が聞こえてくる。瑠璃は、ゆっくりと、校門の中央へ移動し始めた。真っ先に校門から出てきた鶴岡とぶつかる。


「キャッ」


 鶴岡は瑠璃のことを気にずるそぶりも見せず、立ち止まって顔をきょろきょろとさせた。遅れてきた滝田と箱崎は、顔を真っ赤にさせ、大きく息をしている。


「あいつどこ行ったんだよ!」


「やべえよ。はやく取り上げないと俺たちやべえよ」


「うるせえ!はやく見つけ出せ!」


 箱崎が叫ぶ。


 謝罪の一言もないのかよ、と瑠璃は胸倉をつかみたい気分に襲われたが、おしとやかな笑みを浮かべた。


「あの……もしかしてさっきの女の子、探してるんですか? さっきの女の子、すごい速さで走っていったから……。河川敷のほうに走っていったみたいですけど……」


 少年たちは互いに顔を見合わせて、うなずき合う。瑠璃への謝罪は一切なく、滝田と鶴岡は走り出した。箱崎が勝ち誇ったような笑みを浮かべて、瑠璃に言った。


「ありがとうございます。助かりました」


 それだけ言うと、箱崎は二人の後を追う。その後ろ姿に、瑠璃は皮肉たっぷりのほほ笑みを向けていた。






          †






 新名は、時々後ろを振り向きながら全速力で走る。向かったのは、桜庭が亡くなったあの河川敷だ。河川敷に下りて高架下に入る。辺りを見回して、追手が来ていないことを確認した。


 汗だくになるまで走り続けた新名は、太ももに手を当てて、ぜえぜえはあはあと荒い呼吸を繰り返す。新名の心臓はばくばくと激しく動いていた。


 しばらくして呼吸が落ち着くと、新名は川岸に視線を向ける。


 新名が最後に見た桜庭の姿は、痛みにもだえながら川岸に進もうとしている姿だ。助けを乞うように新名たちを見上げていたというのに。それに気付いていたはずの新名は、友達に言われるがままに一緒に逃げだした。


 新名は、川岸へゆっくりと近付く。川のすぐ手前で立ち止まり、つぶやいた。


「ごめんね。つらかったよね。見捨ててしまってごめんね」


 その言葉は、ただただ水面に落ちていく。謝ったところで命は帰ってこない。


新名の瞳が、徐々に潤んでいった。


「てめえ、やっぱりここにいたのかよ」


 背後から聞こえた恐ろしい声に、勢いよく振り返った。いつの間にか箱崎たちに囲まれている。中央に立っている箱崎は肩で息をしながら、笑っていた。


 新名は混乱する。なぜ三人がここまで追いつくことができたのか、理解できなかった。何度も後ろを見ていたし、さっきもついて来ていないことを確認したはずなのに。新名の落ち着いた心臓が、再び大きく動き出す。


 少年たちはじりじりと新名に近づいていた。新名のすぐ後ろは川。


 恐怖で顔を引きつらせる新名を見て、箱崎は勝ち誇ったように言う。


「おまえもかわいそうだよな。逃げ込んだところがこんなところで。ここで桜庭が死んでたんだよな。どうして死んだのかおまえらわかるか?」


 箱崎から話をふられた鶴岡が、ふざけるように返事をした。


「えー?知らねえなぁ。箱崎が薬を川に捨てたからなんじゃねえ?」


「飲まなきゃ死ぬって知らなかったんだから、しょうがないじゃん? それに勝手に死んだのはあいつだから。俺に責任転嫁されてもさ」


「なー。いい迷惑だよな」


 反省も何もない姿に、新名はふつふつと怒りがこみあげてくる。唇をみしめながら、少年たちをにらみ付けた。


「なんだよ、その顔は。文句あんのかよ!」


 イラ立った様子の箱崎が走り出し、新名は胸倉をつかまれた。こぶしが今まさに振り落とされようとしている。


 衝撃に耐えるために、新名は硬く目を閉じた。


 箱崎の肩を、後ろから誰かがつかむ。


「ああ?なんだよ?」


 振り返るよりも先に、肩におかれた手の爪が食い込んだ。新名から体を引きはがされ、箱崎の頬に重たいこぶしが撃ち込まれる。

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