よく言う話
瑠璃は紅茶を静かに飲むと、スコーンを一口食べた。三美神は瑠璃が話すようすをじっと見つめている。
「あの河川敷に倒れて、もがいていたんですって。遠目でもわかるくらい苦しそうだったって」
健一は表情をゆがめて、悲しげに言った。
「どうして助けなかったんだ……」
瑠璃が答える前に、和也が口を開いた。
「結局はひとごとだから、そういうときに助けない子がいてもおかしくはないでしょう? 死ぬなんて思わないならなおさら」
和也は自分のティーカップを持ち上げて、口を付ける。瑠璃は和也の言葉に同調するようにうなずいた。
「助けに行こうとしたけど、自分が助けることで目を付けられたくなかったんですって。一緒にいた友達まで目をつけられるかもしれなかったからって言ってたわ」
瑠璃は皮肉めいた笑みを浮かべて、紅茶をすする。ティーカップをソーサーに置いて、スコーンを手に取ってかじった。
「つながってるわよね? 飛び降りと、今回の病死」
瑠璃はナプキンで指を拭いて、タブレットの画面に触る。
「二人を追い込んだいじめっ子たちには、誰も逆らえないんですって。逆らったら次の標的は自分だから。誰も助けてくれないし助けられないの。学校の実権は、その子が握ってるようなものだから」
眉をひそめた哲が尋ねる。
「その子、というのは誰のことなのかわかってるのか?」
「えーと、名前なんだったかな?あ、でも、お父さんがそこそこ偉い人みたいなの」
でたでた、というつぶやきとともに、瑠璃はタブレットの画面を三美神に向けて見せた。そこには、痩せた中年男性が映った選挙ポスターが表示されている。都議会議員の選挙で使われたものだ。「箱崎ひろゆき」と、名前がでかでかと載っている。
哲の眉がぴくりと動いた。ため息を漏らしながらつぶやく。
「なるほどな。良くある話だ」
和也と健一は、哲に顔を向けた。瑠璃の代わりに哲が説明する。
「つまるところ、盤隆中を運営する法人は、その都議会議員に何かしらの援助をしてもらってるんだろ。金とか転職先とか最先端の教材道具とか。だから、その議員の子どもに教員たちは何も言えない。学校側にとっては一番に優先すべき顧客だろうからな」
哲がタブレットの画面に向かって、そっと指さした。「充実した教育を、誰もが受けられるように」。ポスターには名前のほかにスローガンも書かれている。
健一は、ああ、と妙に納得した。瑠璃はタブレットを自分の膝に戻す。
「まあ、お父さんの言うようなことは、あくまでも学校中でうわさになっているっていうレベルで確証は持てないし、私は断言できないわ。でも、そういうことがまったくない、とも言いきれないでしょ? 」
薄笑いを浮かべる瑠璃に、和也が真剣な表情で言った。
「……となると、その子を何とかしない限りはまた死人が出るかもしれないってこと?」
「さあ?でもみんな、そうなるのを恐れてるでしょうね。そしてそれが自分じゃなければいいの」
冷たさを感じる声で言い放った瑠璃は、再びスコーンを一口かじる。
健一は自らのティーカップに視線を落とした。まだ一口も飲んでいない紅茶は、もうすでに冷めきっていることだろう。健一の口から、小さなため息が漏れた。
哲は射貫くような強い視線を健一に向ける。顎を触りながら、高慢な笑みを浮かべた。
「俺はおまえみたいな正義感は持ってないし、おまえの言動が全て正しかったとも思わない。でも、箱崎議員がどんな不正をしているのかは気になるし、今は異常犯罪が発生してないから時間もある。良い退屈しのぎにはなるかもしれんな」
健一は、ぽかんとした顔で哲を見た。
だいぶわかりにくい言い方をしているが、つまるところ「三美神として協力してやる」と言っているのだ。
哲は和也に同意を求めるように顔を向けた。和也はまるで、最初から哲がそう言うとわかっていたかのように、困った顔をしてほほ笑む。
「……で、瑠璃」
突然の哲の呼びかけに、瑠璃はぴくりと体を震わせた。
「どうして俺たちより先に盤隆中学校の生徒から情報を得ているのか、追及するつもりはない。でも、これだけは言っておく」
哲はじっと瑠璃を見つめる。怒っているのか哀れんでいるのか、その顔から感情を読み取ることはできない。
「……スーザンの事件について詳細を知りたいんだったら、直接俺たちに聞けば答えてやったのに。こそこそ警視庁にまで出向いて資料を読みこまなくてもよかったんじゃないのか? 」
瑠璃は哲を見つめ返すと、堂々とした口調で言った。
「……何の話?」
瑠璃は、何もやましいことはないとでも言うように、平然と紅茶をすする。哲は、それ以上何も言わなかったし、詮索しなかった。
†
警備員が配置されている厳重な校門に、洗練されたデザインのスタイリッシュな校舎。設備が奇麗に整えられた盤隆中学校は、いかにも私立の学校といった風格だった。
授業開始のチャイムが、校門前まで聞こえてくる。哲と健一は、光本祐樹が飛び降りたとされる校舎を眺めていた。哲が指をさすのは、一番奥に建てられている校舎だ。どの校舎よりも高く、校門からでも屋上の様子が良く見えた。
「嫌味な建物だよな。さすが私立だよ」
哲は手を下ろし、顔を健一に向ける。
「この学校の生徒は、親が医者だったり弁護士だったり大企業の役員だったりがほとんど。飛び降りの少年は母子家庭で、学費は奨学金。溺死の少年のほうはごく普通の会社員の共働き家庭。……この学校じゃ浮いた存在だったのかもしれないな」
哲は再び校舎を見つめる。口角を上げて、小ばかにするように笑った。
「箱崎議員のスローガン、なんだったっけ?充実した教育を誰もが受けられるように?……笑わせてくれるよ。結局自分の息子の教育が充実してたら、それでいいんだろう?」
校門の隣で待機している警備員が、二人のようすをいぶかし気に見つめている。それに気付いている健一は、居づらそうな顔を哲に向けた。
哲は気にするそぶりを見せず、話を続ける。
「箱崎議員は、教育現場の設備投資と、教員の処遇改善を積極的に取り組んでる。実際に政策に乗り出して結果も出してるから、そこそこ評判はいい。でも、政策の予算や費用がどのように使われているのか、不透明な部分もある」
哲は鼻で笑った。
「最近は政治家の横領もはやってるし、もしかしてって考えてしまうよな」
哲は、ついてこいと顔を揺らし、健一に背を向けて早足で歩き出す。その後ろを健一は追った。
道路を挟んだ場所には、個別のグラウンドが整備されている。学校の敷地とほぼ変わらないくらいの広さだ。緑のネットで周りは覆われているが、中をのぞけないことはない。二人はネットの外から、グラウンドの中央に集まっている生徒たちを見る。




